PROFILE
長谷川町蔵
文筆業。最新刊は『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』。ほかに小説集『あたしたちの未来はきっと』、『21世紀アメリカの喜劇人』、共著に『ヤングアダルトU.S.A』など。また、EYESCREAM本誌でもスクリーンで活躍する気になる俳優たちを紹介していく『脇役グラフィティ』が大好評連載中。
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Twitter : @machizo3000
毎回、ある街をテーマに物語が展開する長谷川町蔵の連作短編シリーズ。 小説「インナー・シティ・ブルース」。第4回は、前回に引き続き、豊洲が舞台となる。
【前回までのあらすじ】
豊洲にある超高層タワーマンションの一階にあるコンビニのオーナーの娘、日菜子。最近は奇妙な幻覚に襲われ、頭を悩ませている。そのことを同じマンションに住む元・産休補助教員のカモメ先生に相談すると、先生は彼女をなぜか豊洲市場へと連れて行く。その地下で日菜子が見たものは、この世のものとは思えないものだった。そして江東区の豊洲に「それ」が住んでいる理由と、先生と彼女の不思議な結び付きがついに明らかにされる…
そりゃマグマのモンスターにもビックリしたけど、それ以上に驚いたのはカモメ先生がこんな状況なのに平然としていたことだ。窓のガラス越しなので何を言っているかは聞こえなかったけど、先生は瞬きもせずにモンスターたちを睨みつけて呪文のようなものを唱えている。それでもモンスターたちの勢いは止まらない。遂にマグマは先生の姿を覆い尽くしてしまった。
わたしはパニくってしまい、泣き喚いて窓ガラスを叩きまくった。泣きすぎたせいか疲れはててそのまま床にへたへたと座り込んでしまった。でもどのくらい経ってからだろう。赤い炎の中から白い光のようなものが溢れてくると、モンスターの勢いは徐々に弱まり、遂に奴らは地下へと逃れるように消えてしまった。途端にあたりは真っ暗になった。
やがてカモメ先生がバルコニーから部屋へと戻ってきた。疲れ切った顔をしていたけど、何故かちょっと楽しそうでもある。
「先生、大丈夫?」
わたしが声をかけると
「これが私の仕事なんだよね。このために豊洲に越してきたの」
「モンスター退治が仕事なんですか?」
「退治まではとても無理。かろうじて鎮めているだけ。ずっと監視をしてくれている警備会社がモンスターが暴れそうだって判断すると、私が呼ばれてこうしているわけ。よくマスコミが地下の有害物質について報道しているじゃない? でも本当に有害なのはこっちの方なの」
「でも何であんなモンスターが地下に住んでいるんですか? ここは江東区の豊洲ですよ?」
先生は真面目な顔をして言った。
「豊洲だから住んでいるの」
意味が分からない。カモメ先生が授業の時みたいな口調で言う。
「豊洲は、月島や晴海みたいな他の東京の埋立地とは成り立ちが違うから。どう違うか分かるかな」
「豊洲だけ江東区ですよね?」
「それは関係ない。月島や晴海は、山の土や川の砂利で埋め立てているけど、豊洲は別のもので埋め立てられているの」
「別のもの?」
「ヒントを言うね。豊洲の埋め立ては1923年から始まりました。1923年に東京で何が起きたでしょう?」
「もしかすると……関東大震災?」
「正解。豊洲は関東大震災の瓦礫を埋め立てて作られたの。残留思念って知ってる?」
「ざんりゅうしねん?」
「人が強い想いを残したとき、そのエネルギーが物質に取り憑くの。震災の瓦礫には大勢の犠牲者の強い残留思念が取り憑いている。それだけじゃない。この市場がある豊洲6丁目の埋め立ては1947年から開始されているの。1947年っていつか分かるかな?」
「えーと、第二次大戦の直後ですよね?」
「それが分かればわかるよね? 埋め立てに何が使われたのか」
アメリカ軍の空襲で出来た瓦礫だ。
「この場所には、震災と空襲の犠牲者の残留思念が二重に集められているの。初期段階では残留思念はゴーストって呼ばれる普通の人には目に見えないレベルのもので、さほど悪さはしない。でもそれが集まって悪質化するとこんな風にモンスターになってしまうの」
先生はエレベーターを呼ぶと、わたしを招き入れて一緒に地上へと登っていった。
扉が開くと、警備会社の人たちが心配そうな顔をして大勢待ちかまえていた。
「囲間先生、お怪我はありませんか?」
「大丈夫です。今夜の感じなら来月末までは落ち着くと思います。ごきげんよう」
深々とお辞儀をする警備会社の人たちにカモメ先生は軽く会釈した。その姿はまるで『ダウントン・アビー』のメアリー様のようだった。豊洲市場の門を出ると、あたりはしんと静まり返っていて、さっきまで地下で壮絶なバトルが繰り広げられていたなんてとても信じられない。
「先生って超能力者なんですね? すごい!」
「たまたま先祖代々、変な力を受け継いでいるせいで、こういう仕事をやっているだけ。日菜子ちゃんのところと事情は同じだよ」
全然同じじゃない。
「いまから15年くらい前かな。豊洲市場の建設のためにボーリング調査を行なった際に、地下に巨大な生き物が潜んでいることが発見されたの。で、そのころはまだ元気だった私の父親がアドバイスを求められた」
「カモメ先生のお父さんもこういう仕事をやっていたんですね?」
「まあそんなところ。父は市場の北東側に大仏を立てろってアドバイスしたの。北東は邪気が流れ込んでくる方角だから、スピリチャルなものを建てれば悪質化を防げるから。でもそれは無理だって言われてしまった」
そりゃ、そうだ。駅のそばに小さなお寺がひとつあるだけの豊洲に、いきなり大仏なんか建てたら怪しすぎる。
「大仏以外の対策を懇願された父は仕方なく代案を建てたってわけ」
「代案?」
「大仏がダメなら巨大な卒塔婆を幾つも立てろって。そうすれば魔除けになるから絶対大丈夫って」
「そとば?」
「お寺にいくと墓石の周りに長い木の板が幾つも刺さっているでしょ? あれを卒塔婆っていうの」
「そんなもの豊洲にはないじゃないですか」
先生はわたしに微笑むと
「あっちが北東側。よく見て」と言った。
カモメ先生が指差した先には、わたしたちが住むザ・東京キャナル・タワーが立っていた。その横には豊洲運河沿いに等間隔で幾つものタワーマンションが並んでいる。その形は卒塔婆そのものだった。わたしたちは魔除けの中に住んでいたんだ。
「父の進言で、複数のタワーマンションで卒塔婆を代用する計画が進められることになったってわけ。政府からの命令で不動産会社は必死に動いたから、土地の買収はさぞ強引だったんだろうなって思ってはいたけど、日菜子ちゃんの家も犠牲者だったんだね。だからあなたが色んなイヤな想いをしているのも全部私の父親のせいなわけ」
だから先生はわたしだけに秘密を教えてくれたんだ。でもとても怒る気になんかなれなかった。
「べつにいいよ、先生。お父さんの代になってから商売はずっとうまく行っていないみたいだし、お金を貰わずに等価交換だっけ? そっちを選んだのはウチの責任だから」
「ほんとうにごめんね。でもマンションのお陰でモンスターの勢いが少しおさまっているのは確かなの。卒塔婆が無かったら東京は壊滅的な打撃を受けているかもしれない」
「でも先生のお父さんが言った通りにはならなかったのはどうしてなんですか? モンスターは定期的に暴れて、先生がそのたびに働かされているんですよね」
「父親が大丈夫だなんて安請け合いしちゃったからね」
スケールは全然違うけど、カモメ先生もわたしと同じように父親の失言の尻拭いをさせられているんだな。
「私の父は計算違いしていたんだよね。卒塔婆に住む人たちがみんな豊洲を愛していることを前提に大丈夫って断言してしまった。でも実際はそうでもないのは日菜子ちゃんも知っているでしょう?」
その通りだ。うちのマンションに住む人たちの多くは、何となくイメージがよくて通勤便が良いから、たまたま豊洲に越してきた新しい住人たちだ。自動車が足立ナンバーなのをやたら嫌っていて、月島と晴海は品川ナンバーなことを羨ましがっている。東雲のイオンが24時間営業なのは、イオンで買い物しているのを見られるのを何よりも恐れている豊洲のタワーマンション住民が、人気のない深夜にこぞって買い物に来るからだともっぱらの噂だ。タワーマンション には見栄とやっかみが渦巻いている。
「豊洲市場の北東側にネガティブな感情が渦巻いていることで、地下の残留思念が刺激されてしまっているの」
「ということは、これからもモンスターは暴れ続けるんですか?」
先生は言った。
「豊洲を心から愛してくれている地元出身の子どもたちがもっと増えれば、きっと姿を消すと思う。日菜子ちゃんみたいな」
「わたしが豊洲を愛している?」
「そういう子を増やすために、私はたまに小学校で教えているんだよね。でもこれまで教えてきて、あなたほど豊洲を愛している子はいないって思った」
先生とは新豊洲駅の改札をくぐってホームへと辿り着いた。てっきりこのままふたりで豊洲に帰るのかと思ったら、先生は反対方向の電車に乗るという。
「私は今晩はもうひとつ仕事があるから。日菜子ちゃんは先に帰って」
「えっ、別の場所にもモンスターがいるんですか?」
「これは、あなたとは無関係だからくわしいことは言えないんだけど、お台場の某テレビ局の地下にいるんだよね。大仏を作れってあれほど言ったのに、途中で話がどう変わったのかガンダムなんか置いちゃったせいでトンデモないことに……」
先生はブツブツひとりごとを言って、やってきた上り方面のゆりかもめに乗りこむと颯爽と去っていった。
わたしは5分ほど遅れてやってきた下り方面のゆりかもめに乗って一駅先で降りた。終点、豊洲。
カモメ先生は授業の最後にいつも言っていた。
「みんな、お願いだからこの街を愛して」
わたしは豊洲を愛しているのだろうか。愛って、好きより強い気持ちだよね。わたしはほかの場所に住んだことがないからよく分からない。でも街を歩いていると、たまに胸がきゅっと締め付けられるときがある。ママチャリのペダルを必死に漕ぐ母親の後部座席で足をブラブラしている子どもや、ドッグランを張り切って駆け回る犬を見たときとか、建物と建物の間を吹き抜ける風に潮の香りがしたときとか。それはパーティ・ルームからの夜景とは違ってゴージャスでも何でもないかもしれないけど、わたしにとってはとても大事な瞬間だ。
それにしても今夜は大変なものを見てしまった。これを秘密にして生きていかなければいけないと思うと、途端に喉が渇いてきた。スポーツドリンクを飲みたくなったけど、自動販売機で買ったのがバレたら親から怒られる。スポーツドリンクなら12種類揃っている「トキワ」で買わなきゃ。そう思い立つとわたしは、瓦礫の島に立つ卒塔婆のひとつを目指して歩き始めた。
「豊洲編:スケアリー・モンスターズ」 了
(2018.05.17 編集部追記) ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
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