アーティストにいくつかの質問を投げ、その答えに映像を組み合わせて人物像を紐解いていくスペースシャワーTVのインタビュー企画『観測:中村佳穂』。
明るさと切なさ、真面目と不真面目、意識と無意識といった、反する2つの世界を行き来しながらミュージシャン中村佳穂を紐解き、これまでにないインタビュー映像作品を生み出している映像制作集団・釣部東京に、そのアイディアと制作過程、ルーツやこだわりについて話を聴いた。
一緒に何か作るということをしてみたくて。
――まず、今回の企画はどのような流れで制作を進めていったんでしょうか。
松永:最初にスペースシャワーさんからオファーをいただとき、インタビュー映像という前提の中で自由に制作してもいいということだったので、まずはこちら側でアイディアをある程度固めて、映像の具体的なイメージやデザインを作ってから中村佳穂さんへ企画を提案しました。インタビューなので、できるだけご本人とやりとりしながら一緒に何か作るということをしてみたくて。その方が内容としてもおもしろくなると思ったので、質問もすべて自分たちで考えさせてもらいました。
――初期段階で具体的なイメージまで作り込むためのアイディアはどこから持ってくるんですか?
松永:それぞれが興味のあること、やりたいことをまずはDropbox Paperにばーっと出し合って、「この案だったらこの映像がいいかも」という感じで良さそうなものを拾い上げていきます。中には「ただ俺がやりたいだけ」みたいなものもあって、それらが混ざり合っている状態ですね。
渡部:今回だと、佳穂さんの過去のインタビュー記事をキャプチャして、使えそうな部分を書き出し合ったりもしました。最初にとにかく量を出して、盛り上がったものをピックアップしていく感じです。
――最終的にこの11個の質問になった経緯というのは?
松永:佳穂さんの人となりが見えそうなものや、映像がおもしろくなりそうなもの、自分たちがやりたいことなど、まずはみんなで質問案を出し合っていったのですが、意識的なことと無意識的なことというか……夢や潜在意識のような、本人が意図しないものも映像の中に混ぜ込みたいということは最初から考えていました。
――その時点で、もう映像が頭の中に浮かんでいるということでしょうか。
松永:それもあります。こんな答えが来そうだなというのを予想して、それに対する映像も考えて、その中でおもしろくなりそうな質問を最終的に選んでいきました。とはいえ、結局そんなに思い通りにはいかなかったのですが。
――不意をつくような回答は、佳穂さんならではという気もします。
松永:一番予想と違ったのは、<好きな言葉・擬音>です。例えば「ふわふわ」とか「もふもふ」とか、そういうものを表現する映像を作るつもりで出した質問だったのですが、全然違うものが返ってきてしまって。どうしようと頭を抱えた結果、もうよくわからないから映像もよくわからないものにしようということで、海に飛び込みました(笑)。
渡部:答えが来てからみんなでもう一度会議をしたのですが、最後は大喜利大会みたいになって。一番意味がわからなくておもしろかったものが採用された回ですね。
村上:<オリジナルのキャラクター>は、僕がキャラクターやソフビを作りたいからそれを佳穂さんに考えてもらうという自分の願望を叶えにいった項目なのですが、まさかこんなに具体的なものが返ってくるとは思っていなくて。見た目や質感に関してもしっかりした説明があったのですが、絵の中には抽象的な線も多くて、いざ作るとなるとけっこう難しかったです。
――相手の答え次第で想定からどんどん外れていくというのは、今回の企画のおもしろさでもあり、大変さでもありますね。
松永:<ルーツを感じる風景>は、回答を見たときに『千と千尋の神隠し』の冒頭で千尋が後部座席に寝転んでいるあの感じを想像していたのですが、実写で撮影した画がなかなかおもしろいものにならなくて、かなり悩みました。最終的にバーチャルプロダクション(景色を映したLEDの前に立って撮影すると、そこにいるように見える技術)からヒントを得て、CG空間に自分たちが撮影した動画を投影しています。技術的な部分で少し変わったことをしたのがこの回ですね。
渡部:僕が担当したものだと、<好きな感触>には少し仕掛けがありまして。風で飛んでくる物の中に、今回の映像に出てきたオブジェクトや、佳穂さんの過去のライブやMVで使われたモチーフを忍ばせているんです。一度見ただけでは気づかないと思いますが、YouTubeで流れることを見越してポチポチ止めながら見てもいい感じの静止画になるように調整しているので、見つけてもらえるとうれしいですね。
――<一番古い記憶>や<地球最後の日の理想>には、ひときわ切ない雰囲気が漂っていますよね。これを見て泣いてしまったというコメントもありました。
松永:そうですね。<地球最後の日の理想>に関しては、落ちてくる隕石を眺めているシーンの前にさらに30秒のプロローグを足すことで、少し特別な扱いにしています。<よく行く場所>の回答と共通しているところを感じたので、冒頭で遊びに出かけた海辺のホテルを反対側から眺めていたり、青空だった画面がオレンジ色になっていたり、全体の流れの中でだんだんしんみりしていくような、ポップさと切なさが対になるような見え方にしたいとは思っていました。
90年代のビデオソフト
で作ったような匂い。
――作品全体の方向性や担当の振り分けは、いつもどのように決めているんですか?
松永:基本的に映像のアイディアを考えた人が最後まで担当することが多いです。ただ、CGなどの技術的な部分には得意不得意があるので、例えばキャラデザインだったら村上か渡部、グラフィックデザインは高橋、という感じでそれぞれ得意な人にお願いしています。
高橋:デザイン面で言うと、今回は「再現VTRをまとめたようなもの」という大枠のコンセプトがあったので、ビデオカメラの初期設定みたいな、90年代のビデオソフトで作ったような匂いを残したいなと考えていました。ロゴに関しても、あまり凝らずに持っている書体で文字を打っただけのような仕上がりにしているのですが、「観測:中村佳穂」とだけ書かれた真っ青の画面が渋谷の大きな広告ビジョンに急に出てきたら、何かのバグみたいでおもしろいかなと思って。むき出しの雰囲気というか、今回はあえて何もしないというのがこだわりでもありました。
Photo: 盛孝大
松永:今回のような作品の場合、シンプルにおもしろいかどうかという軸がまず一つあって、トーンや細かい部分はそれぞれの担当者と話しながら統一させていきます。お互いのイメージの中から紐付けたり、アイディア同士を組み合わせて、こんな風に膨らませられるよねという話をしたり。
渡部:アイディアを投下する時点で、少し釣部っぽくしておくというか。意識してそうしているわけではないのですが、みんなに提案する前に少しだけその辺りを整えているような気はします。
高橋:バラバラだけど結果的にトーンがぶれないというのは、最近ようやくできるようになってきたことですね。
松永:本当にようやくだよね。そんなことも経て何年かみんなでやっていくうちに、なんとなくまとまりを帯びていったような気はします。
経験を拾い集めていったら
一つの作品になっていた。
――今回の映像は、佳穂さんの音楽も重要な要素の一つになっていますね。
松永:佳穂さんは、元気な部分と切ない部分の両方を持っている人という印象だったので、映像の構成的にも、最初は元気だけどだんだんと切ない雰囲気になっていく流れにしたいなと考えていて。「両極端を意識して行動している」ともおっしゃっていたので、似たものはなるべく隣り合わないようにしたり、すごく真面目なものとすごく変なものを交互に置いてみたりして、音を一つ一つ映像にあてながら、本能的にいいと感じたものを選んでいきました。
――映像の間にはさまれているアイキャッチも、すごく効いているなと感じました。
高橋:あのアイキャッチは、納品の一週間前くらいに松永が急に入れたいと言い出したんです。
松永:出来上がった映像を並べてみると、構成的にテンポがずっと同じで緩急がないように感じて、味の素みたいなものを入れたくなったんです。間にCMが入るわけではないのですが、その意味がわからない感じもまたいいなと思って。
高橋:そうやって毎回ギリギリまで作業しているのでいつもきれいな終わり方ではないのですが、今回出来上がったものを改めて見た後、CGだけじゃなく実写で撮影したり、手作業で何かを作ったり、今までの経験やノウハウを集約したよね、という話はしました。
松永:10年くらい前から映像を作り続けてきて、紆余曲折も、完全に迷走している時期もあったのですが、その間に学んだことを拾い集めていったらそれが今回一つの作品になっていて、なんだかぐっときましたね。
ただなんとなく、
好きやおもしろいが共有できているだけ。
――みなさんは今も会社員やフリーランスとしてそれぞれの仕事をしながら、釣部東京の活動を続けていらっしゃるんですよね。
松永:はい。やっていることはみんな違って、僕は映像、渡辺と村上はゲーム関係、高橋は主にデザインの仕事をしています。
――今まで影響を受けてきたものや、興味があることもみんなバラバラですか?
松永:大学生の頃から一緒に遊んでいたので、その辺はだいたい同じだと思います。大学では渡部が日本画、村上が彫刻、僕はデザインを専攻していましたが、映画を作る前から好きなものが似ている人たちで集まっていたので。高橋は僕が社会人になってから就職した会社で出会った友人ですが、好きな映画や漫画の作風とか、おもしろいと思うところも当初から同じでした。“90年代っぽい感じ”というのかな。
高橋:例えば『攻殻機動隊』は、全員が共通して好きなものの一つだと思います。
渡部:思春期で出会ってきたカルチャー全般ですね。
松永:たまに「釣部とは?」と聞かれることがありますが、答えるのが難しいんですよね。みんな確固たる信念を持って集まっているわけじゃなく、なんとなく好きなものが似ていて、一緒にやっていても苦じゃなくて、その人たちがおもしろいと思って出してきたものならそれでいい、という感じなので。明確なものは何もなくて、ただなんとなく、好きやおもしろいが共有できているだけなんだと思います。
高橋:あとはやっぱり、みんな学生時代にそんなにイケてないというのが。
(一同笑)
渡部:間違いない。
松永:反骨精神ですね。反体制というか、メジャーなものに対して斜に構える感覚が同じだったりはします。今回の作品もまさに、普通のものを作るのが恥ずかしいから結果的にこうなったようなところもありますし。究極の天の邪鬼ですね。
――今回のような作品やMVに限らず、今後もまたいろんな映像を作っていかれると思いますが、最後に釣部東京として、これからやっていきたいことや考えていることがあれば教えてください。
松永:僕らはそれぞれに得意分野があって、いろんなものを自分たちで作れるところがおもしろい部分だと思います。今回の企画も最終的に本やグッズを作ってみたいなと考えているのですが、そうやって映像に限らず全体の世界観みたいなものを作って、それをいろんなメディアに展開していったらもっと楽しめるんじゃないかなと。僕たちはみんな飽きっぽいところがあるので、ジャケットも作るし、映像も作るし、そこからまた別のものも作るという感じで、横に移動しながら幅を広げていくような活動ができたらいいなと思っています。
釣部東京(左から村上由宇麻、松永昂史、高橋彩基、渡部克哉)
釣部東京
映像制作を中心に活動する制作集団。CG、実写、アニメーショ ンなど複数の領域を横断した幅広いビジュアル表現で、短編映 画、MV、モーションデザイン、アートワーク、ライブ演出などを手掛 ける。カオティックかつ洗練された視覚の中に、人間味からくる哀 愁とつっこみの余白を持った作風で、短編映画「OKAN」や、映 像作品「フジヤマさん業の仕事」、「長谷川白紙 Q13」、柴田聡 子「ぼちぼち銀河」MV、Dos Monosのロゴデザインなどの作品 がある。
http://tsuributokyo.com/