藤井道人
日々映画を作っていく中で忙殺され、失われていく大切なはずの記憶の数々。本連載は映画監督・藤井道人が映画や人、言葉、その瞬間を保管しておくための企画である。「生きていく上で忘れてしまうだろう記憶たちの集積場」をテーマに、様々な出会いを通して、映画が作られていく過程や、映画業界の改善に向かっている様を伝えていく「けむりのまち -Fake town-」。
第十五回は対談回。お相手はプロデューサーの福井雄太氏。日本テレビ在籍中は史上最年少でテレビドラマプロデューサーになり、数々の大ヒットドラマをプロデュース。その後、Netflix(以下、ネットフリックス)へ移った。
今回の対談では、監督業とプロデュース業がどのような関係なのかを語りつつ、テレビ・映画の世界と配信の世界における作品作りについても語り合う。
プロデューサーと監督の関係は夫婦のようなもの
藤井道人(以下、藤井):今日の対談相手は飲み仲間でもある福井雄太くん。テレビ業界では知らない人はいないよね。それこそ「3年A組-今から皆さんは、人質です-」や、最近だと「最高の教師 1年後、私は生徒に■された」とかをプロデュース。そして、日テレを退社してネットフリックスへ。そのことがネットニュースになったくらいの有名プロデューサーでいらっしゃる。そして同い年。
福井雄太(以下、福井):藤井さんとは同い年ですけど、俺たち世代のトップランナーなんで。いつか仕事ができたらいいなと思っていた人と、今ではこうして仕事も含め、しょうもない話も一緒にさせていただいているっていうのはすごくありがたいです。
藤井:そんな雄太との出会いはネットフリックスの打ち合わせだったね。「今度入社する人間がいるから紹介したい」って言われて顔合わせして。
福井:坂本和隆さん(※)と打ち合わせをしていたら「これから藤井道人監督が来るんだけど会っていく?」って言ってもらって。藤井さんはずっと追いかけていた人でしたから、あんな風にパッと出会わせてもらえて面白いなと。
※坂本和隆氏…Netflix コンテンツ部門 バイス・プレジデント。「今際の国のアリス」「First Love 初恋」「サンクチュアリ -聖域-」「幽☆遊☆白書」など、多くの実写作品を担当。「Devilman Crybaby」「リラックマとカオルさん」「アグレッシブ烈子」などの幅広いアニメ作品も仕掛け、日本市場におけるNetflixの作品群拡大に貢献
藤井:僕からしても、雄太に会ってみたいと思っていた時期だったし、ちょうどBABEL LABELがネットフリックスと提携した頃でもあったからタイミングがよかったんだよね。そうこうしているうちに、すっかり仲良くなって飲み歩くようになったっていう。
福井:こうして藤井さんと話して思ったのが、『俺、この人のこと全部好きだ』ってことなんですよ。1個ボールを投げると7投先の返しが返ってくると思うし、話していると色々なことを思いつくんですよね。そんな人は今まで同じ世代を生きている人で会ったことがなかったです。
藤井:打ち合わせをするうえで共通言語があるってことはありがたいけど、やっぱり、それだけじゃいいものは作れない。プロデューサーと監督って、恋人だったり夫婦のような関係なんで。相手が言っていることの本質って言語にだけ宿っているわけじゃなくて、言葉の順序だったり根拠にも表れるじゃない。打ち合わせで、『ここは慮っているな。ここはある種、攻撃的にいかないと会議が進まないんだな』っていうゲームを楽しめている人は、やらされ仕事ではなく自分事として向き合っているってことがわかるんだけど、雄太は1発目からそうだったから、こっちも話していて超楽しいよ。
福井:藤井さんには圧倒的なリスペクトが前提にあるんで、聞きたいし聞けちゃうんですよ。この人が今この言葉を使うってことは、『この先どうしようとしてんのかな? 撮りたいものはなんだろう?』とか。その中に自分が表現したいと思うものを適合させていきながら、面白いものを見たいと考えるんですよね。プロデューサーは1番目の観客になれる。その感覚が最高に気持ちいいんです。もの作りはそうあるべきだなっていう。あと世代が同じっていうのも俺にとっては大きいんですよ。同じ感覚で話せるのでシンプルに楽しいです。
藤井:部活みたいだよね。いつも楽しみながらで。
福井:いや、本当にそれです。
藤井:困難な状況であっても、雄太がいればうまくいくなって思えるから、そこを紐解きたいんだよね。つまり“福井雄太の作り方”ってのを聞きたい。まず聞きたいんだけど、日テレを辞めてネットフリックスに、ってさ。そこにはどんな思いがあったの? みんなに聞かれるでしょ。
福井:はい。「なんで!?」ってめっちゃ聞かれました(笑)。日本テレビは自分を育ててくれた場所なので今でも大好きなんですけど、ある日ふと漠然と自分自身がもっと面白くなりたいし、なれるって願いのように思ったんですよね。いつかどこかで自分の才能が発揮出来なくなる日がくるかもしれないじゃないですか。それに対しての恐怖が半端じゃないんですよ。枯れる日は明日かもしれないし、5年先か20年先かもしれない。でも、自分はずっっっとプレイヤーでいたいって思ったんです。だから、また別の刺激を知る必要と与える必要を感じてテレビドラマの世界を抜けて、世界中へ作品を届けることのできる配信という場所に勝負の場を移したんです。
藤井:うんうん。
福井:配信に向けて制作する作品は時間に縛られないじゃないですか。そこで視聴者の興味を引いて観続けさせるという感覚を研ぎ澄ませていかないと、自分が枯れる日が早くなるんじゃないかって怖さがあったりとか。何より物語の作り方を新しく考え直さないと、今あるものを切り売りしていくだけになっていくなっていう感覚が強かったんです。このままだと自分はつまらなくなっていくだけだ。いや、今日より明日、明日より1週間後、もっともっと自分が面白くなっていたいと思ったときに、新しい出会いが必要で、そのフィールドを求めて旅に出たって感じなんですよね。こうしてネットフリックスに来たからこそ、藤井さんとも仕事ができるわけなんで。
藤井:そこでネットフリックスに行ったっていうのがすごい。僕もネットフリックスに拾ってもらったようなものだから。『野武士のグルメ』のサード監督で、そこから何度もネットフリックス作品を作るようになっていって。そもそも自分が生まれた以降に出来たメディアとやるのは配信が初だからね。映画にしろドラマにしろ、生まれる前から存在したものだけど、配信は大人になってから始まったものなんで、そこに活路を感じちゃって。自分の居場所ってもしかしたらここなのかもって。映画だと、わかってないって批判されたら「失礼しました」ってなるけど、配信だったら「いや、面白いよ。こっちはこれが好きなんだよ」って、多分言えるじゃん。そう思いながらこの数年配信と付き合ってきているけど、その世界に夫婦みたいになれるプロデューサーが入ってきてくれたことが嬉しい。雄太は出会ったときからフラットに会話できるし、同じ目線で物事を考えていると思うから、きっとこの人は自分が面白いことができる場所を探しているんだなって感じたし、だからネットフリックスに来るってなったときも別に驚かなかったね。
福井:前の職場にいても面白いことはもちろんできるんです。けど、好きなことを好きな人と好きなようにしたいっていうシンプルな願いを実現させるのって、もの作りの業界においてはとても難しいことじゃないですか。前職でも好きなことをやらせてもらえていたけど、その好きなことがだんだんと変化してきて、もしかしたら配信のフィールドでやった方が、この思いを体現できるんじゃないか、と。ネットフリックスに入って6、7ヶ月が経つんですけど、今のところその予感は当たっています。『お前の好きなことはなんだ!?』と突き詰めることができる感覚で日々を送れていて、すごく刺激がありますね。馬鹿みたいなことを言いますけど、俺は世界で1番面白くなりたいので、そこ目掛けて必死にがむしゃらに日々やっている、そんな感じです。
人情みたいなものがクリエイティブを加速させる
藤井:最近、自分の中でショッキングな出来事があったんだけど。
福井:なんですか?
藤井:『フォールアウト』(AmazonのPrime Video作品)ってドラマが面白かったのね。クレジットを見たら監督がジョナサン・ノーラン(クリストファー・ノーランの弟)で製作メンバーに、奥さんのリサ・ジョイの名前が入っていて、「結局、ジョナサン・ノーランにとって1番信頼できる人は奥さんなんだね」って話をスタッフをしていたら、「クリストファー・ノーランだってそうですよ。いつも奥さんのエマ・トーマスがプロデューサーですよ」って返されて。
福井:あ~、はいはい。
藤井:ここに真理があるなと思ったの。自分事の究極形って家庭のことでしょ。自分の旦那がつまらないものを作るのは家庭としても困るわけじゃない。嫁がクリエイティブの相方って、まさしく究極形だなと。僕らはそれを奥さんに頼むわけにはいかないから、業界の中で探さなきゃいけない。そういう意味で「こいつ見つけた」って感じ(笑)。
福井:めっちゃ嬉しいですよ。関係的には藤井さんが夫で自分が妻。だけど、最終的には夫の藤井さんが決めるんですよ。惚れちゃっているからこそ、「旦那さん、何やりたいですか?」っていう思考回路になるし、その感覚が面白い。
藤井:結局、「監督として良い作品を撮る秘訣は?」と問われると、良いプロデューサーと出会うことだよって答えてる。河村さん(故・スターサンズ代表、河村光庸氏)と出会って人生が変わったし、雄太は今のボスでもある坂本さんと出会って変わったものがあるんじゃないかと思う。その人たちの生き様に惚れて、この人の一助になりたいだとか。そういう人情めいたものがクリエイティブを加速させるんだなっていうのは30歳を超えて思うようになったね。
福井:すごくわかります。自分主体でもの作りをしている部分は大いにあるんですけど、自分のためだけでは走れなくなってきている年齢になってきたのかなと。例えば、一緒に組む俳優さんであったり、自分に関係する人を絶対に幸せにするってところからエネルギーをもらわないと、もうやれない。藤井さんと仕事をしたときに、それが出来たとしたら、藤井道人はこれで俺を捨てないでいてくれるはずだ! と(笑)。
藤井:女々しい!(笑)。
福井:その1歩が感動を生み出せるかどうかの大いなる差だと思うんですよ。我々、30代後半にして、そういうところに辿り着いたのではないかと。
自分事だと思って作品に関わらせるために
藤井:遅かったのか、早かったのか。そういう感じになりつつあるね。じゃあ、実際どう? ネットフリックスに入って半年以上経って思うことはどんなこと?
福井:自由なんですよね。そして、その怖さがあります。自由にものを作れるってことは自分の存在意義を証明しなくちゃいけないし、好きなものを作れるってことになるので信頼できるパートナーとやらなくちゃいけない。だから、言われたからやろうなんて他人事の仕事は引き受けている場合じゃないっていう感覚がより強まったと思いますね。
藤井:しっかり面白いものを作らなくちゃ、自分が切られちゃう可能性もあるわけだもんね。
福井:全然ありますよ。でも、それが健全だと思うようになりました。
藤井:うん、そう思う。
福井:面白くないものを作っているやつには席がないんだって。そこまでシビアな環境なのかどうかは別の話ですけど、それくらいの気持ちを持って1つ1つ作っていかないと。作り手も俳優も作家も本気でやっているわけじゃないですか。それなのに自分だけ安寧の中にいるってことはできないですよね。だから覚悟が決まった感じがします。みんなが思う通り、対・世界に対してもの作りできることの喜びがあるし、世界中の人に面白いと思ってもらいたいって感覚で何を作ればいいのかって考えるのは、今までと全然違う脳の使い方をしているわけなので気持ちいいんですよ。
藤井:それこそ日テレにいたときと真逆じゃん。テレビドラマだと、まずは日本の数字がどれだけいいかってところを見るよね。あれ、けっこう緊張するんだよなぁ。前にGP帯(ゴールデンタイム)のドラマをやったことがあるけど、翌日の結果が……。
福井:シビレますよね。反響があるかどうかって。リアクションをリアルタイムで追いかけて急に変更を入れたりってことも。
藤井:あるよね。
福井:それだけ即効性が求められる感じがありますよね。でも、ネットフリックス作品だと、作って出すまでに時間をかけるので、制作している段階で思いっきり胸を張れるものが作らないといけないっていうのはありますね。
藤井:基本的に一気見だからね。配信はテクニカルな面も含めて全然ルールが違うし、それが楽しい。毎週オリンピックが行われている感じがしない? 今さ、タイの『ザ・ビリーバーズ』(ネットフリックスドラマ)を観てるんだけど、あれもタイが総力をかけて作っている感じがするし、同様に韓国のドラマもそうだし。そんな世界大会が開かれているみたいで楽しいね。
福井:ですから、僭越ながら藤井監督と組んで、俺も日本代表として戦いに出たいんですよ。
藤井:そうね。ネットフリックスもそうだけど、配信系の海外コンテンツはおしなべて面白いと思ってもらえるかどうかしか基準がない。そこにすごく戦い甲斐や、やり甲斐があって、この作品を視聴者届けるためにっていう思考が1番強くなるよね。
福井:めちゃくちゃ同意です。人に見つけさせるほどの威力を持った作品を作れているか否か、というところが戦いどころなんですよね。作ったからには全部観てほしいし、どうしても続きが観たいと思えるものになっていてほしい。その尺度でもの作りを考えていいっていうのはシンプルですよね。同時に評価されない=つまらないって言われているような感じもしちゃうからすごく怖いんですけど。いい作品で観られていない作品もたくさんあるんで。
藤井:そうだね。でも、そこに関しては自分を律するつもりで思っているんだけど、「いい作品だけど観られない」を信じちゃダメ。
福井:ヤバい、刺さるぅ!
藤井:いい作品は観られるべきだから。スタッフやキャスト、全員の期待を背負ってやるものだから結果が出た方がいいよね。出ないときは悔しいし、ヒットさせることができなかった映画もあるけど、それはもう自分の責任だと思ってる。
福井:自分事で考えているからこそ、そう思うんだと思いますし、僕もそうです。いい作品を作ってるときってみんな幸せそうな顔をするんですよね。テーマが暗い作品であっても。これがまた連続ドラマの場合、世間のリアクションを感じながら作っていくことになるんで、現場の士気が高揚していくと画に出るんですよ。そこはめちゃくちゃ面白かったですね。
藤井:つくづくもの作りは生き物だなと。視聴率もそうだし、最初は言われるままにやっていた俳優が5話を過ぎた辺りから、世間の反響を体感して感情が芽生え、こっちに意見を言ってくるようになったり。彼(彼女)が作品のファンを背負っている感じがまたエモいんだよね。
福井:不思議なもんで、そういう気持ちってレンズに乗りますからね。
藤井:そう! 芝居に乗るわけだから。
福井:本当にそうですよね。だから現場って不思議だし、もの作りって面白いんだよな。究極の現場は生き物のようで、その瞬間にしか出せないものを捕まえている感じがあるじゃないですか。繰り返し出せないものをどうにかして引き出して捕まえるってことが繰り返されている現場が究極だと思っていて、そういう作品を作りたいです。セリフがストレートであってもめちゃくちゃ感動しちゃう瞬間ってありますよね。あれはスタッフ、キャストのみんなに異様な一体感があったり、もしくは『これだけは伝えるんだ』って哲学が一致している瞬間があるからで。プロデューサーは1人目の観客なんですけど、これを世に出せるんだっていう高揚感はたまらないですね。
藤井:それで最近の悩みなのが、予算がある作品を大勢で作るときに、どうやったら関わるスタッフやキャスト全員が自分事としてやってくれるんだろう? って。よし、やるぞ! っていう旗を振っても、全員には見えない仕組みになっている部分もあって。僕もスタッフ全員の名前を把握していないからお互い様ではあるんだけど、それを30代で仕切るのってけっこう大変で今後の課題の1つだと思っているんだよね。そういう現場は増えていくと思うから。
福井:みんなが強いモチベーションでいられる環境作りをするっていうのは、プロデュース部がやることなのかと思いますけどね。監督には現場でクリエイティブに集中してもらってフルスイングでやってもらいたいと思うんで。この面白そうな大人の運動会、お祭りに対して、「自分も最高に面白いと思っています!」っていうメンタリティを作り上げるかどうかは、究極的にはこっちの仕事、プロデューサーがやることだと思うんですよね。そういうことができる人間になりたいんです。
藤井:だから、雄太はネットフリックスの救世主になると思う。大人の運動会が始まりました! なんて言って現場全体のモチベーションを上げてくれる人。ここが今の日本には1番足りていないと思うから、そこを担うプロデューサーが配信の世界に来てくれたっていうのは本当にいいよね。これから楽しくなると思う。
※本連載にて、藤井道人監督への質問を募集。
監督が一問一答形式でお答えするので、
聞きたいことや気になることがある方は、
こちら宛にお送りください。