浅草〜三ノ輪編:It’s Okay(One Blood)①
長谷川町蔵 著

浅草〜三ノ輪編:It’s Okay(One Blood)①
長谷川町蔵 著

毎回、ある街をテーマに物語が展開する長谷川町蔵の連作短編シリーズ。 小説「インナー・シティ・ブルース」。第6回は、浅草〜三ノ輪が舞台となる。

【あらすじ】
浅草〜三ノ輪編の主人公は、竜泉の小さなお寺の住職の息子、海崎信如。12年前、中学3年生の彼が地元のスカーレット・ギャングで頭を張っていた頃を回想する。三ノ輪児童遊園でひとり油断していたところを、縄張り拡張を目論むCボーイズの小学生に狙われ……。

 浅草寺から、竜泉の入り口がわりになっている見返り柳まで歩いていこうとすると、ぐるっと回り道することになるから結構な時間がかかるんだよね。戸隠……そうそう、あの長野のスピリチャル・スポットで有名なあそこ。俺の母さんはあそこから嫁いできたんだけど、浅草寺を観光してからそのルートを延々歩いてきて、ようやく自分が暮らすことになる町にたどり着いた途端、がっかりしたんだって。「テレビで憧れていた東京と違う!」って。その絶望のせいで早死にしちゃったのかも。

 でもその気持ちも、わかるっちゃわかるけど。だってあの界隈って高いビルなんてほとんどないからさ。それぞれの敷地が狭すぎるせいで、三階建てくらいしか建てられないように法律で決まっているんだって。しかも土地いっぱいに建物を作るから生垣なんてのも作れないわけ。代わりにあるのが、植木鉢やプランター。あの界隈の年寄りはそういったものをちっちゃい建物と狭い道路の間の隙間にどれだけ並べられるかを生きがいにしているんだよね。

 そんな景色が隅田川からこっち、下谷の三島神社あたりまでずっと続いている。住んでいるのも職人さんとか俺んちみたいなお寺の人間ばかりだからさ、町の雰囲気なんてまあ地味なもんよ。あのへんで金持ちになった奴がいるなんて噂はてんで聞かないし。それでも三社祭から隅田川花火大会までの季節は、あの界隈の奴らはそれだけでナチュラル・ハイになっちゃうんだから呑気なもんだよね。

 もちろん俺もその季節は基本的にはハイだったけどさ、中3のあの日だけは別だったな。今からもう12年も前になるのか。7月最後の金曜の午後はダウナー中のダウナー、生まれて以来最悪の気分だった。どこにいたかも覚えている。三ノ輪児童遊園って小さな公園。俺たちスカーレット・ギャング……あ、何かって絶対訊かれると思った。あとで説明するから。スカーレット・ギャング、通称スカギャンの根城は、それよりちょっと南側にある東盛公園っていうもうちょい大きめの公園だったんだけどさ、ずっと野郎とツルんでいるとダルくなってくるじゃん。だから俺、ひとりでたまにそこに行ってはチルしていたんだよね。

 でもそれがマズかった。そこをCボーイズの小学生に狙われたわけだから……あ、それも何かって訊かれると思った。これもあとでちゃんと説明するから。たぶんあいつらが使ったのはスタンガンだったんだと思う。俺は背中からバリバリやられて、公園にある三匹のパンダ人形のちょうど真ん中に倒れこんだんだ。もう全身痺れまくって痛いのなんのって。これでさらに頭でも蹴られでもしたら死んでいたと思うけど、あいつら自分らがやったことにビビったんだろうな。チャリでどこかに逃げちまった。でも大金星だよな、一応ヘッドのクビを取ったわけだから。

 この俺がギャングのヘッドだったなんて信じられないよね? 実際のところスカギャンはギャングでも何でもなかったんだけどね。元々は稲荷神社の子ども神輿の親睦会だし。あの界隈って町ごとに神輿があって、それぞれ競いあったりしているわけ。で、竜泉の子どもらは気合いを入れるために揃いの赤い手ぬぐいを身につけるのがしきたりになっていたんだよね。大正時代は紅団って名乗っていたらしい。

 それが昭和の終わりごろ、手ぬぐいがバンダナに変わって名前もスカーレット・ギャングになった。そのときヘッドだったのがなんと俺のオヤジ。あんなムサい風体していてさ、永平寺に修行に行く前は渋谷のチーマーに憧れていたらしいんだよね。

 いちおう江戸時代から続いている仙任寺の住職の息子が、神社の親睦会のリーダーもやっていたなんてヘンだろ。実はうちみたいな小さいお寺って、葬式だけで暮らせているとこなんて殆どなくてさ。それじゃあ何で食べているかっていうと不動産なわけ。お寺の周りの土地を寺が持っているんだよね。そこに檀家の人たちを住まわせて領民みたいにしちゃっているんだ。だから自然と寺の息子がリーダーに担がれちゃうんだよ。そんなわけで俺みたいなヘタレでも中学に入った途端、寺の息子だってだけでスカギャンのヘッドに祭り上げられちゃったわけ。

 でも最初の頃はギャングっぽいことなんて全然してなかったな。浅草って普通の盛り場じゃなくて観光地だからさ。ヤクザなことやったら、それこそ本職の人たちが介入してきちゃうし。せいぜいつるんでゲーセンで遊んだり、自由行動中の修学旅行生の女子にちょっかい出していただけだった。でも急に時代の雰囲気が悪くなってきたんだよね。その頃ってカラーギャングの流行がちょうど終わりかけでさ。ギャングが増えすぎて池袋で稼げなくなった連中が、ほかの盛り場に居場所を求めてきたんだ。

 その中で浅草に狙いを定めたのがクレイジー・ボーイズ、通称Cボーイズだった。奴らのトレードマークは青バンダナ。川口ではいまだに活動してるらしいけどね。話を戻すと、あいつらが浅草を偵察したら、どうしたって目につくわけ。赤バンダナを尻ポケに挿してイキってる中学生男子が。それで、竜泉のスカギャンこそが浅草を仕切っているカラーギャングだって勘違いされちゃって、俺らはターゲット認定されちゃったんだよね。

 奴らは俺らと比べて金を持ってる商店街の奴らに近づいて、青いバンダナを配りまくってあっという間に自分らの傘下に収めちゃった。リーダーを任されたのが、親が田原町の駅そばにいくつもビルを持っている鳥越将太って巻き毛クルクルのさわやかなイケメン。奴はものすごい速さで小学生まで取りまとめた組織を作り上げると、スカギャンを潰しにかかってきたってわけ。俺たちの仲間をひとりひとり捕まえてはボコ殴りして「お前ら浅草に来るな」って脅しはじめたんだよね。

 当然こっちは腹たつよね。うん、戦争になった。でも所詮こっちは子ども神輿の親睦会だからさ。じりじり北に追いやられて東盛公園でしかつるめなくなっちゃった。そんな僻地まで修学旅行の女の子たちも来ないから、もうみんな意気消沈だったね。それだけでも最低なのに、本拠地のすぐそばでヘッドが小学生に襲われてパンダ人形にはさまれてノビちゃったんだから、こんな最低なことってなかったわけ。

 気絶していたのは1時間くらいだったかな。俺は頭の方から聞こえるクスクス笑いで目を覚ました。薄目を開けた時点で、笑っているのが弓子だってわかったね。いつも着ていた水仙柄の浴衣が見えたし、髪型も昔から変わらないショートボブだったから。もちろんその頃はそんな呼び方は知らなかったから、俺は<ちびまる子ちゃんカット>って思っていたけど。で、あいつは俺に冷たくこう言うわけ。
「ノブちゃん、情けない格好してんのね」

 俺は地面に寝てるのに昼寝から起きたフリしてさ、「おう、お前こっちに帰ってきてたんだ」って言ったんだけど、俺がヤバい状況だってのを察したのかな、あいつは「家に来なよ。麦茶でも飲ませてあげるから」って言ってくれた。

 こんな情けない目にあったなんてことはシャオリン……あ、そいつの本名は小林っていうんだけど、スカギャンの仲間にはとても話せないと思ったから、とりあえず俺は弓子んちで休ませてもらうことにしたんだ。

 弓子は俺やシャオリンと同い年だけど体が弱いらしくて、普段は田舎に住んでいて、夏休みだけお祖母さんが住んでいるこっちに戻ってくる子だった。知り合ったのは5歳のときかな。みんなと通りで遊んでいると、知らない間にあいつが近くに座ってニコニコしていたんだ。それ以来、夏が来るたびにつるむようになった。でも夏にだけこっちに来るわりには、誰よりもあの界隈の噂や情報にくわしかったんだよね。

 あいつの家は、三ノ輪駅の北側、区境を超えた常盤線の線路そばにあった。すごい豪邸でさ、門にまで瓦屋根が乗っかっているっていう。門をくぐるとデカイ池に錦鯉とかが何匹も泳いでいてさ。ふすまは朱色と金箔のチェックだし……あ、あれ格子柄って言うんだ。障子は漆塗りだったし、細かいところまでやたら金がかかってたな。お屋敷に住んでいるのは弓子のお祖母さんとその親戚の女の人たち、あと弓子みたいな孫。お手伝いさんもいっぱいいた。家にいたのは女の人ばかりで、いつも何だか忙しそうに、あちこちを行き来していた。

 入り口を入ってすぐ向こうの奥座敷に弓子のお祖母さんが座っているのを見つけたので、「おひさしぶりっす」って声をかけたら、お祖母さんは「ノブちゃん、大きくなったねー。それと兆吉さんに本当に似てきたわ」って喜んでくれた。あ、兆吉ってのは俺の曾祖父さんの名前。ふたりは幼馴染だったらしい。

 弓子の部屋は板張り廊下に面した畳部屋だった。昔から何度も来たことがある。隣の部屋からはいつも笛や三味線の音が聴こえていた。俺はお手伝いさんがもってきた麦茶を飲みながら、なんで自分がパンダ人形の横で倒れていたのか弓子に事情を説明したってわけ。
「そんなわけで小学生にヤラれたなんて噂が広まったら、スカギャンはおしまいなんだよ。いや、俺はもうそれでいいんだけどさ……」
「お父さんに申しわけが立たないんだね」

 あいつは俺の心を透視できるみたいだった。
「そんな心が狭い人じゃないと思うけどな、あなたのお父さんは」
「オヤジは関係ねえって。とにかく鳥越とタイマンで負けるんならまだしも、こんな終わり方じゃ仲間に迷惑かかっちゃうんだよ」

 情報魔の弓子はとびっきりのネタを提供してくれた。
「じゃあさ、将太くんとふたりきりで会ったら? あの子なら金曜のこの時間はひとりで花やしきにいるはずだよ」
 一瞬、ギャングのヘッドとしてのプレッシャーから逃れて、花やしきでチルしている鳥越にシンパシーを覚えた。もしかしたらダチになれるかもって思ったな。でもその前に問題が山積みだ。奴が花やしきの中ではひとりきりでも、そこに行くまではCボーイズだらけだから。どうやったらたどり着けるって思ったね。

 弓子がいいアイディアを出してくれた。
「あたしがカノジョのフリして一緒に行ってあげる。こんな早い時間にカップル狩りするバカはいないでしょ? あ、赤いバンダナは隠して。それとケータイって持っていたよね? 必ず持っていって」
 弓子は浴衣の懐からすっと拍子木を取り出すと、間隔をあけて三回ほど叩いた。
「おまじない。これで大丈夫」
 こうして俺と弓子は、三ノ輪から浅草方面へと歩きはじめたんだ。でも俺はスタンガンの後遺症で頭がボンヤリしていたから、一緒に歩いているっていうよりも、あいつのあとを必死に追っていく感じだったな。まあ、すぐに目が冴えてきちゃったけど。だってあいつさ、<揚屋町>って書かれた通りを澄ました顔して突き抜けていっちゃうんだから。そこは学校や親から「絶対通るな」と言われている通りだったんだよね。

 要はそこが吉原のメインストリートなわけ。まだ夕方だったけど、通りにはスモークガラスを貼った送迎用のエルグランドがガンガン行き交っていたし、店員がそれぞれの店の入り口にずらっと並びはじめていた。ああいうところって客引きが禁止されているから、黙って表に立ち続けることで営業していることを知らせるしかないんだよ。

 でも俺はあの人たちに昔から妙な親しみを覚えていたんだよね。あの通りを歩いていてその理由が分かったんだ。あの人たちって全員がユニフォームみたいに長袖の白シャツに黒ネクタイを締めて、黒いスラックスを穿いているんだけど、格好がウチに出入りしていた葬儀社の人たちにそっくりなんだよね。
「セックスと死ぬことは近い」なんて本とかによく書いてあるけどさ、そんなこと俺は直感的に理解していたんだよね。まあ、あの界隈に住んでいる奴らは、子どものころからみんな分かっているのかもしれないけど。

 ヒヤヒヤしながら俺は弓子と吉原のメインストリートを抜けると、ベル商会の四つ角を右に曲がって千束通りに入った。ここまで来るとCボーイズのテリトリーはもう目と鼻の先。汗ばんだ手でポケットからiPodを取り出したことを覚えている。iPodがもう売られていないなんて信じられないよね。しかもさ、そのとき持っていたのは発売されたばかりだったU2モデル。あ、別にU2は好きじゃない。むしろ嫌い。でも黒いボディの真ん中に赤いボタンがついているデザインがスカギャンの仲間うちで大人気だったんだよね。

 で、気合いを入れるために千束通りを歩きながらイヤフォンで音楽を聴き始めたんだけど……だからU2の曲じゃないって。その頃リリースされたばかりのザ・ゲームの新曲「It’s Okay(One Blood)」って曲。ゲームって知ってる? そう、ラッパー。その頃ウェッサイを代表していたゲームは、ブラッズっていう赤がチームカラーのギャングのメンバーだったんだ。でもロサンゼルスではクリップスって青がチームカラーの敵対組織の方が遥かに数が多いし、勢いもあったわけ。

 そんな状況の中、ゲームは「ひとりになっても俺はブラッズだ」ってラップしていたんだ。そうそう、俺は心の中で完全にゲームと一体化していたってわけ。今考えると笑っちゃうけど。だってこの曲でゲームは「ルイ・ヴィトンのベルトにグロックを装着する/ビームもサイレンサーもなくたって撃つときがいつかは分かっているぜ」とかラップしているのに、俺のポケットに入っていたのはiPodとケータイだけだったんだから。
 弓子は俺が何か聴いていることに気がつくと「ちょっと貸して」とイヤホンを奪い取った。でも少しの間聴いて、すぐに「よくわかんないや」と言ってイヤホンを返しやがった。
 そうこうしているうちに、俺たちはひさご通りの入り口へとたどり着いたんだ。道路に大きな屋根がかかっている渋い商店街で、ここが俺たちにとっては浅草の入り口だった。通りには湘南乃風の「純愛歌」がうっすら流れていた。Cボーイズがよくカラオケで歌っているって噂を聞いたことがあったから「縁起悪いな」って思ったね。
 でもさ、弓子の方を見たらなぜかノリノリで、曲にあわせて……ていうか、曲の倍のスピードで手と足を組み合わせながら前に進んだりうしろに下がったりするダンスを踊っていたわけ。「この曲の方がさっきより踊りやすい」とか何とか言っちゃってさ。「なんだよ、それ盆踊りか?」って訊いたら、あいつが「チャールストン」って言ったのを覚えている。

 盆踊りでもないのに浴衣姿で踊りまくる女なんてヘンだろ? でも商店街を行き交う人たちはスルーしてくれた。そういうことをいちいち気にしないところが浅草のいいところだよね。

 ひさご通りを抜けるともうそこは浅草の中心でさ。浅草寺の塔が見えてきたと思ったら、気がついたら俺たちのまわりは青Tシャツや青バンダナの連中だらけだった。俺は心臓がバクバクしたね。慌てて弓子に踊るのを止めさせると、息を殺して腕を組んで歩き始めた。それが効いたのか、誰も気がつかなかった。俺たちは土産物屋の通りを通り抜けて難なく花やしきの中に入場できたってわけ。我ながら驚いたね。あれだけの数のCボーイズに一度も咎められることなく、目的地に潜入できたんだから。

 花やしきは今と同じ感じだったな。ていうか、いつ行ってもあそこはぜんぜん変わらないけど。ジェットコースターはガタガタいっていて今にも崩れ落ちそうだし、白鳥のはずのスワンは汚れてライトグレーになっているしさ。でもあの界隈の連中は、花やしきを自分たちでディスるのは好きだけど、よその連中に言われると密かに怒っているから注意したほうがいいよ。俺たちの子どもの頃のいい思い出って、大体あそこで生まれたものだから、笑われると自分が否定された気持ちになっちゃうんだよな。うん、俺もそのひとり。母親に関する一番ハッキリとした記憶って、あそこのメリーゴーランドに乗ってくるくる回っている姿だし。

 そんなセンチメンタルな想いに浸りながら、メリーゴーランドをぼっーと眺めていたらさ、その奥にある射的場で、面白いくらい的に命中させている青いポロシャツを着たイケメンがいることに気がついたんだ。そいつが鳥越将太だった。

「浅草〜三ノ輪編:It’s Okay(One Blood)②」へ続く (次回、8月15日掲載予定)

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

PROFILE

長谷川町蔵

文筆業。最新刊は『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』。ほかに小説集『あたしたちの未来はきっと』、『21世紀アメリカの喜劇人』、共著に『ヤングアダルトU.S.A』など。また、EYESCREAM本誌でもスクリーンで活躍する気になる俳優たちを紹介していく『脇役グラフィティ』が大好評連載中。

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Twitter : @machizo3000