ライジングスター、idomに痺れる。
音楽制作を始めてまだ1年余り、
驚くべき進化を続ける岡山在住の23歳

text_Taishi Iwami

ライジングスター、idomに痺れる。
音楽制作を始めてまだ1年余り、
驚くべき進化を続ける岡山在住の23歳

text_Taishi Iwami

DTMソフトやソーシャルメディアの発達により、曲を作って広く世に発信するまでのスピード感は確実に早まり、個人という最小単位でも実現が可能になった。スマホを開けば出自もキャリアも多種多様なアーティストがサブスクに次々と音源をアップしていたり、オンラインライブをしていたり、自身の考えを話していたりと、流れてくるたくさんの情報。その結果、そこまで積極的に音源を掘ろうとしなくても思わぬ才能に出会う機会が多くなったことを楽しんでいる人は少なくないだろう。

筆者もそのなかの一人で、オンラインで得られる情報とライブハウスやクラブ通いとの相乗効果によって、日々がより豊かになったことは間違いない。しかし、コロナ禍になり今までのように外で遊ぶことができなくなってしまった。そこでより利用頻度が上がったインターネットと、思うように通えなくなったダンスフロア、どちらの力も再認識するようになってから1年以上。今でも距離ができてしまった現場への想いが衰えることなく、なんの気兼ねもなくマスクを外して踊れるようになる日々に希望を抱くことができているのは、それぞれの考え方に基づいて臨機応変に時代の記録を発信しているアーティストたちのおかげだ。

そんななか新たに出会ったアーティストがいる。いつものようにSNSを見ていたところに飛び込んできたこのミュージックビデオに手が止まった。

モダン且つエヴァーグリーンなフック、シンプルで軽快なシンセの音色とリズムのループは繰り返し聴けば聴くほど癖になる。誰もいないショッピングモールという退屈を吹き飛ばすパフォーマンスや、リスナーのコメントから溢れるライジングスター感に痺れた。

彼の名はidom(イドム)。兵庫県は神戸市生まれ、岡山県在住の23歳。大学ではデザインを専攻し、本来はイタリアのデザイン事務所に就職する予定だったがパンデミックにより断念せざるを得なくなり、そこから右も左もわからないまま曲作りを始めたそうだ。この曲は2ndシングルで、リリースは2020年7月4日。ウイルスの脅威を人々が認識し始めたのが2月~3月あたりなのでその間をもっとも長くみても5カ月あるかないか。いくら制作/発信ツールが便利になったとはいえものすごいスピードとクオリティだ。

こちらは2020年4月24日に公開した1stシングル。動画の説明欄には以下のようなコメントが添えられている。

“#Stayhome ということで、何も分からぬままやってみたかった曲制作を開始しました。DAWの使い方もMixingもMasteringも分かりません。助けて下さい。
22歳の春。コロナに負けるな”

そして歌詞ではこうだ。

“Maybe I’m crazy”

イタリアに渡る計画が頓挫し、心の整理がつかないなか衝動の赴くままに曲を作ってみたとも受け取れる言葉の流れ。いわゆるプロ根性や勝者のメンタリティとは真逆であったとしても、かっこつけずに自身のもっとも大きな気持ちを素直にさらけ出しタイムラグなくリリースしたと思われる、後付けなしの表現が響く。一寸先は闇だったパンデミックの初期にDTMのスピード感ができることの最たるは、このような顔を上げた現実の描写だったのではないだろうか。

そう考えると、ハンドメイド感のあるシンプルなサウンドの展開やパフォーマンスそのものも、初心者の精一杯だったと考えるのが妥当だが、なぜかレイドバックした“余裕”のようなものを感じる。それはきっと、彼が制作や撮影を苦労しながらも楽しんだ結果であり、デザインはもちろんのこと音楽や映像といったさまざまなカルチャーに触れてきたバックグラウンドがあってのことだろう。

この曲のプロデューサーは友人のyeera、歌詞に出てくる“FLAKKA着て踊りたいだけだから”の“FLAKKA”はそのまま訳するとかなり危険だが、地元岡山で“MUSIC NEVER DIES.”と掲げるクルーが作っている服のこと。さらにidomは歌詞のなかだけでなく、昨年11月にはそのFLAKKAに所属するラッパーのKABUKI Labelや、同じく岡山のAPHTEクルーとともにパーティにも出演しており、ミュージシャンとしてのキャリアは浅くとも、フッドに根差し密度の濃いカルチャーライフを送ってきたことがわかる。先に紹介した「neoki」や「soap.」の足取りの軽さとはうって変わって、サイバーパンクとも繋がる文明の脅威を感じるアートワークや、ダークでヘビーなサウンドを、生き様や選択についてサディスティックに迫った攻撃的な言葉とともに乗りこなす振れ幅も納得だ。そして今年に入り、さらにその魅力を拡張するシングルをリリースする。

「DOLL」同様にyeeraが名を連ね、近年再燃の流れもあるUKガラージを下敷きにしたビートと、ポップシンガーとしてのidomの魅力が堪能できるスウィートなメロディと歌声、そこにビターな味わいを加える低音ラップも乗ったセクシーでダンサブルな曲に。idomがYouTubeにカバー動画をアップしているAnne MarieやPink Sweat$、ほかにはThe 1975やLauvといったオルタナティブなポップ・バンド/アーティストらの影もどこかしら見えてくる。それは彼のなかにもともとあった音楽性がyeeraの力添えもあり外に出たものなのか、この約1年間での急成長とともに得たチャンネルなのか、いずれにせよその先がさらに楽しみになったところで届いた新曲がこれだ。

一言で言えばアンビリーバブル。R&Bもエレクトロも飲み込んで果てしなく続く地平や宇宙までも掴み取り、ジャンルやポップの概念を塗り変えようとする意欲を感じるほどの、壮大で急進的で生命力に溢れた、王者の風格を感じる曲が誕生した。音楽を始めて1年と少し、まだアルバムすら出していないアーティストの作品だと考えると驚くべき進化だ。しかし考えてもみれば我々はコロナ禍という人類史上に残る激動の時代を今まさに生きている。そう思うと、idomというアーティストの覚醒は、それこそが現代のもっともリアルな鏡であり光であり、“やればできる”なんて安易なことは言えないけれど、誰しもの生活のなかに眠っている可能性なのかもしれない。

INFORMATION

idom

https://idom.lnk.to/awake

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