MUSIC 2021.12.08

[Interview](sic)boy
自身初となる単独名義作品を発表
ラップロッカーは刹那の先にある恒久へ

Photography_Hiroki Asano, Text_Keita Takahashi
EYESCREAM編集部
EYESCREAM編集部

ロックとヒップホップの境界線を行き来し、目下注目を浴びるアーティスト(sic)boy。昨年発表されたプロデューサーKMとのタッグ作『CHAOS TAPE』を経て、この2021年、初の単独名義となるアルバム『vanitas』をリリースする。全10曲、国内外のゲストを交えた充実の作品を完成させた(sic)boyに話を訊く。前作からのフィードバック、LAでの制作秘話、そしてアーティストとしての覚悟について。確かな歩みを進める彼がいま見つめるものはなんなのか、その視座をテキストにて堪能してもらいたい。

-『CHAOS TAPE』から約1年、ソロ名義では初のアルバムとなる『vanitas』が完成したわけですが、本作の話題に触れる前に前作についていま改めてどう感じているか教えてください。

前作をリリースして「Heaven’s Drive」以外の楽曲にも力を入れてることが理解してもらえたのが個人的にはうれしかったですね。いま聴き返してもいいアルバムだったなと思います。考え込まずにがむしゃらに音楽を作ってたんで、それがよくできたんじゃないかなと。反省点を挙げるとするなら、もうすこし全体の統一感について整えてもよかったのかもとは思いますね。とはいえタイトルにも“CHAOS”って入ってるし、すごく気になってるって感じではないんですが。ただ、そういったことのひとつひとつが今回のアルバムで回収できた。1年前の過去の自分と現在の自分をずっとくらべて闘わせてるようなアルバムになってると思います。

-アルバムを一聴して(sic)boyさんが表現したい世界観がより強固になったという印象を感じました。前作で提示したいくつかのポテンシャルが、さまざまな形でレベルアップしているなぁと。(sic)boyというアーティストのキャラクターがより濃い形で結実した作品だと思います。

自分はコロナ禍でひとの価値観がだいぶ変動したと思ってて。文化が流行して廃れていくまでのスピードがどんどん上がってる。でも自分自身はそのスピードとは別軸で昔の音楽を洋邦問わず聴いていて。そういう、揺らがない、ドシンと構えられるアルバムを自分でも作れないかなと。賛否両論ももちろん込みで、そういった価値のある作品にしたいって意識がありましたね。

-タイトルが提示するような、クラシカルな佇まいを目指した?

そうですね。そこは狙っていて。あとは今回目指したのは、これまで表現してきた内面的な鬱の感情から、より前向きになったイメージ……ダークさは残しつつ前向きな部分というか。それが自分自身がいちばん見たい(sic)boyだったんです。結局、自分は自分のことを救うために音楽をやっているんじゃないかなとも思ってて。だからこそ、ただダークで病的なものではない、より前向きな姿勢にシフトしていくっていう意思表示でもあるなと。

-1年前のインタビューでも触れたような、前作における“Kill this”などに顕著な、暗闇のなかからなにかポジティブな意思を得ていくというストーリーが、本作ではより補強されていますね。そういったマインドに変わっていったきっかけは?

(sic)boy, KM 『CHAOS TAPE』気鋭ラッパーと俊秀プロデューサーが描く順理成章な混沌

LAに行って制作ができたこともそうだけど、それ以前にいちばん大きかったのはこれまでよりたくさんのひとが自分の存在を知ってくれてライブや音源に触れてくれる状況。そういったことのひとつひとつにいい意味で影響されていったんだと思います。“だれもオレの曲なんて聴いてくれてない”と思って曲を作ってた時期よりは自分自身も楽しいって感じられてます。

-ポジティブなフィードバックのなかで心に残ってるものは?

メロディーを褒めてもらえるのは自分としてもすごくうれしい。“もはやロックじゃん”って言われたりもするけど、それはたぶん愛のあるコメントだと思うし、それぐらいメロディーがしっかりしてるって思ってくれてるのかなって。

-今回の制作においてメロディーという側面で注力したポイントはどんなところでしょう。

作り込みすぎないようにしたと思います。『CHAOS TAPE』のときはひとつのトラックで5つくらいのメロディーのパターンを考えて、そのなかから消去法で選んでた。今回はひとつ“これでいこう”って決めたメロをひたすら磨くことに専念したかな。あえて数を打たないように。フロウもそうだし、リリックに関してもあまり凝り固まりすぎないように意識していましたね。以前は“ちょっとむずかしい言い回しをしてやろう”って思ってたときもあったんですが、そんなことは別に必要じゃないなって気づいた。今回は特にシンプルに、わりと直感で作れたんじゃないかな。

-ノウハウが蓄積されたおかげで迷いがなくなったのかもしれませんね。サウンド面では今回もメインプロデューサーをKMさんが務めていますが、『vanitas』ではどのような取りまとめがふたりのなかでありましたか?

前作から大きな変化はないと思います。もうすでに勝手がわかってるぶん、どんどんやり取りはシンプルになっている気がしますね。今回もLAに行った段階ではトラックの大半ができあがってて。自分もそれに乗っかってどんどん歌を入れてくっていう感じでした。

-KMさんを含むチームでLAに渡って、制作をスタートしたのはいつごろでしたか。

6月ですね。2週間ちょっと滞在して。滞在中はとにかく曲を作りまくったっすね。“こんなに作る?”ってぐらい作った(笑)。

-ハハハ。今回アルバムに参加した海外客演勢はLAでの制作で直接セッションを?

はい。事前にチームでだれといっしょにやりたいかっていう案を出して、メンツを決めてコンタクトを取って、全員とLAで会って作りました。みんなクリエイティビティがあって、音楽に対する熱意がハンパじゃなかったですね。でも作り方はけっこうラフなんですよ。肩の力が抜けてるというか。オレがずっとリリック書きながら試行錯誤してるあいだも、みんなはリリックも決めずに鼻歌で録音して、そこから言葉を当てはめていく。で、それでできあがったものがめちゃくちゃいいっていう。言葉は通じないけど、そんな感じで音で黙らせてくる感覚に痺れました。今回参加してくれたアーティストはみんなその感じがあるっすね。

-そこで感じた海外勢のある種の“ノリ”はやはり日本では味わえないものですか。

なんなんだろう、あの感じ。やっぱり緊張してないってことなのかなぁ? 自分はいつも緊張感のほうが勝っちゃうんで、見習わなきゃいけないですね。さっき言った作り込まない方法論もLAでの彼ら彼女らの姿勢を見て気づけた部分で。

-LAで特に印象に残ってることは?

lil aaronと作った「Creepy Nightmare」は向こうでそのままMVの撮影もして。Overcastっていうビデオクルーといっしょに作って。向こうは10人くらいのクルーだったかな。楽しかったですね。みんなでセット作って、みんなでバイブスを高めあって。あと実はlil aaronには2〜3年くらい前にインスタでSoundCloudのリンクを送ってて。“聴いてくれよ”って。当時は全然返信なくて忘れてたんですけど、スタジオで彼がオレのアカウントをフォローしてくれて“おまえ、昔こんなDM送ってきたのか”って(笑)。恥ずかしかったけど、結局は彼といっしょに曲を作れてうれしかったっすね。

-ほかにもJez DiorやPhem、Wes Periodが海外勢として参加しています。

Jezとのレコーディングは向こうでのセッションの初日で、ガッチガチだった自分に彼は“ビールでも飲む?”みたいな感じでフランクに接してくれて。phemはすごいクールな感じのひと。オレらがその場で冒頭の電話のシークエンスを提案したら1発で決めてくれて、みんなで“すげえ!”ってなったり。Wesは滞在中いちばん遊んだアーティストですね。いっしょにメルローズの古着屋とかに行ったりして。向こうにいるあいだに彼の作品に入る予定の曲も作ったんで楽しみにしててほしいですね。

-かたや国内の客演勢はGottzさん、釈迦坊主さん、AAAMYYYさんという3人。チョイスの基準はありましたか?

リスナーの意外性を狙いつつも、この3人はシンプルにめちゃくちゃファンなんです。「Crow」でのGottzくんは持ち味のワイルドな感じを出してくれてめちゃくちゃ上がりました。釈迦さんは自分がSoundCloudで曲を発表してたころからずっと見てくれてた先輩だけど、これまでいっしょに曲を作ったことはなくって。そういう意味では念願が叶った。AAAMYYYさんも単純にめっちゃファン。自分の曲で柔らかい女性のボーカルが入ってたらいいなと思ったときにもうAAAMYYYさんしか浮かばなくって。最初に送ってもらったプリプロのデータからすでにバッチリすぎて。

-なるほど。自分は『vanitas』を聴いて、ある種の覚悟というか、“腹を括ったな”という印象を感じていて。もちろんソロ名義としての1stアルバムということもあるかもしれないですが。いまだれでも音楽を発表できる機会や仕組みが充実するなか、最終的に必要となってくるのは極論、覚悟みたいなもんなんじゃないかなと。その意味で、(sic)boyさんが音楽でやっていけるって思えたターニングポイントっていつだったのかなと気になっていて。

いまでも不安に思いますけどね。それこそパッと消えてっちゃうことだってあるじゃないですか、特に音楽だと。今回タイトルに『vanitas』って掲げたのも、そういうふうに消えてしまわないものを作りたかったから。たしかにアルバムのテーマを決めたときに腹を括ったという感じはあったかもしれません。音楽をはじめたときより責任感は増してる。同時に作ったものに対しては自信が持てるようにもなれたんですよ。

-音楽だけで生活できるようになったのはいつごろから?

『CHAOS TAPE』出したころぐらいかな……。それまでは“金ねえぇ”ってよく言ってた気がする。だから経済的に落ち着けたのは意外と最近ですね。お金をもらえるってことの責任も感じるな……。もちろん好きなものを買えたりするのはうれしいけど、社会的責任も感じてて。“こんなにもらってるんだから、やるしかないな”っていう。

-収入の数字がそのまま責任感にもつながるというか。では若いひと……10代でこれからラップをやっていこうと思ってる若者に対して、いまの(sic)boyさんの立場からアドバイスがあるとするなら?

なんだろうな……むずかしいな。自分はどっちかっていうと邪道なほうなんで(笑)。でもちょうど最近も自分の音楽を聴いてラップをはじめたって子に会ったりして“そういう子も出てくるのか”と思ったんですよね。自分から言えるのは“毎日なにかしら作ることが大事”ってことですね。歌詞でもメロディーでもいい。電車のなかでもリリックは書けるし、一日なにもしない日を作っちゃうのはもったいないと思います。一行でも、フロウひとつでも毎日考えておくだけで全然ちがうんですよ。毎日自分に宿題を出してあげるというか。自分は『(sic)’s sense』をリリースしてからずっとそれをやり続けてますね。そういう蓄積が行き詰まったときとかに役に立つ。めちゃくちゃピンチのときに助けてくれるのって、毎日書いたリリックぐらいなんじゃないかなって。すみません、生意気言って(笑)。

-いやいや、すごく大事なことだと思います。毎日なにかを作るって意識すること自体がさっきの覚悟の話にもつながってくるのかなと。

これは自分がもっと前からやっておけばよかったと思ってることなので、まちがいないです(笑)。

-ハハハ。本題に戻りましょう。アルバムをリリース後には恵比寿LIQUIDROOMでのワンマンライブも控えています。ライブへの意気込みはいかがでしょう。

今回のライブは自分のなかでも最長のライブになる予定なので、いまは絶賛準備中ですね。やるからにはクオリティーの高いものをみんなに観せたいので。今回はVJをJACKSON kakiさんというアーティストにお願いしていて。VJを呼んでのライブも初めてだし、めちゃくちゃ気合いが入ってます。

-なるほど。楽しみにしております。最後に来年の展望を伺ってインタビューを締めようかなと思うのですが。

現状、1年に1枚のペースでアルバムを作れてこれてるのでこのペースを崩さずにいきたいです。来年のことはまだわからないですけど、できる限り、体の動く限り、挑戦できればいいなと。1年に1枚出すのはめちゃくちゃ大変ですけど、できないことじゃないと思うので。で、ライブもさらによくしていきたい。ずっと目標にしてるのはフルバンドでのライブ。そこへの憧れはずっと変わらないけど、そのぶんしっかりメンバーを選んで準備しないと。果てしない旅ですが、やっていきたいです。

INFORMATION

(sic)boy『vanitas』

12月8日(水)リリース

01.vanitas
02.Crow feat. Gottz
03.Creepy Nightmare feat. lil aaron
04.FLN feat. Jez Dior
05.落雷 feat. 釈迦坊主
06. Misty!!
07.⽔⾵船 feat. AAAMYYY
08. BLACKOUT SEASON feat. phem
09. Last Dance feat. Wes Period
10. Heartache

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