暁の新様式解剖録 〜現代嗜好学〜
インタビュー 藤井道人

Photograph_Hidetoshi Narita, Edit&Text_Ryo Tajima [DMRT]

暁の新様式解剖録 〜現代嗜好学〜
インタビュー 藤井道人

Photograph_Hidetoshi Narita, Edit&Text_Ryo Tajima [DMRT]

変わるもの、変わらないもの。時代の変遷に伴ってEYESCREAMはサブカルチャーを起点に”今”を見つめているが、2020年ほど大きく価値観を揺さぶられた年もない。オンラインでの仕事が盛んになり、いよいよ職場と自宅の境目も曖昧だ。同様に、仕事と趣味の境界線すらもよくわからない。すべてが遊びのようで、すべてが義務的なことに思える。
何か大きくうねりのように、全世界的に人の考え方が変わりゆく今、大人の趣味って何なんだ。嗜好品って僕らにとってどんな存在なんだろう。そんな、これまで当たり前だったことを止めどなく考えたりすることが、今は必要なんじゃないか。ニューノーマルを生きる人間として、今も昔も欠かせない素敵な趣味の話をしようじゃないか。
第2回目は映画監督・脚本家の藤井道人氏が出演。今もっとも世間の注目を集める映画監督に仕事と趣味の関係性について話を聞く。

“あの組は若いけど良い映画を作るよな”
って言われたいですから

ーいきなりで失礼致しますが、藤井監督にとって映画監督という仕事は趣味の範囲にあるものですか?

藤井道人(以下、藤井):責任感のある趣味、のような感覚ですね。自由にやる中にも、ある種の制限は絶対必要だと思っていて、好きで始めた映画制作を仕事として続けるには、映画を通してビジネスに参加させてもらっていることも意識しなくちゃいけないと思うんです。そして、映画を作るという楽しい時間を、どれだけ続けられるかを考えると、自分が撮りたいものだけを撮っていてはダメではないかと。自分が手掛けた映画が、今、日本の映画館でどのように必要とされるのだろうか、ということを考えながら撮るようになってきましたね、30代になってからは。それも楽しいことなので、考えながら撮ることも趣味の1つと言えるかもしれませんが。

ーそれだけ映画作りは魅力的なものであると。

藤井:はい。映画にはすべてが入っていると思うんですよ。衣装で表現されるファッション性、音楽文化、画として写真の要素も。総合芸術という点で魅力的です。それに、普段、テレビにもどんどん出るような俳優の皆様とも映画作りの中ではフラットに接することができる。変な言い方ですけど、それって普通に考えてすごいことですし、自分の中では唯一の遊び場でもあり、唯一の存在意義だと感じています。

ー映画作りの現場や作り方がどんなものなのかについて教えていただけますか?

藤井:映画作りのフローは至ってシンプルで、”誰かがコレ、やりたい! と声を挙げる→そこに関係する人が集まってくる→みんなで何かを作る→できたものをみんなに観てもらう”、もうそれだけなんですよ。写真家や音楽家、脚本家など、普段はソロで活動されている人が1個の場所に集まって1つの作品を作っていくという考え方にすごく近いと思いますね。現場の光景に関しては、やはり作品によるところが大きいです。今は1年を通して1本の作品を作っていて、自分たちが四季も含めた瞬間、瞬間をずっと忘れないように映画に落とし込もう、といったコンセプトで企画を進めているんですが、こういうテーマだと本当に1人1人が楽しそうにしていますね。

ー1年間をかけてずっと同じ面々で制作を続けるとなると、1つの会社というか。映画の制作チームを”組”と言いますけど、1つの組織的な感覚が現場に生まれるものですか?

藤井:まさにそうですね。集合体を超えて疑似家族みたいな感じになっています。会社だとよく社内恋愛なんてあるじゃないですか。映画の世界に置き換えると、同じ組内で恋人同士になったりってことになるんでしょうけど、うちの組では、そういう色気のある話がまったくないんですよね(笑)。なぜかというと、お互いに家族だと思っているから、のようです。兄弟姉妹のようになるし、ベテランと若手で年齢差があったら親子のような関係になったりするし。本当に家族のように仲が良いですね。

ー深い愛情と絆が藤井監督を中心に結ばれているからこそ、なんでしょうね。

藤井:そうですね。だから今、すごく幸せです。嬉しいのは、出演される俳優の皆様も「藤井組がいい」って言ってくれること。これは、自分としても誇っていることの1つなんですよ。

ー藤井監督が映画制作の魅力に出会った頃の話をお伺いできますか?

藤井:18歳のときに日本大学芸術学部の映像学科に入学して、映画サークルに入ってからは映画制作にずっと携わっているわけなんですが、それまでは剣道しかやっていなかったんです。それで、最初にみんなで映画を作ったらすごく楽しかった。剣道って個人競技じゃないですか。映画作りは団体戦みたいな雰囲気もあって、そこにすごく魅力を覚えたんですよね。でも、自主映画を作っていた20代の頃はけっこう辛い時期もあったんですよ。売れなかったですし、ビジネス的な側面も一切考えていなかったんです。今村(撮影監督・カメラマンの今村圭佑)と撮っていた自主映画なんて、最初の頃は予算10万円とかで作っていましたから。スタッフに満足にお昼ご飯を出すこともできない。でも、それでもやるって言ってくれていた面々が、今も同じチームにいて一緒に映画を作っていますからね。

ー冒頭の話に戻りますが、”責任感のある趣味”と30代になってから撮り方を考えるようになったという話について。そのように変わっていったのは、どういう考え方の変化があったんですか?

藤井:20代を経て、”ヒットする・しない”、”評価される・されない”ってことを無視しちゃいけないよなって思うようになったんです。そこには、自分が組を引っ張っていくなかで「あの組長(藤井監督のこと)ダサいよね」って思われたくないし、周りには「あの組は若いけど良いもん作るよな」って言われたいっていう反骨心がありましたね。どんな状況になっても、その場所であぐらをかいていないで、ずっと走っていきたいって気持ちが根底にあるんです。僕は極度の負けず嫌いなんですけど、組全体がそうですから。

今を生きる人が必要とする映画が時代に残っていくと思う

ーでは、同じく監督が仰っていた”今、日本の映画館でどのように必要とされるのだろうか”と考えながら撮るということについて。これは、時代性を捉えて映画作りをやっていくという意味になりますか?

藤井:自分が観客として映画館に行くときって、ヒットしているからが理由ではなく、ポスターや予告編を観て、面白そうだなって感じて観にいっていたんですよね。それって20XX年を生きていた自分が、その映画を必要だと感じたから観にいったんだと思うんですよ。そのように、作り手側も観客が今、何を求めているかを考えなくちゃいけないと思っていて。過去の名作を振り返ってみてもそうなんですが、その時代にしか撮れなかったものを映画として残している先輩方がいる。だったら、自分たちも今、何が撮れるのかってことをもっと考えて映画をやりたいなって。そして、今の時代を生きている人たちが、今だから観たいと感じて、必要としてくれるものをちゃんと作ることができれば、それは後世に残っていく映画になると思うんです。僕も今後あと何本の映画を作れるかわからない。であれば、今、何を残せるかをちゃんと考えたうえで撮りたいな、と。

ー現在、『ヤクザと家族 The Family』が絶賛上映中です。多くの人が劇場に足を運んでいますが、この作品に関しては、コロナ禍における解釈などの時代性は意識された部分はありますか?

藤井:いえ、『ヤクザと家族 The Family』に関しては『新聞記者』の系譜というか。河村さん(河村光庸、前述2作品のエグゼクティブ・プロデューサー)と話して、人間にとっての人権であったり、生きることへの誇りといったことをエンターテイメントで表現したいというのがあったんです。コロナ禍を受けて、観てくれる人によっては、より話が深まった部分はあるかもしれないないですけどね。

ー『ヤクザと家族 The Family』の主題歌、millennium paradeの「FAMILIA」のMVを監督が手掛けられていますが、MVは相当久しぶりにご担当されたのでは。

藤井:そうですね。学生時代はMVを撮るのも好きで、一時期はMV監督になりたいくらいに思っていた時期もあったんですが、自分はやっぱり人間を描くっていうことが好きなんだなって気づいて映画の道を進むことになって。最近は通常のMVはほとんど受け付けていなかったんですよ。「FAMILIA」に関しては、常田くん(millennium parade、常田大希)と綾野さん(俳優、綾野剛)に半ば強引に(笑)。あれ、大変でしたよ。12月23日まで別の撮影をしていて、28日に撮影だったんです。もう、どうすんだって感じだったんですけど、無事に撮り終えることができて。

自己表現のうえで”喫煙”は欠かせないものになっている

ー『ヤクザと家族 The Family』、MV「FAMILIA」。共に喫煙シーンが多く、煙が1つのメタファーになっているのかな、と。

藤井:あれがヤクザ映画じゃなかったとしても、僕の映画にはすごく喫煙シーンが多いんです。喫煙自体が自分を表すには避けられないものの1つというか。だから、1番自分の考えに近いものとして、煙をメタファーとすることが多くなるんですよ。朝起きたらタバコを吸う。何か行動の合間合間で、タバコに火を点ける。なんだか呼吸に近しいものがあるんですよね。だから必然的にタバコが映ってくるんですが、それを映画として意味をつけていくときに表現に投影させていくことがあります。あと、ビジュアルとして煙が好きなんですよ。煙突も好きなくらい。

ー監督にとって生活においてもタバコは欠かせない嗜好品ですか?

藤井:そうですね、もう日常生活の8、9割はそれです。ロケ地を決めるときも喫煙所があるかないか、というのはけっこう大きいです。

ーロケ地まで!(笑)。

藤井:みんな吸いますから。そんなうちの組も昨年のステイホーム期間で1ヶ月ほど作業できなくなり、チームのメンバーに会えなくなった時期があったんですよ。で、1ヶ月ぶりにあったら、プロデューサー、編集技師、みーんなタバコを辞めていたんです。それで久しぶりにみんなで作業を進めて休憩しに喫煙所に行ったら、次々に「1本ちょうだい」ってやってくるんですね。そこで見事にみんなを喫煙者に戻してあげました(笑)。

趣味とは自分のことを好きになり直す時間でもある

ーちなみにお酒は何がお好きですか?

藤井:とくに銘柄にこだわっているタイプではないんですけど、最近は焼酎が多いですかね。あとはバーでスコッチのおすすめを出してもらうのも好きです。でも、飲み方は昔と変わりましたね。若い頃はみんなと一緒にいるためにお酒を楽しんでいましたし、お酒と共に友達と過ごす時間が大事でしたけど、大人になると1人で色んなことを反省する時間だったりにお酒を使いますね。

ーどういうときにお酒を飲むことが多いですか?

藤井:やっぱり心がくさくさしたようなときでしょうか。日常に疲れてしまうじゃないですか。今日も朝から編集作業をしているんですけど、そういうときは大体16時半ぐらいから「今日(飲みに)行けんな」って。夕方からちょっと仕事を焦り出す、みたいなときはあります。メンバーに「その作業、あとどれくらい時間かかるの?」とか言いながら、早く飲みたくなっちゃっている自分にはちょっと反省です(笑)。あと、最近では撮影中も撮影前日も飲まないですね、飲まなくなりました。

ーやはり撮影に向かっているときは、お酒も忘れるほど没頭されているということですね。

藤井:いや、最近は関わる俳優の方々の手前もありますからね。自主映画をやっているときは役者も含めて仲間内でやることも多かったので、まだよかったんでしょうけど、今は撮影現場に酔っ払って行くなんて、とてもじゃないですけど無理というか。

ーそっちの意味ですね。確かに、現在、監督が取り組まれている作品に出演されている面々を見ると、ヒェッ……てなりますね。

藤井:ふふふ。でも、気が緩むと飲んじゃうんですけどね。

ーでは、最後に。改めて大人の男にとって欠かせない趣味とは、どういうものだと思いますか?

藤井:大人になってきて最近すごく実感しているのが「大人って思っている以上に誰も何も言ってくれない」ってこと。10代、20代の頃には真剣に怒ってくれる友達もいるし、そういう仲間が周りにいましたけど、大人になればなるほど個人行動になってくると思うんです。そういうときに、自分たらしめられる時間、冷静になって、今、自分はこういう状態だなと考えて、では次にどうアプローチしようかなと考えたりする。そんな風に自分らしくいる時間が趣味の時間だと思いますし、生きていくうえで必要ですね。社会の中で1人の大人として生きていくために、マスクを被ったような状態でいなきゃいけないときもあるけど、たまにはそれを取り上げて人間らしくなってもいいじゃないか、という。自分は映画作っていること以外、ほとんど何もできないというか、ダメな人間ですけど、それを肯定してあげて、自分のことを好きになり直す時間でもあるのかな、と思います。特に監督という職業は、妙に世間に祭り上げられたり、名前が広まっていく側面もあるので、そういうことで勘違いしないように。自分の映画が良いのは自分の技量じゃないって思い直すには、冷静になる時間がすごく必要なものなんです。

ARCHIVES
暁の新様式解剖録 〜現代嗜好学〜 インタビュー 佐々木集&OSRIN [PERIMETRON]

INFORMATION

藤井道人

1986年生まれ。映画監督・脚本家。自らが設立した映像制作集団、BABEL LABELディレクター。綾野剛主演の監督作品、映画『ヤクザと家族 The Family』は絶賛上映中。現在はNetflixオリジナルシリーズ『新聞記者』を映画とは異なるアプローチで制作中。

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