〈音〉の探求 supported by KEF
#01 / 蓮沼執太 × 小林うてな:前編

〈音〉の探求 supported by KEF
#01 / 蓮沼執太 × 小林うてな:前編

音楽の聴き方って人それぞれ、日々の生活にフィットするものを自由に選べばいい、んだけど。せっかくなら贅沢な音の世界を探求してみるのもいい。だって「いい音」で聴くと、音楽世界は開かれるから。これまで気づかなかったミュージシャンのこだわりも、情熱も、クセや匂い、温度までも。実はそこにはすべてが込められている。

1961年に誕生して以来、“原音再生”にこだわり続けるイギリスの名門スピーカーブランドKEFとともに、奥深い音の世界を覗くシリーズ。第一回は、ソロ名義や蓮沼執太フィルのほか、作曲という方法を応用し、映像、サウンド、立体、インスタレーションを国内外で発表する蓮沼執太と、Black Boboiをはじめ蓮沼執太フィルやD.A.N.、KID FRESINOバンドセットにも参加するスティールパン奏者/コンポーザーの小林うてなが登場する。前後編に分けてお送りするうち、前編ではKEF MUSIC GALLERYにおいて、同ブランドのなかでも最上位モデルのスピーカーとなるMUONを体験。それぞれに持参してもらったアナログレコードをじっくり試聴しながらのスタートとなった。

蓮沼執太の持参したレコードのうち実際に試聴したもの。左からAlice Coltrane With Strings『World Galaxy』、Shuta Hasunuma Full Philharmonic Orchestra『FULLPHONY』、蓮沼執太『NHK DRAMA“KIREINOKUNI” ORIGINAL SCORE』

小林うてなの持参したレコードのうち実際に試聴したもの。左上から時計回りに八代亜紀『八代亜紀ベストヒット 8』、宇多田ヒカル『One Last Kiss』、Moses Sumney『Grae』、伊豆一彦(原作・構成:大友克洋)『童夢』、Claude Debussy – Tamas Vasary『Klaviermusik・Piano Music』

—実際にKEFのスピーカーで“原音再生”を体験してみて、どうでしたか。

蓮沼:作り手の“らしさ”がダイレクトに伝わるなと。もちろん時代ごとのレコードの作り方によっても音は変わるんでしょうけど、その時代時代に流行っていた音色だとかミックスの方法だとか、そういった部分も肌ざわりのようにわかる感じはしました。

小林:しました。本当に原音に忠実だから、「リスニングに適した形で聴かせる」といった意図もないと思うんですよ。作ったままがダイレクトにくるので、きゅってなりました。

蓮沼:作り手としてね。

小林:そうそう。ドキッとした。

蓮沼:隠せない。そのまま出ちゃうから。音楽が一番試されている。

小林:そう。だから身が引き締まる。

—音楽家から見た、“原音再生”の魅力とは?

小林:作った人の好みやこだわりがそのまま聴けることだと思うな。

蓮沼:さっきアリス・コルトレーンをかけたときに、その時代のスタジオの光景というか、レコーディングの現場にタイムトラベルした感じがあった。それって音に対して無駄な着色もないからであって、だからすんなり想像力が働く。

小林:“原音再生”って、究極じゃないですかね。それこそ、ストリーミングとCDとレコードとでは、そこに入っているデータの情報量は違っているけど、なるべくいい状態で、なるべくそのままというのは究極だなと。

蓮沼:よくよく考えると普通の話なんですけど、すごくお金をかけて作った音はすごくリッチにピカピカな状態で響くし、宅録のローファイ感はローファイとしてそのまま出る。それがおもしろい。

小林:原音のおもしろさって、普通に音楽を聴いているだけだと「なんのことですか?」ってなると思う。今日のこの会もまさにそうだと思うんですけど、聴いてみると「なるほど!」となる。

蓮沼:知覚が開かれる感じはあるよね。

小林:わかる。

蓮沼:いままで、どれだけ自然な音で聴いてなかったんだ、という。自然な音が響いているというのはすごく気持ちよかった。録音をしている立場であっても、できる限り生の音を届けたいと思ってレコーディングしているので。生というのはライブ感というよりは、正直な音。それを記録していく。だから、その当時の自分の音が自然に聴けるというのは贅沢だった。アナログもデジタルもどちらもよかったので、そういうことでもないんだろうなと思いました。電子音も生だった。生楽器だから生ってわけじゃないんだなって。そのあたりの垣根は最初からなくて、全部が生。固定概念を壊してくれそうな感じではあった。知覚が開かれるってそういうことなんですけど。

—「電子音も生」というのは……?

蓮沼:たとえば『童夢』の音楽でいうと、ドラムのシーケンサーがパンニングしたりして、あれって80年代によく使われた手法なんですけど、すごくアナログに聴こえた。人間っぽさというか。あとは、モーゼス・サムニーの曲でOPNが80年代のアナログシンセを弾いている部分も、生で自然だった。

小林:距離感でも音が違った。

蓮沼:後ろのほうでも聴いてたもんね。どうだった?

小林:ライブハウスみたいに、後ろのほうだとロウが溜まるとかが一切なかった。それって結局、(ライブハウスは)増幅させているんだろうなと。これは自然だった。遠く離れれば、人の耳に聴こえにくい部分はどんどん聴こえなかった。遠くても聴こえる、とかではなくて。本当、こんなのが家にあったらいいですよね。

蓮沼:でもそうなるとずっと聴いちゃうんじゃない? 音楽を作らなくなりそう。

—音楽家としては“原音再生”で聴かれたい、という思いはありますか?

小林:うーん。それぞれの生き方があるから、それは無理だと思うし、思ったこともなかった。

蓮沼:聴き方はその人に委ねます。それを手に入れた人が自由に選択して楽しむのがいい。あと、空間もありますしね。たとえばクラブだったら、人のざわめきや雰囲気でも音の捉え方は変わるじゃないですか。一概にこれだって決めるよりは自由なほうが楽しいですよね。

—お二人は、普段はどういったリスニング環境ですか?

小林:基本的に、8年くらいずっと使っているヘッドフォンで聴いています。作った曲を確認するときはスピーカーでも聴くけど。もともと音楽を作っているとき以外、あまり音楽は聴かないんですよ。基本、無音が好き。風の音とかが好き。

蓮沼:僕はいろんな環境で聴いています。音楽を聴くのって、もはや部屋だけではないじゃないですか。イヤフォンをしてどこでも聴ける。そういった意味でも、いろんなアウトプットで聴いている。それこそ、イヤフォンでも聴くようにしています。

小林:私も、多くの人が使っているようなイヤフォンでは確認するようにしている。でも、それをいつまで続けるべきかというのは迷う。

蓮沼:うん。ひとつの基準に向かって作っていくというのは、面白味もあればつまらないところもある。もっといろんな形があるといいよね。

小林:音楽の届け方って、他にもないかなとは思う。配信が主流になっちゃっているけど、そうじゃない音楽の届け方も、これから生まれるのかなというのはすごく興味がある。もっとおもしろいリリース方法ないかなと、よく考える。

—音楽家にとっての「いい音」って、どういうものでしょう。

小林:昨年くらいから、楽器に興味が出てきている。いままであまり楽器に興味なくて。

蓮沼:そうなの?(笑)

小林:そうなの。パソコンで作るのが好きだったから。でも最近はいろいろ楽器を買ってみてる。たとえばカリンバをピンッて鳴らしたときに、ジジジッとなる絶妙な音というか、それがすごくコスモ感があったり。チャイムのカラカラカラって音も「すっげえいい音」って思いながら5分くらいずっと聴いていた。楽器が「いい音」って意識がこれまでなかったから。それが自分的には新しかった。

蓮沼:生きていて、「これいい音だな」というのは人それぞれあると思うんですけど、それって、その音を感じられるか感じられないかでしかない。こっちの発想力次第というか、その人がどういった人生を歩んできてどういった発想があるかにもよるのかなと。今日、原音で聴かせてもらって気づいたことでもあるんですけど、「これ、昔っぽいよね」と思っていたものって自分のなかでちゃんと聴けていない証拠で。ちゃんと聴くと、いい。「こうだ」と先入観で聴いちゃうんじゃなくて、もっと肯定的になりたい。と、原音で聴きながら思いました。とくに八代亜紀さん。歌謡曲だから声が前に出ていると思っていたら、そうじゃなかった。オケが前に出ていて、あれだけしっかりアンサンブリが聴けるなんてびっくりした。

小林:曲が終わったあと、自然とみんなから拍手が起こったもんね。

蓮沼:本当、今日は贅沢な時間でした。

蓮沼執太

1983年、東京都生まれ。音楽作品のリリース、蓮沼執太フィルを組織して国内外でのコンサート公演をはじめ、映画、演劇、ダンス、音楽プロデュースなどでの制作多数。近年では、作曲という手法をさまざまなメディアに応用し、映像、 サウンド、立体、インスタレーションを発表し、個展形式での展覧会やプロジェクトを活発に行っている。2014年にアジアン・カルチュラル・カウンシル(ACC)、2017年に文化庁東アジア文化交流使として活動するなど、日本国外での活動を展開。主な個展に『Compositions』(ニューヨーク・Pioneer Works 2018)、『 ~ ing』(東京・資生堂ギャラリー 2018)など。最新アルバムに、蓮沼執太フィル『ANTHROPOCENE』(2018)。『 ~ ing』(東京・資生堂ギャラリー 2018)では、『平成30年度芸術選奨文部科学大臣新人賞』を受賞。
http://www.shutahasunuma.com/

小林うてな

長野県原村出身。東京在住。コンポーザーとして、劇伴・広告音楽・リミックスを制作。アーティストのライブサポートやレコーディングに、スティールパン奏者として参加。 ソロ活動では「希望のある受難・笑いながら泣く」をテーマに楽曲を制作している。2018年6月、音楽コミュニティレーベル「BINDIVIDUAL」を立ち上げると同時にermhoi、Julia Shortreedと共にBlack Boboi結成。 翌年Diana Chiakiと共にMIDI Provocateur始動。 ライブサポートでD.A.N. 、KID FRESINO (BAND SET)に参加、蓮沼執太フィル所属。
https://utenakobayashi.com/

INFORMATION

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蓮沼執太 × 小林うてな:前編

https://kef.world/igl

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