変わるもの、変わらないもの。時代の変遷に伴ってEYESCREAMはサブカルチャーを起点に”今”を見つめているが、2020年ほど大きく価値観を揺さぶられた年もない。オンラインでの仕事が盛んになり、いよいよ職場と自宅の境目も曖昧だ。同様に、仕事と趣味の境界線すらもよくわからない。すべてが遊びのようで、すべてが義務的なことに思える。
何か大きくうねりのように、全世界的に人の考え方が変わりゆく今、大人の趣味って何なんだ。嗜好品って僕らにとってどんな存在なんだろう。そんな、これまで当たり前だったことを止めどなく考えたりすることが、今は必要なんじゃないか。ニューノーマルを生きる人間として、今も昔も欠かせない素敵な趣味の話をしようじゃないか。
第三回はMONO NO AWAREの玉置周啓が出演。本メディアでも読書感想文の連載を担当しているアーティストだ。音楽に随筆文、イラスト、あらゆる文化的な表現を行う玉置にとって、嗜好品は欠かせないもののはず。ただリラックスするために、というだけではなく独自の美学を持って接していると思う。そんな、玉置ならではの趣味嗜好の話を聞かせてほしい。
取材場所は麻布十番にある居酒屋、魚BAR一歩。ここはかつて、玉置がバイトとして働いていたゆかりある場所。そんな空間で語られる内容にも着目していただきたい。
お酒やタバコは会話の場をアシストする装置
ー今回はジェントルマンとして、大人の男の嗜みなどを語ってほしい、という企画になります。
玉置周啓(以下、玉置):大人の男……わかりました(笑)。
ーその前に。さっき聞いたんですが、このお店(撮影場所)魚BAR一歩は以前、玉置さんがバイトしていたお店なのだとか。
玉置:そうですね。実際に働いていたのは24〜26歳ぐらいの頃ですかね。だから、2017、18年くらいまでか。1stアルバム『人生、山おり谷おり』のポスターをお店に貼りにきたので、そのぐらいの時分です。
ーなんで魚BAR一歩で働いていたんですか。
玉置:本を正すと、友人がバイトとして働いていたお店だったんです。最初は魚BAR一歩の恵比寿店に飲みにいって、ちょうど今日みたいな形でカウンター越しにヒデキさん(魚BAR一歩の高野ヒデキ氏)とお話しさせていただいて。そのときにお店がスタッフを募集している時期だったこともあって「うちで働いてみないか」という流れになり、そのまま。
※仕込み中のヒデキさん
ーヒデキさん、初対面でいきなりバイトに誘ったんですか?
高野ヒデキ:そう、ちょうど人手不足でしたし、彼(玉置周啓)がミュージシャンであることは出会ったときから知っていたので、活動自体に興味があったんです。僕も音楽好きですし、ミュージシャンの話をいろいろと聞くことができるんじゃないかって気持ちもあって。今でも、音楽の話をしてくれるんで面白いですよ。
玉置:そんな出会いを経て、長いことお世話になったお店でもあるんです。僕は島出身なので、新鮮な魚を食べ続けて育ってきたせいか、このお店が提供する魚料理の美味しさがすぐにわかったんです。働いているときも、今も、美味しい魚が食べたいと思ったら行きたくなるお店です。
ー働き始めた頃から日本酒が好きだったんですか。
玉置:いや、1番好きなお酒はビールです。
ー流れ的に「日本酒がナンバーワン」という返答しか想定していなかったですよ、今。
玉置:いやーそこはビールですね。そもそも日本酒を教わったのが、このお店なんです。それまで、日本酒はもっと上の世代の方々が飲むものだという認識があったんですが、その価値観がガラリと変わったというか。働きながら教えてもらったんです、日本酒のことを。接客をする以上、置いてある日本酒の特性を知っておく必要があるわけで、試飲と称してバイト前にグビグビいかせてもらっていました。それで酔っ払いながらも、日本酒に味の区分があることを理解していったんです。その中で言うと、僕の好みは自然郷(福島の銘柄)や残草蓬莱(神奈川の銘柄)など、酸味が強くて爽やかな、かつ切れ味が良いものが好きだってことがわかってきて。
ー日本酒にも絶妙な風味や味の差があることを体験していった。
玉置:そう。自分はそういうお酒が好きなんだってことを自覚して、ビールやウイスキーの銘柄を選んでいくようになったんです。だから日本酒がスタート地点になった感じですね。そこから始まっていると思います。
ーお酒も大人の趣味嗜好の1つだと言えますが、日本酒から酒の幸福の扉を開き、今ではどんな種類のお酒を嗜んでらっしゃいますか。
玉置:前提として、僕はそんなにお酒が強いわけではないんですけど、その場の雰囲気に合わせて飲むお酒を選ぶというのはあります。普段通っているジャズバーであればウイスキーですね。それも、お店にウイスキーのボトルをキープしているという行為自体にカッコよさを見出しているので、それしか飲まないって決めていたり。赤提灯系のお店であれば、焼酎のソーダ割りであったり。ここに来たら、もちろん日本酒で飲みすぎない程度に。
ー家で飲むときは何を?
玉置:自宅で1人で飲むというより誰かと飲みに行く、カウンター越しにお話しできる環境で飲むだとか。そういうのが好みなんです。気持ち良い思いができる場所で、飲みながら会話するのが好きなんで、それがしやすい環境がいいんです。昔は、いかに効率よくアルコールで血中濃度を高めて酒乱状態に突入するのかがテーマでしたけども。
ーああ、お酒を覚えたての頃はスピード感と分量が重要とされるものですよね。
玉置:はい。そこから、1人静かに飲むという大人びた行動に憧れを抱くようになったんですが、やってみた結果、静か過ぎる場所でお酒に手を伸ばすというのは、今の自分には合っていなくて。ほど良い感じに音楽やら音がなっているところで、話を聞かれてもいいと思えるぐらいに気が許せる人と交わすお酒がいいんです。そうやってお酒を楽しむのが好きだってことに、ようやく気づいたぐらい。思えば、そういった楽しみ方も、このお店に教えてもらったのかもしれない。
ーここではカウンター越しに会話もできるし、常連さんとスタッフとの会話も日常的に行われるし。
玉置:ええ。お店があるのも麻布十番ですから社会的ステータスが高い人も常連さんとして訪れるお店なんですよ。そういう方々のお話しをたくさん聞けたのはすごく面白くって、懐かしくって。当時、彼らのお話しはすごく刺激的でした。多角的に物事を見る目を養ってもらったかもしれません。
ー魚BAR一歩で大人の階段をコツコツ登っていった、と。
玉置:そういうことになりますかね(笑)。
ーそういえば、MONO NO AWAREの音楽は日本酒に合うような気がしますよ。
玉置:本当ですか(笑)。でも、確かに日本酒の名前を入れた曲があるんです。2ndアルバム『AHA』に収録しているんですけど、当時はまだここでバイトしていましたから。制作をしながらお店に働きにきて、という生活を送っていました。「常連さんにも日本酒の名前を入れた曲を作ろうと思っているんですけど、適したものはないですか」ってお話ししながら歌詞を作ったりだとか。お店の他スタッフさんと一緒に「この日本酒(の名前)も入れられる?」とか話し合いながら。もう、作詞を連名にするか迷ったぐらいですから。
ーその日本酒を起用した曲は?
玉置:「ひと夏の恋」です。忌野清志郎さんの「自転車ショー歌」ってあるじゃないですか。メーカーの名前がいっぱい入っている曲。あんな風に文章として成立するように、と考えながら、仕事終わりにお酒を飲みながらアイディアを出し合ったことがあって。
ー確かに歌詞を読んだだけではぱっと日本酒だと気づかないですねぇ。大人の嗜みとも言えるお酒、先ほど「飲みながら会話をするのが好き」という言葉がありましたが、玉置さんにとってお酒とは。
玉置:やはり、その場所でどういう会話が繰り広げられるのかっていう方が、僕にとっては大切なんです。お酒はそれをアシストするものとして存在しているので。タバコも同じなんですけど。人の話を聞きながら、頭の中を整理するためにタバコに火を付ける、しかも美味しい。そういう感覚で喫煙しています。
ーなるほど。
自分の言葉で語れるものを持っているか
玉置:嗜好品は空間をアシストする装置的な捉え方をしているんです。のめり込むというよりも、そういう存在として。お酒を飲んでいるときであれば、お話しが盛り上がってきて、自分の頭がグルグルしだしたとき『ここだ』というところでタバコに火を付けます。または『ひと仕事終えた、私』という感じで。そのときはムヒカが……。ムヒカってわかりますか。
ー元ウルグアイ大統領、映画『ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ』にもなったホセ・ムヒカのことですか。
玉置:はい。(ムヒカは)なんかこう、いい感じの寂れた一軒家に住んでいて、いい感じの椅子に腰掛けて、ゆらゆら揺られながらマテ茶を飲んだりしているんですけど、きっと。そんな気分で、僕も家の周りにある住宅街の景色を見ながらタバコを咥えています。あとは海に行ったら吸いたくなるんですが、それは地元で漁師たちが仕事をしながらタバコを口にしていたのが刷り込まれているからでしょうね。海といえばタバコ。そんな感じです。
ーでは、音楽とタバコが連動することはありますか。
玉置:制作するときは基本的にタバコを手にしているので。僕は、自分が気持ちいいと思う音楽だけを作って、それが多くの人に受け入れてもらえたら、たまたま音楽で食っていけるな、という感覚でやっているんですが、タバコはその感覚に寄り添ってくれるんです。制作をしているときに、精神的に辛くなってきたらタバコを1本入れて休憩するだとか。それで自分の機嫌をとりながら、広い目でみたときに、人生においてこの音楽を作っていることは苦ではないって思うようにしている感覚はあります。浸りやすいんで。モードに入れる。
ーそのモードに入れる感覚、わかります。
玉置:ありますよね。タバコか……。時代性かもしれないんですけど、僕が好きな音楽家や漫画家、作家たちはみんなタバコを吸っているんですよ。インタビューに応じながら吸っていたり。映画にも絶対登場するじゃないですか。特に好きなのは、寺山修司の映画『田園に死す』のワンシーンで、2人の男がタバコを吸っていて後ろから照らされている画だとか。ああいう光景に、僕が思うタバコの魅力が象徴的に描かれているんです。そういう映画を見ると、こっちも吸いたくなりますよね。僕、よく思うんですけど、日本に一軒だけでいいから喫煙可の映画館を作ってくれないかなって。それぐらい浸れるものだと思うんです。
ー映画館で映画を観ながら好きなときにタバコを吸うーーそれは最高でしかないですね。
玉置:でしょう。いやね、タバコを誰かと吸っているのって、互いにすごく気を許している状態だと思うんです。お互いに煙を吸って吐いている。詩的に言うのであれば、空気中に自分たちの吐いた息が煙として視覚的に写り、目の前で混じりあったりするわけじゃないですか。あの感じが、コミュニケーションを象徴しているんじゃないかと。距離を近くする、隔たりを超えるものである気がするんですよ。
ーあると思いますよ。形式ばった場所をそうではない空間にしてくれる力がタバコにあると思います。では、改めて。大人の男の趣味とは?
玉置:自分の言葉で語れるものを持っていることが大人の趣味なのかもしれないですね。例えば、ウンチクや、その物がどれだけ高価なものかって情報だけを話されても、僕は興味がわかないんです。調べればわかるから。だけど、自分の力で何かを作りたいって考えている人が情熱的に、その人にしか価値がわからないものの話をしていると聞いていて楽しい。どうせ短い人生の中で、時間を使って誰かとお話しするのであれば、こっちも盛り上がりたいし、気持ち良く人生を送りたい。そんな会話をしたい。僕が大人だと思う人は、みんな自分の言葉を持っていて、それを語ることができると感じるんです。それは会話のテクニックという話ではなく、誰しも持ちうる熱量の差だと思うんですよね。めちゃくちゃ好きだったら鼻息が荒くなって、こめかみに血管が浮き出てきて……といった喋り方になるじゃないですか。その局地的な知識を持った熱量が面白いんですよ。僕にとっては、それが大人の趣味ってことなんじゃないかな。
ー最後に。今日の話を踏まえて、玉置周啓は、MONO NO AWAREは、アーティストとしてバンドとして、どうしていきたいと思うか。概念的な話を教えてください。
玉置:僕もメンバーも、各々同じようなタイミングで自分とは何かを考えて、最近ではバンドもようやく自然体でいられるようになってきたんですよ。その姿勢がアルバム『行列のできる方舟』に反映されていて。これから自分たちの名前が売れるほど、制約が増えてきたり、偶像視されていることへのギャップが生まれてくると思うので、そこにおいて、どれだけ自然体で無理せず生きていかれるか、苦しまずにいられるのか、というのが今後の課題であり、面白がれるポイントな気がしています。
ーその課題に直面したとき、面白がりながら他人と向き合っていくという?
玉置:ええ。相手の言葉に対してどう真摯に向き合うかで自分が形作られていくものだと思いますから。自分がどういう人間なのかは、正直もうわからないと思うので、他者との関わりを通じて自分の輪郭をはっきりさせていくという作業になるんだと思います。そんな作業がメンバー個人単位でもバンド単位でも大事になってくるんじゃないかと考えています。
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