日々新しいアート/カルチャーが生まれる街、東京。EYESCREAMでは、そんな東京のアート/カルチャーのムードを探る特集を3回に分けてお届けする。
今回は、東京にスペースを構え、生の現場から東京のカルチャーの現状を見つめている、中目黒のギャラリーVOILLDのディレクター伊勢春日、出版レーベルcommune PressとZINEやアートブックに特化したセレクトショップ、communeのオーナー川邉美幸、主に海外から買い付けてきたブランドを中心にしたオンラインショップSUPPLYと、その実店舗であるBACKDOORのマネージャー・プレスを務める井岡千浩の3名に話を聞いた。プライベートでも親交の深い彼らが、東京を拠点にするなかで感じることや、今後の展望とは。
僕らの規模のお店だからできることがある
ーまず、皆さんがそれぞれのスペースを始めるまでの経緯をお聞きしたいです。
川邉:2015年にギャラリーを閉めて(※communeは2015年6月まで新代田でギャラリーとして営業)から、半年くらいはオンラインだけでお店をやっていたんですけど、その頃に海外のブックフェアによく行くようになって。そこでおもしろい本とかZINEをいろいろ見つけたから、それを自分だけで楽しむのはもったいないなと思ったんです。それで、事務所を引っ越すタイミングでちょっと大きめの場所を借りて、半分を土日だけオープンするお店にしました。
commune/commune Pressオーナー、川邉美幸。
伊勢:私は前職でとあるプロジェクトに携わったあと、その会社でできることをやりきった感があって。転職を考えた頃に、今のVOILLDのオーナーから、あの場所でなにかやらないかという話をいただいたんです。それで、今まで自分がお付き合いさせてもらったアーティストやデザイナーなどの方たちとの関係を活かしつつ、より自分が好きなことをやっていける場所といえばギャラリーかな、ということでVOILLDを始めました。ギャラリーの運営についてほとんど無知な状態から始めたので、手探りの独学でやってきて。
VOILLDディレクター、伊勢春日。
川邉:うんうん。
伊勢::ときに大失敗しつつ(笑)。忘れもしない、2014年の夏でしたね。
井岡:じゃあ来年5周年か。おめでとうございます。
伊勢:でもBACKDOORさんも来年5周年ですよね。
井岡:あ、はい。実店舗としては来年5周年です。うちは、もともとオンラインのお店だけで3年くらいやっていて。事務所が幡ヶ谷にあったから、今のお店がある場所(代々木八幡)はよく通っていて、ずっといい雰囲気の物件だなと思ってたんですよ。そうしたら、あるときその物件が空いてるのを見かけて。お店を出す予定はまったくなかったんですけど、すぐに物件を押さえて、内装とかちょっといじってお店を始めたのが2014年の11月です。
SUPPLY/BACKDOORマネージャー・プレス、井岡千浩。
ー今はZINEを取り扱ったり展示をしたり、いわゆるアパレルのセレクトショップにとどまらない展開を積極的にされていますけど、それは実店舗をオープンしてからですか?
井岡:もともと少しはやってたんですけど、オンラインからスタートしてる分、お店をやるときはちょっと違うアプローチをしたいなと。例えばアーティストのグラフィックを使ったTシャツも、そのアーティストをTシャツだけで判断されるより、その人たちがZINEも作ってたり、ほかの活動もやってるってことが分かった方が深く知れておもしろいと思って。
伊勢:VOILLDはギャラリーなので作品を扱うことが多いですけど、作品を買うことにハードルが高いと感じる方たちも多いので、BACKDOORさんもcommuneさんも、洋服だったりZINEだったり、お客さんに届くように落とし込んでるところがすごくいいなと思っていて。
井岡:僕自身、昔からギャラリーの端っこにある物販のTシャツやZINEがすごく好きで、よく買ってたんですよね。そういうのもあって、ずっと自分のお店でもやりたいなと思ってたんです。あと、例えばブートのキャラクターものとかって大手のお店だと扱いづらいじゃないですか。僕らの規模のお店だからできるところも絶対あると思うんで、使命というか。
伊勢:作品も大きい場に出そうとしたときにいろんな規制があったりして、近年愕然としてます。VOILLDも独自にやってるので、そういう規模だからこそできてることもある。
アートとファッションが、もっと歩み寄れたら
ー皆さんもそうですが、挑戦的なことってやっぱりインディペンデントなところから生まれてくることが多いと思いますけど、最近東京でおもしろい動きだなと感じたことってありましたか?
井岡:communeさんも物販で関わってましたけど、去年の3月に(柳澤)春馬が月島のすごく大きい倉庫を借り切ってやっていた「DISTRICT 24」ですね。やる前から、春馬に話は聞いていて。すごいことをやろうとしてるけど、予算的にちょっと難しいんじゃないかなって勝手に僕は思ってた。でも、結果やりきってたし、人もすごく来てた。アーティストのピックアップも、展示の仕方もおもしろかったです。
川邉:ジュリエット・カセッラとか、ナディア・ベツォハノヴァとか、海外で活躍してるアーティストを呼んでね。彼自身が文化(服装学院)を卒業したばかりだったかな?
井岡:文化卒業して、1年くらいニューヨークに行って帰ってきたんだよね。
伊勢:私は知らなかったですね。行きたかったな!
川邉:ファッションと絡みのあるアーティトを日本に招待してたよね。日本って美大とかの時点から、アートとファッションが分断されてる雰囲気がある。海外だと、アートフェアやブックフェアで注目された、まだ名の知れてないアーティストを有名なブランドが次のコレクションやルックに起用したりするんですけど、そういう部分はまだ日本は遅い。
伊勢:日本でアーティストとして活動してる方たちって、ファッションの業界が苦手だったり、「なんか怖い」と思ってたりする人も結構多くて。そういう話があっても、抵抗を感じていて、あえて近寄らなかったりすると聞くこともあります。ファッションの方は逆にアートを好きでいてくれる人がすごく多いですけど。
川邉:ギャラリーをやってたときはイラストレーターの人の展示をよくやってたんですけど、今とお客さんがまったく違うんですよね。9割くらい違うかもしれない。私的には、なにも感覚は変わってないんですけど、なぜかそこで線引きをされてしまうのは感じます。
井岡:僕はどちらかというとファッションのほうなので、例えばcommuneやVOILLDで見たアーティストの人に、Tシャツのデザインをしてほしいと思っても、そういう話を聞いたりするから、僕らは踏み込んじゃいけないゾーンなのかもって、たまに考えちゃったりして。
伊勢:本当は嬉しいと思う。だって、日本でアートを積極的に買う人はまだまだ少ないし、ファッションの業界のほうが、圧倒的にパイが大きいから。そこに乗っかって一緒にやれたほうが絶対に広がると思う。だからVOILLDも、最初は割と粛々と企画展をやってたんだけど、私はアートもファッションもどっちも好きだから、何年か経つうちに、自分が興味を持っていたり好きだと思う人たちともっと一緒に広がっていきたいと思って。そこから「TOKYO ART BAZAAR」とか「POP OVER」みたいな試みをやってみると、実際おもしろがって来てくれたり、興味を持ってくれる人が多かった。「やっぱそうじゃん!」って。みんなお互いにもっと歩み寄ればいいのにって思いましたね。
川邉:実際、communeも「TOKYO ART BAZAAR」きっかけの出会いがあった。岡田舜くんっていう油絵画家が、安部悠介くんっていうアーティストと出店してたんですけど、あの2人のテーブルの前を通ったときに、いろいろおかしかったんですよ。彼らだけテーブルの上にキャンバスが山積みになってて。
伊勢:油絵をラップでぐるぐる巻きにしたやつを置いてましたね。
川邉:ZINEがすごい斬新で、作品を印刷したものをペラペラのファイルに1枚ずつ入れて、リングで留めたものを紙袋に入れていた。「これはなんなんだろう? ポートフォリオかな」と思ったんですけど、多分ポートフォリオをZINEとして売ってたんですよね。そこでうちの主人(※communeを運営する、川邉修一氏)が気になって中を見てみたら、ゲームをバグらせた画面をわざわざ油絵に描くっていう果てしないことをやっていた。
川邉:その後、communeで岡田舜くんのZINEを作ったんだけど、最初は警戒されてたみたいで。私たちはそんな風に思ってないけど、ファインアートの子からすると「おしゃれな人たちから連絡が来た」みたいな。何回か打ち合わせをして、やりとりするうちに信頼関係が築けたんですけどね。実際、最近またそのZINEがちょっとバズって全国各地から注文が来てて。外国人からの反応もいいし。
ー岡田舜さんの話が出ましたけど、最近、日本の若いアーティストで気になる人っていますか?
伊勢:岡田くんときたら、さっきも名前が出た安部くんですね。彼はやばいです。
伊勢:私が多摩美の卒展で作品を見かけて一目惚れして、何度かアタックして去年VOILLDで初めて個展をやらせてもらったんです。まだ安部くんも学生だったし、今までセッションしたことがないタイプだったけど、「VOILLDで展示してるから」ってことで見に来てくれる人も多かった。作品もかなり好評で、本人も今までと違う手応えを感じてくれたみたいですごくよかったな。井岡さんは?
井岡:僕は安野谷(昌穂)くん。
川邉:安野谷くんはグイグイきてるよね。
井岡:どこかの展示で見て、すごいなと。調べてみるとコム デ ギャルソンのテキスタイルとか、ファッションブランドとも一緒にやってて、それもいいなって。いつかSUPPLYでも安野谷くんのテキスタイルを作りたいですね。Tシャツとかじゃなくて、オリジナルのテキスタイルでパジャマとか、枕カバーとか。買う?
伊勢:買う買う!
井岡:ギャルソンみたいな例はあるけど、さっき言ってたように、有名なブランドが若いアーティストをピックアップするような動きがもっと日本で増えるといいんだけど……。
伊勢:海外に行くとギャラリーの数も圧倒的に違うし、日常に根付いてる感じがする。あと、アーティストであることがかっこいいっていう感覚と存在価値がちゃんと認められている。日本でアーティストって言うと、「普段なにやってるんですか?」みたいに思う人が多い。私も今でもたまに言われますよ。「ギャラリーやってるんですけど……」って。
井岡:「それだけ?」って?
伊勢:あまり詳しくない人からするとそんな感じなんだなって。だからちょっとずついろんなことが組み合わさって、興味を持ってもらえるきっかけが増えていったらいいなと思ってます。「POP OVER」もまたやりたいです。前回は美幸さんがインフルエンザだったし。
川邉:わたし初めてでしたよ、イベント落としたの。
ジャンルも国も超えて広げていきたい
ーじゃあ今度はぜひ湿度が高い時期に、ということで。あと今日は最近みなさんが買った作品やZINEを持ってきていただいてます。
伊勢:私だけいっぱい持ってきてる(笑)。
ー伊勢さんは去年、トーキョー カルチャート by ビームスでコレクション展「VOILLD伊勢春日コレクション」をやってましたよね。
伊勢:来年の7月にVOILLDが5周年を迎えるので、その節目にまたコレクション展をVOILLDでやりたいなと思っています。この前もBACKDOORさんで、いいものを無理やりいただきました。
井岡:ダンボールをあげたんですよね(笑)。
ーダンボール(笑)?
伊勢:ジェイソン・ライトっていう作家さんが、BACKDOORさんにTシャツを納品するダンボールに描いてあった絵が、めっちゃかわいくて。捨てるんだったら譲ってくれと。
井岡:いや、片面だけはとっておこうと思ってたけど、丸ごとほしいとは思わなかった。
伊勢:いやいや、あれは丸ごとほしい。だからぜひコレクション展のときにお披露目したいと思います。あと、ZINEはほぼcommuneさんで買ってますね。これはインクが手に付くから気をつけてください。
川邉:エド・デイヴィスですね。
井岡:デザインがハッサン・ラヒムなんだ。うちの店にこの人のTシャツある。
伊勢:こんなに気合いの入ったZINEなのに50部しかないの。しかもcommuneさんから強めのおすすめが入るんで、そういうときは即買いです。海外の若手とか中堅のアーティストはcommuneさんとかSUPPLYさんから知ることが多いですね。
井岡:僕もいくつか持ってきたんですけど、これは最近すごい狭いところで話題になってるPARANOIDさん。
川邉:「POP OVER」のときにBACKDOORのブースで展示してた?
井岡:そうそう。日本人なんですけど、見てわかる通りハードコアカルチャーからものすごく影響を受けてて。作品が溜まるとZINEにしていて、これは5冊目なんですけど、全部手描きで、白の紙に黒のペンで書いてるんですよ。だからこういう(黒い)ところは全部ペンで塗りつぶしてるんです。
伊勢:こないだFACETASMの落合(宏理)さんにお会いしたときにも、すごくお勧めされて。
井岡:落合さんと親交があるんですよね。こないだまでお店に原画があったんですけど、原画のパワーがすごかったんでびっくりしました。
伊勢:来年VOILLDでも検討してます。
川邉:じゃあSUPPLYがサポートってことで。
伊勢:SUPPLYさんにTシャツ作ってもらって、communeさんにZINE作ってもらって。
川邉:こういうものをね、かわいいカルチャーにどんどんぶっこんでいきたい。
一同:(笑)
川邉:これもアートなんだって広げたいんですよ、幅を。前にLAのアートブックフェアのオフィシャルトートバッグに河井美咲さんの作品が使われてたことがあって。そのときに、ブックフェアの中でネックフェイスのスプレーペイントのイベントがあったんですけど、そこにたくさん並んでるキッズたちが、ネックフェイスのTシャツを着てるのに、河井美咲さんのトートを持ってて。それがすばらしいと思って。
伊勢:それめっちゃいいですね。
川邉:実際作ってる人同士は繋がってると思うんですよね。アートに対する姿勢はみんな同じだったり。かわいいカルチャーはかわいいカルチャーでいいんですけど、それだけじゃないよと。
伊勢:逆にPARANOIDさんみたいなアーティストを好きな人が、かわいいものを好きって言ってくれるのも嬉しかったりします。そうやって行き来してくれるといいですよね。
ーでは最後に、皆さんが今後仕掛けていきたいことなどあればお聞きしたいのですが。
伊勢:もうさっき出ましたね、PARANOIDさん。
川邉:そういうことですね。
伊勢:それぞれのよさが一番発揮できそう。
井岡:さっき作家さんの側がファッションに対して苦手意識があるっていう話がありましたよね。PARANOIDさんもこういうハードコアなバンドやスケートっていうジャンルの中にいたけど、今後うちでTシャツ売ったりとか、アーティストとして活動の幅を広げたい感じだったんですよ。僕も作品を見たときに圧倒されちゃったんで、みんなただ知らないだけで、もっとすごいなって思ってくれる人がいると思う。
伊勢:VOILLDでもアートを軸に、自分が好きなものを巻き込んでいくことで、他のいろんなカルチャーにも興味を持ってくれる人が増えてほしいなっていう気持ちもあるので。今後もほかのギャラリーではなかなかやらなそうなことを果敢にやれたらいいな。
川邉:毎回いろんなところで言ってるんですけど、内へ内へ行っちゃってる若い子が多くて。ジャンルもそうですけど、ひとつの分野だけに止まっちゃったり、日本のカルチャーやアートしか見てなかったり。実際、日本っていろんな国のカルチャーを応用するのが得意だし、日本のカルチャー自体、日本だけでできあがってるわけじゃないですよね。そういう意味で、皆もう少し日本のことも知りつつ、かつ海外のことにも興味を持ってほしいなっていう思いがある。これからもジャンルを超えた展覧会とか、国を超えたアーティストの紹介をしていきたいですね。
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