浅草〜三ノ輪編:It’s Okay(One Blood)②
長谷川町蔵 著

浅草〜三ノ輪編:It’s Okay(One Blood)②
長谷川町蔵 著

毎回、ある街をテーマに物語が展開する長谷川町蔵の連作短編シリーズ。 小説「インナー・シティ・ブルース」。第6回は、前回に引き続き、浅草〜三ノ輪が舞台となる。

【前回までのあらすじ】
浅草〜三ノ輪編の主人公は、竜泉の小さなお寺の住職の息子、海崎信如。三ノ輪児童遊園でCボーイズから襲撃を受けた後、目覚めるとそこには弓子がいた。信如は落とし前をつけるため、弓子のアドバイスでCボーイズのヘッド、鳥越将太とふたりきりで会うことを決意し、花やしきへと向かう……

 何百人もいるCボーイズを束ねていただけあってさ、鳥越将太は遠くから見てもオーラがあったね。体が細いくせに背がやたらと高かったことを覚えてる。俺の味方のはずの弓子すら感心したような声であいつのことを褒めはじめた。
「将太くんってカッコイイよね。それに頭いい」
俺はちょっとムッとした。
「顔はともかく頭いいってなんだよ?」
「だって花やしきでお客を襲うなんて不可能でしょ。将太くんを襲おうとしたら警備の人が飛んで来て、喧嘩をふっかけた方が犯罪者になっちゃう。本当は将太くんの方が圧倒的に悪くてもね」

 俺なんかと違って、鳥越はチルするときも色んなリスクを計算していたってわけ。
「つまりここではタイマンは不可能ってことか。何のために命がけでここまで来たんだ?」
俺が悔しがっていると、弓子はこう言った。
「タイマンなんてする必要ないよ。ノブちゃんは将太くんをお化け屋敷の前までおびき出して、浅草ビューホテルの方角を指差せばいい。そしてこんなふうに叫ぶの。『見ろ。俺の力でお前のビルもああしてやる』って」
「そんなアホなセリフを言ってどうなるんだよ?」
「それはお楽しみ。でもこれはノブちゃんじゃないと出来ないことだから」
弓子は再び浴衣の裾から取り出した拍子木を三回打ち鳴らした。
「作戦開始」

 いきなりそう言われても何のことだかわからない。その場で思考停止していたら、鳥越と目が合ってしまった。
奴はちょっと驚いた顔をすると、ヒューと口笛を吹いて
「藤本信如くん。お見事、ここまで突破してきたんだ」
とゆっくりと拍手しやがった。
「おう、話できるか?」
俺はクールに振舞おうと低い声で会談を持ちかけたけど、奴は受け流しやがった。
「お前と話したいと俺も思っていたんだけどさ、小学生にヤラれちゃうような奴とは、そこまでしてあげなくてもいいかなって思っちゃうんだよねー」
その時点で子分からもう噂が伝わっていたってわけ。そりゃ奴が余裕こくわけだよね。でもここで引き下がるわけにはいかなかった。
「まあまあ、その噂が本当ならさ、小学生にヤラれちゃうような奴を怖がんなよ」
そうかましてみたら、あいつもこっちのペースに乗ってくれた。俺にじりじりと近づきはじめたんだ。
弓子が言った通り、俺はお化け屋敷の入り口に繋がる階段をあとずさりして登りはじめた。鳥越が俺を逃すまいと笑顔を浮かべながら静かに近づいてくる。階段のてっぺんまで登ると、ジャイアント・アンパンマンの横に弓子が立っているのが見えた。浅草ビューホテルを指差している。そうだった。俺は浅草ビューホテルの方面を指差した。でもなんて言えばいいんだっけって迷っていたら彼女の口の形が見えた、「見ろ」って。

 だから俺は叫んだんだ。
「見ろ。俺の力でお前のビルもああしてやる!」って。でも変わったことなんて何も起きやしない。鳥越はビューホテルをチラ見すると、ポカンとした顔で俺を見返してきた。パニクった俺が弓子の方を見ると、もっと真剣な気持ちでやれというような怖い顔で睨んできた。どうすればいい?って思ったね。苦しいときの神頼みっていうけど、神様じゃなくて仏様だよなって気がついた。だって俺はお寺の子だから。そこで小さい頃からオヤジに仕込まれてきた般若心経を心の中で唱えたんだ。
「観自在菩薩。 行深般若波羅蜜多時。照見五蘊皆空。 度一切苦厄。 舎利子。色不異空。 空不異色。 色即是空。 空即是色」

 ぶっちゃけ言葉の意味なんてよくわからなかった。でも真剣だったよ。スカギャンを俺の代で終わらせるわけにはいかないからね。

 すると薄暗くなっていた空が、灯りがついたようにパッと明るくなった。そして目の前から浅草ビューホテルの姿が消えた。代わりに立っていたのは、見たことがないタワーだった。方角は正反対だけど、この頃まだ立っていなかった東京スカイツリーにちょっと形が似ていたかもしれないな。

 すると、そのタワーがとつぜん途中からバキッと大きな音を立てて折れたんだ。中からたくさんの人たちが悲鳴をあげながら落ちていくのが見えた。おいおい、なんだよ、これ!って思っていたら、今度はそれが真っ赤な炎に包まれて、空ぜんたいが真っ赤になったんだ。

 将太が今度は怯えた表情で俺の方を見た。俺は弓子の方を見たら、あいつの口の形がはっきり見えた。
「ケータイの写メ」
あわてて尻ポケにさしたケータイで鳥越の顔を撮った。不思議なことにそこには炎に包まれたタワーは写っていなかった。写っていたのは、夕闇に包まれたお化け屋敷の看板だけ。その前で鳥越が心底怖がった表情をしていた。マヌケそのもの。なんでこんなことが出来たかはわからなかったけど、弓子の作戦の意図は俺にもわかったね。で、俺は鳥越にこう言ってやった。
「噂には証拠なんてないけどさ、こっちにはしっかりした証拠があるんだよ。お前が何かやったら、この写メを撒き散らすからせいぜい覚悟してろよな」
「テメエ、俺をハメやがって!」
カリスマだけあって鳥越が叫ぶとちょっと怖かったけど、形成逆転だ。俺はニヤニヤしながら写メの発信ボタンに指をかけた。長い沈黙のあと、鳥越は自分のケータイを取り出すと何者かに電話をかけてこう言ってくれた。
「武装解除。スカーレット・ギャングとは休戦な」

 弓子が近づいてきた。
「ほら上手くいったー。家に帰ろう」
帰り道は快適そのものだった。スカギャンまさかの完全勝利。Cボーイズの連中は悔しそうな顔をして遠巻きに眺めているだけで、誰も俺たちには手を出せない。俺は弓子にさっきのトリックの種明かしをしてもらおうと思った。
「あのタワー、なんだったんだよ? 空にレーザーで映写したとか?」

 弓子は答えた。
「あれは昔あそこに立っていた凌雲閣っていう建物だよ。浅草のシンボルだった。震災でなくなっちゃったんだけどね」
「それをどうやって映したんだよ?」
「あたしは何もやってないよ。ノブちゃんが土地の記憶を呼びおこして、将太くんに見せたってだけ」

 土地の記憶って言われても何それって感じだよね。で、「俺が?」って訊いたら「ノブちゃんにはそういう力があるんだよ」なんて答える。
俺にそんな力があるわけがない。「おい、何を証拠にそんなこと言ってるんだ?」って問い詰めたら、あいつはこう言うわけ。
「あんたがアタシなんかと友だちになれるのがその証拠なんだよ」
俺は「ちょっとよくわかんない。説明してくれる?」って食い下がったけど、弓子は笑ってこんなことを言うだけだった。
「ごめん。もう時間がない。あたし、もうじきここから出なきゃいけないから」
俺はてっきり弓子がまた田舎に帰るのかと思って「ああ、里帰りするんだ。じゃあ来年の夏休みまで楽しみにとっておくかな」って言ったけど、あいつの話す内容はどんどんわけわかんない感じになっていった。
「もう無理。今年は15歳だけど、次にあたしがこっちに帰ってくるときはまた5歳に戻っているの。ノブちゃんのことも忘れちゃっていると思う」

 うしろを向いて立ち去ろうとする弓子に、俺は「待てよ!」って大声で止めたけど、あいつは振り返ると「いつか分かるよ」と言って、裾から例の拍子木を取り出して三回鳴らしたんだ。その途端、あいつの姿は消えてしまった。

 そのあとは、家に帰るとベッドに突っ伏してそのまんま寝ちゃったことだけを覚えている。目が覚めたらもう土曜の夕方だった。ケータイは着信とメールと留守電でパンパン。どれもスカギャンの仲間からだった。どれから読もうかって迷っていたら、縁側からシャオリンがあがりこんできた。
「ノブちゃん、返事がないから来ちゃったよ。スゲえよ。Cボーイズの包囲網をたったひとりで突破して花やしきで鳥越をぶちのめしたんだろ。いったいどうやったんだよ?」
シャオリンは興奮しまくっている。
「くわしいことは弓子に訊いてくれよ。俺はあいつの言う通りやっただけだからさ」
 
 そう言ったらシャオリンはポカンとした顔でこんなことを言ってきやがった。
「弓子って誰?」
「お前なに言ってんだよ! 俺たちと同い年で夏休みはずっと一緒だった弓子だよ。いつも浴衣を着ているあいつ!」
シャオリンに怒鳴りながら、背中に冷や汗が流れているのを感じた。そういえば、俺と一緒のとき、あいつがほかの子と喋っているのを見たことがなかった。それに俺は弓子の名字すら知らない。
すると襖がスパンと開いた。オヤジだった。赤い法衣の威圧感がハンパなかったね。てっきり怒られるのかと思ったら、オヤジは震えた声で話しかけてきた。
「お前、弓ちゃんと会っていたのか……」
「父さん、弓子のこと知ってるの?」
オヤジは言った、「あの子の家に行けばわかる」って。

 俺は、何か言ってるシャオリンを無視して、サンダルをつっかけて走り出した。みんな隅田川花火大会に出かけてしまったせいか、通りはガランとしていた。そうそう、隅田川の花火ってコレラで死んだ人たちの供養として始まったこと知ってる? そんな神妙な儀式でみんなビール飲んで浮かれているんだからわけわかんないよね。

 東盛公園の前を通ると、それでも何人かギャング仲間が居残っていて、ヒーローを見るような熱い目で俺のことを見てきた。でもその視線も振り切って弓子の屋敷へと向かったんだ。
瓦屋根の門が見えてきた。なんだ、いつもと同じじゃないかって最初は思ったね。でもよく見たら、その奥にある建物の形がぜんぜん違うことに気がついた。そこは屋敷じゃなくてお寺だったんだ。
弓子の屋敷はどこに消えちまったんだろうって呆然としていたら、門の脇に今まで見たことがなかった看板が立っていることに気がついた。そこにはこう書いてあった。

あらかわの史跡・文化財
投込寺(浄閑寺)
浄閑寺は浄土宗の寺院で、栄法山清光院と号する。安政二年(一八五五)の大地震の際、たくさんの新吉原の遊女が、投げ込み同然に葬られたことから「投込寺」と呼ばれるようになった。花又花酔の川柳に、「生まれては苦海、死しては浄閑寺」と詠まれ、新吉原総霊塔が建立された。

 看板の横には小さな地蔵の像が立っていて、花が供えられていた。それは水仙の造花だったんだ。

「浅草〜三ノ輪編:It’s Okay(One Blood)」 了

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

PROFILE

長谷川町蔵

文筆業。最新刊は『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』。ほかに小説集『あたしたちの未来はきっと』、『21世紀アメリカの喜劇人』、共著に『ヤングアダルトU.S.A』など。また、EYESCREAM本誌でもスクリーンで活躍する気になる俳優たちを紹介していく『脇役グラフィティ』が大好評連載中。

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Twitter : @machizo3000