藤井道人

日々映画を作っていく中で忙殺され、失われていく大切なはずの記憶の数々。本連載は映画監督藤井道人が映画や人、言葉、その瞬間を保管しておくための企画である。「生きていく上で忘れてしまうだろう記憶たちの集積場」をテーマに、様々な出会いを通して、映画が作られていく過程や、映画業界の改善に向かっている様を伝えていく「けむりのまち -Fake town-」。
前回に引き続き、撮影監督、今村圭佑さんと、第十八回の座談会にも出演してもらったBABEL LABEL代表取締役社長/プロデューサーの山田久人とのトークセッション後編をお届けする。
映画というモノ作りを通じて“しか”繋がっていない
山田久人(以下、山田):結局、2人はどの辺りからまた一緒にやるようになっていったんだっけ?
藤井道人(以下、藤井):1番最後に撮ったインディーズ・自主映画が『光と血』(2017年公開、撮影は今村さんが担当)で、あの作品は自分にとってすごく大切な映画なんだよね。その後、インディーズだけど商業映画として予算をちゃんともらってやるのは、絶対に今むー(今村圭佑さん)と一緒にやりたいと考えて『デイアンドナイト』(2019年公開)だったの。そこから『新聞記者』(2019年公開)、『ヤクザと家族 The Family」』(2021年公開)と続いていったんだけど、あの流れは自分にとって大きな転機になったと思う。翌年、『余命10年』だからね。
今村圭佑(以下、今村):そう聞くと、まだ3、4年前の出来事なんだって思いますけど、あの時期はたしかに急展開でしたよね。藤井さんが一気にバーっと駆け上がっていったというか。
山田:すごかったよね、あそこからの藤井ちゃん旋風っていうかさ。
藤井:河村(映画プロデューサー、河村光庸さん)っていう、自分の老後みたいな年寄りに出会って。あの時期はいろんな人に出会った時代だったな。
今村:僕もそうなんですけど、昔と比べるとすごく規模が大きくなったものの、それがマイナスじゃないんですよね。こんなに助けてくれる人がいっぱいいるんだったら、いいことしかない。いきなりデカいことをやらされてもプラスになるなって感じるようになっていきましたね。
山田:そうなる前、今むーは予算がないMVを制作するときもすごく助けてくれたりしたもんね。本当にめちゃくちゃいいカメラマンだって毎回思うよ。
藤井:その辺りの転機になった人っていうと誰になる? 俺の場合、俳優部と河村さん以外だと、Netflix Japanの坂本さん(坂本和隆さん)に出会ったのが大きかった。そこで配信ってものがあるらしいと。まだまだ世間にサブスクが浸透する前の時代に、『野武士のグルメ』や『100万円の女たち』(どちらも2017年放映)をやって、海外からの反応がくるようになり、初めて世界を意識するようになったんじゃないかな。映画やテレビの長い歴史の中で、俺たちが生まれてからできた文化は配信でしょ。自分たちでルールブックを作っていいっていう権利をいただけるとしたら、それは配信しかないっていうの数年間感じていたんだよね。
今村:自分の場合は中島哲也さんかなー……。
藤井:よくエピソードは聞いてたよ。
今村:思えば、結局、最初は感覚だけでやっていたと思うんですよ、自分なりには研究はしていたんでしょうけど。でも、26歳のときに中島さんに出会って、感覚的にわぁーて感情を撮るだけじゃない映像的なアプローチを教わったんです。本人は教えていたつもりはないでしょうけど、レンズのことやライティングのことだったり、自分の感覚にはないことを学べた気がしていて、脳内に引き出しが増えたんですよね。今もその感覚が自分の本質とは別の場所にあって、撮影するときに状況に応じて分けれるようになったと思うんです。
藤井:感覚と論理って対になっているよね。若いうちはそれが完璧になることはないけど、出会いを経て、30代で熟してきた感があるよ。
今村:どちらにも面白みを感じてきたんですけど、今はそれを咀嚼してやれるんですよね。もし、自分の脳内にある感覚だけでやっていたら飽きちゃって全然違うことをやっていたかもしれないけど、その感覚があるから今も飽きずに済んでいるのかもしれないです。
藤井:いいね。山ちゃんはどう? 転機っていうと。
山田:バベルにとっての大きな転機といえばサイバーエージェントグループ入りだと思うから、藤田さん(社長の藤田晋さん)じゃないかな。出会った時から今もずっと言ってくれているのが「これからは作る人が世の中の中心にいるべきだ」ってことで、そういうことを日本を代表する会社の代表が言ってくれて応援してくれるというのは、すごく背中を押されている気がして前を向けたよね。タイミング的にも、藤井ちゃんが『新聞記者』で日本アカデミー賞を取った時期で、これから上を目指して活動していくんだってことを考えていたから、あの出会いは自分にとってもすごく大きな出来事だった。

今村:それを聞いて思い出したんですけど、たしかに藤井さん、一時期レビューとか気にしていた時期がありましたよね? 自分もレビューや感想を気にすることはあって、それは悪い意味で気になっていたと思うんですよ。
藤井:そう、あったと思う。『新聞記者』を撮った後だな、多分。
今村:そうだと思います。
藤井:それまで誰にも知られていない存在が世間に広まるわけだから、「なんだ、あの若造は」ってなるわけだよね。そんな時ってすごく自信があるから、自分のいるフェーズを守らなくちゃいけないとか考えて、やりたいことよりもそっちを優先しそうになったり、そんな時期が自分にもありました。俺がレビューサイトを消したきっかけはもう1個あって。
山田:え、何?
藤井:『青春18×2 君へと続く道』の時に、俺のことは嫌いだけど、清原果耶のことが大好きな人から<お前は一生、清原果耶を撮ってろ>っていうレビューがあったんだよ!
一同:笑。
藤井:『こ、こいつ!』と思いつつ、まぁいいよ、いろいろあるだろうし、と。で、『正体』だよ。公開日朝イチの回の後に<やはり藤井道人とは合わない>って。
一同:爆
今村:観てはいるんかい!
藤井:そうそう(笑)。最近はなんかね、自分のことをオワコンっていうか、日本を代表する~とか思わないようになったからすごく楽。俺が撮りたいものとって何が悪いんだ、安心してくれって気持ちにもなってきたし、同時にもっと勉強したいことが増えてきた。
今村:思い返せば、あの時期だから撮れたものってあると思うんですよね。
藤井:チャレンジャーだった頃ね。
今村:『光と血』なんて、今は絶対に撮れないと思う。
藤井:あの時は制作費がなくなっちゃったから50万借金してフィリピンロケに行ったもんね。
山田:あの時、制作費すごく低かったよね?
藤井:全部で300万、フィリピンで50万だよ。今むーが寝坊と駐禁切られて9万かかったから、本当は290万で撮ったんだよ。みんな、おにぎり2個(前編を参照のこと)で乗り切る羽目になったけど。
今村:ああいうのって俺にしてもそうで、今撮れって言われても、テンションが撮れないっていうか。今なら絶対に俺よりもうまく撮る人がいるって思っちゃう。
藤井:わかるよ。あの時、フィリピン編は予算がないから俺が撮っているのもあって下手なんだよね。で、帰ってきてから、今むーに「(映像は)ぶっちゃけどうだった?」って、ちょっとほめられたいと思って聞いたら「まぁ、あそこはあのトーンでいいんじゃないですか? ヘタウマな感じで」みたいな。ムカついたわー。
今村:あれはあれでよかったですよ。
一同:笑。
藤井:そういう時代があったことに、今は感謝もある。無駄な回り道になっていたこともあるだろうし、3人とも同じことをしていなかった時期もあるけど、今は別々のところから集まって、各々のビジョンやライフスタイルは異なれど、映画というモノ作りを通じて繋がっていることに面白さを感じる。
今も悩みながら成長している
藤井:じゃあ、今むーに質問なんだけど、カメラマンになりたいと思う次世代に何かアドバイスをするとしたら?
今村:これは今もずっと思っているんですけど、いいと思った時にRECボタンを押せなかったら辞めようと思っているんです。俳優でも景色でもいいんですけど、何か用意された場所でなかったとしても、いいと思ったらピッと押す。そこで色々あるからなって躊躇するようになったら、もういいかなと思いますね。「今いい!」と思った瞬間に押せるかどうか、そこがめちゃくちゃ大事です。そのRECボタンを押せるのは自分だけだから。あと、大学の頃から思っていますけど、単純に好きじゃないと続かないですね。好きだったら勝手に努力するようになりますし。俺の場合、撮ってみて面白かったから勝手に努力できちゃっているわけなので。あとは、この数年思うのは、色んな人の頑張りをちゃんと発見しなくちゃいけないと思います。俳優ってすごく頑張るし、それがまざまざと出るじゃないですか。
藤井:出るね。
今村:だから頑張ってる人をちゃんと伝えるには僕らもちゃんと頑張らなきゃいけない。いい俳優を撮ると、いいカメラマンが生まれると、そう思います。
藤井:なるほど。じゃあ、山ちゃんはどう? けっこう増えてくると思うんだよね、こういう会社を経営したりプロデュースしたいって考える人がさ。どんなアドバイスがある?
山田:そこで言うと、昔と変わらないことじゃないかな。大好きなクリエイターの信頼を得て、それに応えられるように、お金を調達できるように準備をしておく。チャンスが来たときにお金を出せるっていうのがプロデューサーだと思うからさ。
藤井:たしかにね。10、20代だったら、おにぎり2個でいいかもしれないけど、それが30、40代にもなって、このギャラでって言われてもっていうのはあるよね。
山田:そう。だから、バベルの作品は、クオリティも金銭的な面も最低限の条件はしっかりと用意して、心配がない状態でクリエイターに活躍してほしいと思うね。逆に言うと、そういうことができてない会社も多かった業界でもあるから。安心感を持たれるような会社を作りたいと思うよ。
―さて、ここで読者からの質問を1つだけさせてください。学生からの質問です。「映像の世界で生きていく覚悟を持ったきっかけを教えてください」。
今村:覚悟ってほどの話じゃないですけど、大学3年生の頃、自主映画を藤井さんとも作りながら撮影をしていて、これだったら飽きずに長く続けられるんじゃないかなって思ったんですよ。そもそも映像科の大学に入ってくる人は、やりたいことを見つける前からやりたいことをコレだと決めている人が多いと思うんですけど、実際にちょっとやってみて、これがやれそうだと思ったら続けるってくらいでいいんじゃないかと思うんですけどね。
山田:これ、けっこう難しいというか。今はこういうプロデュースって仕事をやっていますけど、そもそもやっていることは大学で出会った親友や後輩と会社を起こして、ビジネスをやって成功しようとしていることを続けているわけですからね。そこで自分の人生に生き甲斐を感じてやっていることを楽しんでいる状態の延長線上にあるから、楽しいことを優先的に考えるって形がいいんじゃないかと。今むーの話を聞いていて、そう思いました。
藤井:たしかに覚悟というよりバベルがあったからっていうのは大きい。仲間を巻き込んで「やっぱり無理でした、ごめん」じゃ済まないわけですからね。俺は簡単に辞めないぞっていう意地は1番にありましたね。辞めるのは簡単なんですけど、続けていくのはすごく難しい。今だからこそ思いますけど、20代はけっこう辛かったですよ。その続ける辛さを知っていたから意地になれたんだと思います。それこそ、さっきのレビューの話にも通じますけど、自分たちは自分たちが1番いいと思ったものを作ることが覚悟だと思うし、人の目ばかりを気にすると、自分自身が挑戦しなくなってしまうだろうし、そっちの方が今は怖いですね。だから今も悩みながら成長しています。きっと、この仕事じゃなかったら30代後半にもなって悩まないと思いますね。
※本連載にて、藤井道人監督への質問を募集。
監督が一問一答形式でお答えするので、
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