MUSIC 2022.07.25

Column: idomが人の心を掴むのはなぜか 〜新曲「GLOW」をめぐって〜

EYESCREAM編集部
EYESCREAM編集部
Text_Chie Kobayashi

フジテレビ系月9ドラマ「競争の番人」で主題歌を担当し、話題を集めているアーティスト・idom。音楽フリークの中ではすでに名前が知れ渡っていたが、メジャーデビュー前の月9主題歌担当というトピカルな話題と、その楽曲の良さから、知名度と人気は一気に膨れ上がっている。idomが、多くの人の心を掴むのはなぜか。彼の経歴を辿りながら、その魅力を紐解いてみる。

フジテレビ系月9ドラマ「競争の番人」の主題歌をidomが担当することが発表されたのは初回放送の1週間前。音楽フリークの中ではじわじわ知名度を上げていたidomだったが、まだその名前は一部の知る人が知る程度だったはず。各所では「大抜擢」という紹介をされていたし、idom自身も「音楽を始めて日の浅い僕のような無名アーティストを月9ドラマという大きな場で起用する決断をしてくださった方々に本当に感謝しております。」とコメントしていた。しかし、ドラマが放送されると一気にその名は全国区に。楽曲の良さが、知名度をぐっと押し上げた形だ。私は連続ドラマを見る際、番組のハッシュタグ付きの投稿をを追いながら見るのが好きなのだが、「競争の番人」視聴時もいつものように番組名を入れると、「競争の番人 主題歌」とサジェストが出たことで、idomの注目度が実際に上がっていることを肌で体感した(実際、「競争の番人 主題歌」で引っかかったツイートを見てみると、「主題歌も良い!」「初めてidomの存在を知ったが、ハマりそう!」といったものばかりである)。

これまでEYESCREAMの記事では何度も紹介されているが、改めてidomの経歴を簡単に紹介しておこう。idomは1998年3月生まれの24歳。大学時代にデザインを専攻し、2020年4月からイタリアのデザイナー事務所に就職予定であったが、新型コロナウイルスの影響で渡伊を断念。自粛期間中に、以前から興味があった楽曲制作に初めて挑戦したところ、そのクリエイティブセンスの高さと完成度の高さから、idomの名前と楽曲は一気に広まり、ソニー Xperia、TikTokのCMに次々と採用。そして月9の主題歌に採用されたという、異例の経歴の持ち主である。

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初めて発表したローファイな「neoki」から始まり、「Secret」ではフィーチャリングゲストにyeong wonを迎え、「DOLL」「二人」ではyeeraを、「Awake」以降はTOMOKO IDAを、プロデューサーに迎えるなど、少しずつ共同作業を増やし、その度に楽曲の幅を広げてきた。また<かしこまり安土桃山に来たる武士>(「neoki」)や、<四苦シクSick/泣いてる暇も無いほど>(「Freedom」)、「明日が来なかったらいいのにな/なんて思いながら帰る道じゃ/景色は映らない/視界には“白線”」(「帰り路」)といった、独特でハッとさせられる言葉選びも、彼の才能を語る上で欠かせない。

トラックメイカーとしての才能を発揮する一方で、シンガーとしての歌心にも注目が集まっていた。TikTokやYouTubeでは、自身の楽曲はもちろん、宇多田ヒカル「あなた」やNe-Yo「Because of You」などのカバー楽曲を次々とアップし、その度に多くの反響が寄せられた。中でもgnash「imagine if」のカバー動画は再生回数250万回以上(7月23日現在)と、彼のシンガーとしての力量を測るには十分な数字だろう。カバー楽曲の投稿により、彼のボーカリストとしての魅力も世間に広まることとなった。彼の歌声には、陰りや憂いを纏いつつ、同時にすべてを包み込むような柔らかさや達観性がある。また感情の起伏を丁寧に歌に変換にする歌心がある。そしてメロディを歌うときの歌声が、とびきり美しい。

この“達観性”こそが、彼の持つ大きな魅力の一つに思う。コロナ禍で就職を断念したり、白紙になったりした人は数知れず。その悔しさは想像してもしきれない。しかしidomはその悔しさや、やるせなさを音楽に変えた。楽曲制作初期のSNSの投稿には「初心者が曲作ってみた」「22歳の春。コロナに負けるな」との言葉が添えられている。そしてローファイなサウンドに乗せて<毎日がSunday>と歌う(「neoki」)。「Freedom」では性急なダンスナンバーに乗せて、<さぁ いっそ Freedom><止まれないね もう終われないね>と歌う。そして<受け流せ 世の罵声>と歌う「帰り路」で、MVの再生回数はさらに跳ねた。彼の中にある悔しさ、また情熱は深く大きく熱いのだが、彼の楽曲や歌声、歌詞というフィルターを通すと、物事が冷静に見えてくる。そしてリスナーもまた、彼の音楽を聴くというフィルターを通すことで、自身が抱える悔しさややるせなさ、または情熱を冷静に見つめることができる。そうして救われていく。idomの音楽にはそんな力が宿っているように感じる。

まだ特筆すべき点はある。ここまで書いていると、逆にわざとらしく感じてきてしまうのだが、彼の実力は歌うことだけでも、トラックメイクのセンスだけでもないから、許してほしい。「天は二物を与えず」とは誰が言ったのか。idomに何物与えれば気がすむのか。いくつか分けてくれと言いたくなるのだけど、分けてもらえないので、私の力の及ぶ限りで彼の魅力をまだまだ綴らせてほしい。

経歴を紹介する中で、デザインを専攻していたと記述したが、そのスキルとセンスを活かし、自身でミュージックビデオの制作も行っているのだ。自身で手がけた「帰り路」のMVはTikTokで30万回再生を記録したほか、全編アニメーションの「Nige Rare Naiwa」のリリックビデオでは、アニメーションも自身で手がけているというから末恐ろしい。公式インスタグラムを見てみれば、ただの写真1枚ですらその切り取り方にはセンスがあふれていて、さながらカルチャー誌のワンカットのような写真が並ぶ。もうここまで書いてしまったので、さらに言っておくと、彼自身のビジュアルの良さも彼の武器の一つだろう。切れ長の目に端正な顔立ち。彼の載せる写真や出演しているMVがすべてセンス良く見えるのには、彼自身が“絵になる”というのも大きく起因しているように思う。またTikTokでは楽曲制作の過程も投稿しており、歌唱時やパフォーマンス時のクールな印象とは異なる人間味のある姿にも人気が集まっている。

話を「GLOW」に戻そう。「GLOW」は緊迫感のあるストリングスに乗せ、柔らかな歌声で紡がれる1曲。ドラマが大きく動く瞬間にスッと流れ始め、サビにかけて壮大になっていき、歌声の包容力も増していく。歌詞も<涙こぼれた跡/優しさも落ちてった(中略)繰り返した後悔>から始まり、サビの後半では<弱いなら/弱いまま/もがいてたっていいから/ありのままで進め>と、強いメッセージへと変わる。そこに彼の達観性が加わることで、自身の想いにも、ドラマの登場人物たちの想いにも、重なって聞こえる。また、これまでヒップホップナンバーとしての楽曲の幅を広げてきた彼が、今作ではポップスに挑戦しているのも大きなポイント。ローファイなヒップホップから始めた彼に、オールラウンダーの素質が備わっていることを実感させてくれる1曲となったことだろう。

ドラマ「競争の番人」は公正取引委員会を舞台にした作品で、坂口健太郎演じる小勝負勉と杏演じる白熊楓を筆頭に“公取”のメンバーが、「公取は弱い立場だ」と言いながらも様々な問題に立ち向かう姿を描いている。主題歌を提供するにあたって、idomは「聴く人を勇気づける “応援歌”のような楽曲をリクエスト頂いたのですが、僕の中で “強さ”は辛い経験や、自分自身の弱さを乗り越えようとする姿なのではないかという想いがありました」とコメントしている。<あの日の涙も/いつか笑えると/その輝きを信じる>、その言葉を何よりも噛み締めているのは、彼自身にほかならない。ちなみに「競争の番人」のドラマプロデューサーである野田悠介氏が、主題歌をidomに依頼するきっかけになったという「帰り路」でも、<孤独なこの街で/壊れた心抱いて/走り出す>と歌われている。コロナ禍で就職を断念したという挫折から生まれる彼の活躍は、現代においてリアルな希望を与えるだろう。

現在、リリックビデオとドラマで一部を聞くことができる「GLOW」、8月8日にはようやくフル音源が配信される。また、9月7日にはEPとしてリリースされることが決定した。下記はジャケットのアートワーク2種だ。

初回盤

通常盤

idomがまた新たなフェーズへと進み出した1曲を、既発曲と並べて聴いてみるとリスナーにも新たな発見があるかもしれない。そして、“ありのままで進む”idomが、この先どんな楽曲を届けてくれるのか、さらに楽しみになる。

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