Report & Interview : 涙のあとも続いていく夜。川後陽菜 & YONAKA Bandが「After Tears」で描いた別れと再会

Text_Yuki Kawasaki , Photography_Noah Nishiura

Report & Interview : 涙のあとも続いていく夜。川後陽菜 & YONAKA Bandが「After Tears」で描いた別れと再会

Text_Yuki Kawasaki , Photography_Noah Nishiura

誰かと別れ、同じ時間を過ごせなくなっても、その人と出会った記憶まで消えるわけではない。川後陽菜 & YONAKA Bandが9月12日、東京・渋谷のTOKIO TOKYOで開催したワンマンライブ「After Tears」。この日のライブを通じて表現されたのは、不可避の別れにどうにか向き合う心象と、それでも続いていく時間へのまなざしだった。終演後の川後と、プロデューサー兼ベーシストの和田直希の言葉を重ねると、この夜の楽曲たちが結ぶ物語が見えてくる。

川後の歌を支えるのは、メンバーである和田のベース、サポートとして参加する山中綾華のドラムと橘哲夫のピアノ。公演のタイトルでは、まさに「そのあと」について語ろうとしている。何かが終わったその瞬間だけでなく、終わってからも生きる人々について。
やや余談だが、直木賞作家・重松清は2005年に『その日のまえに』という作品を書いている。本作は母親を失う家族について、「その日のまえに」・「その日」・「その日のあとで」の3話を主軸に描いてゆく短編集だ。他にも数話のストーリーが収められているが、いずれも別離が関係している。この小説が前日をタイトルにしていることと、今回のライブが“その後”を主題に置いていることは重要な違いのように感じられた。

今回の公演は、“真夜中”を舞台にしながら喪失や別離を楽曲でたどる一夜となった。

幕開けに置かれたのは「ふたつの影」、続いて「銀河鉄道の夜に」。前者は川後がソロアーティストとして歩み出したときの楽曲であり、後者はライブで演奏を重ねてきた曲だ。EP『YONAKA』では「銀河鉄道の夜に」から「ふたつの影」へと物語がつながってゆく。この日は、その並びを逆にして始まる。作品の収録順をそのまま再現するのではなく、すでにある物語の入口を組み替えながら、YONAKAの夜へ招き入れるようなセットリストである。

この2曲のつながりを考えるうえで手掛かりになるのが、和田の時間に対する関心だ。この日のライブ後に行われたインタビューでは、ある出来事の少し前や少しあと、あるいは違う世界だったらどうなっていたのかを意識していると語っていた。歌は1曲で完結していても、その前後にはまだ語られていない時間がある。同じ出来事も、どこから振り返るかによって違う表情を見せる。冒頭の2曲は、そんなふうに彼らの作品へ入り直すきっかけにもなる。

3曲目は、プロジェクトと同じ名を持つ「YONAKA」。川後自身が作詞に参加したこの曲について、本人は「私のメッセージも入ったような曲」と説明する。和田が書いてきた楽曲を川後が歌い、自分の言葉もそこへ差し出す。その関係が、最初の3曲の締めくくりに置かれていた。たとえば数ある別れの中に「死」があるが、「YONAKA」の歌詞にはそうした不可逆なものへの反発が感じられる。

そもそも、なぜ「夜中」なのか。川後にとって夜は、音楽活動のために新しく選んだイメージではなかった。以前に手掛けたブランドにも『Minuit Tokyo(ミニュイ トウキョウ)』と名付け、「真夜中の東京」を意味する名前を用いていた。
「夜っていうキーワードが自分の中で結構あって」と振り返り、名前を話し合った場でその話題が出たことを明かした。ファッションと音楽は、彼女の中に以前からあった感覚を、異なる形で表現するものとしてつながっている。

和田もまた、歌詞に繰り返し現れる言葉として、夜を大切にしてきた。バンドのメンバーである2人の好きなものが重なり、“YONAKA”というフレーズをバンドにも冠するに至った。ただし、その夜にはひとつの意味だけがあるわけではない。終わってほしくない幸福な時間にもなれば、そこから抜け出したい苦しさにもなる。バンドには“夜明けを待つ歌”と、“夜明けを惜しむ歌”が同じ場所にある。その揺らぎを抱えたまま、ライブは最初のMCを挟み、今回の公演と深く結びつく曲へと進んでいく。

4曲目の「君から涙がこぼれたら」は、今年7月に発表されたロックナンバー。ポップスの美しさとロックの力強さを併せ持つ。しかし、その前へ進むような曲調と、歌が抱えている感情は、必ずしも同じ方向を向いていない。疾走感溢れるビートに乗せて、この曲では失恋や未練の情が歌われている。しかし起点は文字通り“君から涙がこぼれるまで”である。泣き止むことを「解決」のメタファーとするのならこの曲はその反対に行っている。その上で「いつかは俺ら離れ離れ」と天真爛漫な調子で歌い上げる。全く白黒ついておらず、微妙な心象風景が決着しないまま曲が終わるのだ。
ポジティブかネガティブかという判断ができなかったことを2人に伝えると、和田は「僕らもレコーディングで話し合ったんですよ。この曲って結局どっちなんだろうねと。歌詞を全部AIに読み込ませて、『この曲ってポジティブかネガティブどちらだと思います?』って聞いたぐらい、自分たちでも判断がつかなかったんですよね」と語る。

未来へ進もうとする気持ちの中に、すでに起きてしまったことへの悔いが残っている。だから、この歌は励ましとしても、別れを予感させるものとしても受け取れる。どちらかに決めきれない感情そのものが、歌の核心にあるのだろう。思えば、川後陽菜 & YONAKA Bandの楽曲の中には“グレーゾーン”を歌ったものが多いかもしれない。

続く「大人になんかなるもんか」との関係を知ると、その複雑さはさらに増す。和田によれば、同楽曲の冒頭には、夕暮れのベンチに2人でいる場面がある。「君から涙がこぼれたら」では、そこにいるのはひとりだ。後者は前者の続編として作られているという。この日のライブでは、ひとりになったあとの曲から、2人でいた時間の曲へと戻っていく並びになった。
その順序は、別れたあとで幸福だった記憶を思い返す心の動きにも重なる。過去の場面を知ったからといって、失われた関係が元に戻るわけではない。この不可逆性は、数分前に歌われた「YONAKA」にも通じるような気もする。「君から涙がこぼれたら」と「大人になんかなるもんか」ははっきりと繋がりがあることがインタビューで明言されたが、そのほかの曲にも有機的な関係を見出せるような感覚がある。

「大人になんかなるもんか」には、和田が親しんできたカルチャーの痕跡もある。取材でTHA BLUE HERBの名が挙がると、和田は強い愛着を明かし、楽曲への引用についても語った。歌詞の中にある“未来は俺らの手の中”という一節は、まさにこのヒップホップユニットの同名楽曲からのサンプリングだという。元ネタはそもそもTHE BLUE HEARTSの「未来は僕らの手の中」である前提がありつつ、念頭にあったのは北海道のラップレジェンドだったようだ。
THA BLUE HERBに限らず、ポップカルチャーからのサンプリングはほかにもある。和田は「『大人になんかなるもんか』っていうタイトルも、トム・ウェイツから取ってるんですよ。これまで吸収してきたカルチャーをどうバンドの音楽として落とし込むかは常に考えどころで、いまを生きる僕らだからできることもあると思うんです」と語る。異なる時代の音楽から受け取ったものを、川後の歌う現在のポップミュージックへと移していく。その制作姿勢が、この曲の背景にある。

6曲目の「グッド・バイ」は、そうした和田の音楽観が別の角度から表れる楽曲だ。戦争によって心を失った主人公を描き、ポエトリーリーディングを思わせる表現を持つ曲として発表された。インタビューでは、取り返しのつかないことをしてしまった人間の心を描くために、戦争から帰ってきた人物というテーマを選んだと説明している。喪失や別離の感覚が、「グッド・バイ」では、より重い問いと隣り合う。物語の設定は異なっていても、出来事のあとに取り残された感情を見つめる視線には、通じるものがある。

思い切って書いた言葉を人に聴かせるときの恥ずかしさについて話す和田に、川後は「勢いのままさらけ出して書いてる感じ」と応じた。夜に書いた手紙を朝になって読み返すときのような、無防備さがある。「グッド・バイ」は克明かつセンシティブなところまで踏み込んだ楽曲だが、それゆえのパワーが感じられる。

「夜が終わるころ」が7曲目に続く。この曲もまた、川後が取材で、別れや終わりについて話す流れの中で挙げた一曲だった。公演前半から連なる歌をたどっていくと、YONAKAという名前が、暗さや寂しさを一括りにする言葉ではないことがわかる。この曲もまた、別れを匂わせながらほのかに前向きなニュアンスが香る。和田は「宵っていう時間がすごく好きなんですよ」と切り出す。

「夕方とも夜とも言えない状態に惹かれるんです。それ以外にも、雪解けとか、雪とも水とも特定できない状態に魅力を感じるというか。川後にも光っぽさと闇っぽさのようなものがあって、音楽でもそこを行ったり来たりしている感覚があります」

そして、その感情の揺らぎは、川後自身にも変化をもたらすという。「歌いながら歌詞を下ろしている」と表現する彼女は、歌詞に入っていくほど、パフォーマンスが激しくなると話した。リハーサルでは音源に近い形でも、本番では力強さが前に出てくる。
「なんかステージ行くとちょっとオラついちゃうというか、激しくしちゃうところがあって」と川後。あらかじめ決めたキャラクターを演じるというより、歌うことに伴って自然に生まれる変化なのだろう。実際、アップテンポな曲を歌っているときの彼女は感情の移り変わりが顕著だった。

そしてこの日のライブにも、事前には決まっていなかった再演があった。アンコールまでにすべての楽曲を演奏し尽くした彼女らは、ライブ本編ラストを飾った「雪解け」を再度演奏した。だが、このあとに「もう1曲やりたいな…」という川後のひと声により、「君から涙がこぼれたら」ももう1度披露された。
「もう一回って言ってたんで」と振り返る川後の言葉はこの上なく率直だ。ショーとして世界観を作り込むことと、その場の声に応じて予定を動かすこと。和田も、その両方をライブの楽しみとして捉えていた。

夜をテーマにした作品だからといって、ステージの上まで静かな佇まいに閉じ込められているわけではない。繊細な感情を書いた歌詞が、歌い手の中を通ることで強さを帯びる。オーディエンスの声が、曲をもう1度鳴らす理由になる(求めたのはバンドだが)。作品の物語とは別に、演奏する人と聴く人の間にも、その日だけの出来事が生まれる。

セットリストはMCを挟み、8曲目の「いつかの卒業」へ。卒業をテーマに和田が書き下ろしたミディアムバラードである。2人の関係や個人の内側を見つめる歌から、より多くの人が自分の経験を重ねられる節目へと、別れの輪郭が広がっていく。「大人になんかなるもんか」という曲を経たあとで「卒業」を迎える並びにも、変わりたくない気持ちと、変わっていく時間の両方が読み取れる。

川後には、長く応援してきた人も、しばらく離れて再び会いに来た人もいる。和田はこの日についても、以前のグループで活動していたころのファンや、久しぶりに足を運んだ人がいたと話していた。中には10年ぶりの再会もあったという。一度離れたことが、そのまま関係の終わりになるとは限らない。別々の時間を過ごした人同士が、音楽をきっかけに再び同じ場所に集まる。その事実は、「卒業」という言葉を単なる終点として捉えない理由になる。

その先に置かれた9曲目が「銀河鉄道、メテオ行き」だった。冒頭に登場した「銀河鉄道」の言葉が、公演の終盤にもう一度現れる。ここで和田が説明したのは、従来の楽曲とは異なる、別れに対する姿勢だ。

「この曲で初めて別れを前向きなものとして捉えられたような気がします。僕、小学2年生の時に、酒井君っていう全く仲良くないクラスメイトが引っ越すって聞いて、もうそれから6時間ぐらい泣いてたんですよ。人との別離っていうのが、元々の感覚としてすごく辛いものだった。これまでの楽曲ではそうした辛さが前面に出ていた気がするんですが、『銀河鉄道、メテオ行き』は、“別れは別れだけど、自分は生きていこう”って思いで書けたんですよね」

惜別を多く書いてきたからこそ、別れの先を生きようとする意思には、大きな変化がある。この曲の前のMCで、川後は「今回のライブを準備しているときに…」と涙ながらに語り始めた。
「今日みなさんが来て下さったのは本当に嬉しいんですけど、会えなくなってしまった人もいて。ぜひ今回のライブも観に来てほしかったんですが、もしかしたら、それこそ銀河鉄道か何かに乗って観てくれているかもしれないですよね」

この日、次にリリースされるEPの名前も発表された。その名も『メテオ』。和田が本作に託したイメージには、終わってしまった星の美しさと、過去が再び自分のもとへ戻ってくる感覚が重なっている。それは壮大な空想であると同時に、この日の再会のような、ごく身近な出来事にも結びついている。昔、川後に会いに来ていた人が、年月を経てまた訪ねてくる。過去の自分が誰かと交わした時間が、未来のどこかで再び意味を持つ。

「生きていれば自分の過去ともう一度向き合うことってあると思うんです。今日は横で川後とファンの再会のやり取りを見ていましたが、やっぱりこういう時に一番生きててよかったと感じるんですよ」
そう語る和田の言葉によって、夜や星といったモチーフが、現実を生きる人の時間へと近づいてくる。「銀河鉄道、メテオ行き」は、別れを扱ってきたYONAKA Bandが、その先へ視線を向ける曲として、この夜の終盤を担っていた。

セットリストの最後は「雪解け」。夜が終わることは、つらい状態を乗り越えることを意味している。“雪解け”というモチーフもまた、そうした夜明けのメタファーだ。なお、終盤の2曲は『メテオ』に収録されるという。
今回のライブは時系列を攪拌しながら展開されたが、次回のEPはその集大成になりそうだ。宇宙規模の壮大なスケールの中からタイムスパンで、バンドが描いてきたものをさらに紡ぐ。和田は『メテオ』について、「グループとしてより大切にしているものを込めたEPになると思います」と語った。さまざまな情念を乗せた銀河のなかから、「雪解け」や「大人になんかなるもんか」のような“新たなグレーゾーン”を探る。なんだかクリストファー・ノーランの『インターステラー』のようだ。

「それ、お母さんとお父さん、チームのメンバーにまで言われました(笑)。自分たちが作品を作っている段階ではあまり意識していなかったのですが、EPが完成してゆくにつれて『インターステラー』っぽいという評価をもらってます。だから本当にそういうSFっぽさはあるのかも」

そう言って、川後は笑った。「涙」のあとにも時間は続き、その先でまた誰かに会えるかもしれない。夜を惜しむ歌も、夜明けへ向かう歌も抱えながら、川後陽菜 & YONAKA Bandの物語は続いていく。

INFORMATION

川後陽菜 & YONAKA Band「After Tears」

◼︎川後陽菜 & YONAKA Band
https://open.spotify.com/intl-ja/artist/7jiZZGJvWEgXd8yD0udhGY

◼︎川後陽菜
https://www.instagram.com/hina_kawago/