MUSIC 2020.11.24

(sic)boy, KM 『CHAOS TAPE』
気鋭ラッパーと俊秀プロデューサーが描く順理成章な混沌

Photography-So Hasegawa Text-Keita Takahashi Edit-Akinobu Nagasawa
EYESCREAM編集部
EYESCREAM編集部

前作『(sic)’s sense』から9か月あまり。ラッパーの(sic)boyとプロデューサーのKMは新たなタッグ作『CHAOS TAPE』を完成させた。サウンドの監修すべてをKMが担い、LEXやJUBEE、vividboooy、Only Uらを迎えて制作された本作。さまざまなジャンルやスタイルを飲み込み、極めて東京的な混沌を生み出した(sic)boyの本懐を探る。

“東京は育った場所でありルーツ。
そしてずっと戦っていかなきゃいけない場所”

-まずは前段としておふたりがはじめてタッグを組んだ前作の話から伺っていこうと思います。前作『(sic)’s sence』においての成果はどんなところだと思いますか?

(sic)boy:前作はデモの段階からかなり試行錯誤した作品で、結局、最終的にできあがったものが180度変わってる曲なんかもあって。そういう点では自分の成長につながったEPだと思います。これまでの宅録りしてSoundCloudにアップするというスタイルから、もっと世界を広げられたというか。

KM:前作は1曲ずつ向けた層が微妙に違っていて。各々の曲がそれぞれの層に刺されば、と思って作ったんです。その意味では意図はだいぶ達成できたのかなって思ってます。

-当てたいところにちゃんと当てれたというか。

KM:そうそう。というのも、ストリーミングサイトのプレイリストに入るのって大事なことだと思っていて。彼はこれまでのファンはいるにせよ、あくまで新人。マスに向けてスタートさせるには、その戦略が必要かなと思って。だから曲ごとにプレイリスト入りも意識して、今までにない音を考えつつ、オルタナティブになりすぎないよう自分の中でリミッターをかけた部分はあります。

KM

-なるほど。では今作『CHAOS TAPE』の制作時期は?

(sic)boy:1~2曲は前作がリリースした時点でできてたんじゃないかな。前作を作り終えたタイミングで今回のアルバムへの意識はありましたね。

-あまりインターバルは置かなかったということですが、前作から今作に至るまでの変化はどんなことだと思いますか?

(sic)boy:基本的にそこまで意識の変化はなかったと思います。ただ曲数が増えて、アルバムとして聴いてもらうとなると、ラップや歌い方のバリエーション、いろんなジャンルへの挑戦は必要だと思っていました。

-今作は『(sic)’s sense』のころの印象からガラッと変わったと自分は感じていて。刹那的で退廃的なアーティストイメージから、よりポジティブな面が作品から感じられた。もちろんそれはリリック面もサウンド面においても。

KM:前作のころから彼が表現したいこと自体は一貫してると思うんです。ただ、それをそのまま出しちゃうと間口が狭まって、ファン層が限定されてしまうと思ったので、前作はあえてマイルドにしたんです。今作では彼の音楽性が幅広いということに対して期待感を持ってもらった前提があったから、リミッターを外して作ることができた。でも、リリックも前向きなものが増えたよね?

-たしかに。たとえば「Kill this」のリリックにある“生きてく意味を探すよりも死にたくない理由を探そう”みたいな言葉はこれまでになくポジティブに響くなと。

(sic)boy:そうですね。EPを作り終えて、反響をいただいてうれしかったし、聴いてくれる人がいるっていうのがすごい幸せなことだなと。そういったことも影響してるかもしれない。

-本作のリリックに目を向けると、“神様”、“悪魔”、“天国”、“地獄”などの言葉が多く出てきますね。こういった言葉は我々がアンコントロールな物事との対峙だったり、現実ではないどこかに向かっていくという意識の表れなのかなと受け止めたんですが、(sic)boyさんにとってどんな意味を持ってるんでしょう?

(sic)boy:「Heaven’s Drive」で歌ってる“神様の気まぐれに警戒”というのは、ここ最近のコロナの状況もそうだけど、アンラッキーなことも全部、責任の捌け口みたいな部分でそういう存在が別にあるってことはいいことなんじゃないかなと。そういった抽象的な言葉のひとつひとつにはもちろん自分なりの思いや意味があるけど、ある意味で受け取り方次第でもいいかなと思っていて。聴いてるひとの気分や状況によっても変わってくるし、変幻自在な言葉だなと思って気に入ってるんですよね。

(sic)boy

-そういった受け手側に共感を呼ぶ歌詞というのは(sic)boyさんの強みだなと思っていて。というのも、以前ライブを拝見したときにすごくオーディエンスからの熱を感じたんです。彼らや彼女らの(sic)boyさんへの情熱みたいなものはそういった部分に由来してるのかもしれません。それこそリリックのなかに“信者”という言葉も出てきますが、ご自身とリスナーとのあいだの距離感について理想のイメージはあるんでしょうか?

(sic)boy:ライブに足を運んでくれたり、音源をチェックしてくれたりするのって当然めちゃくちゃうれしいことで。やっぱりそうやって聴いてくれるひと、気にかけてくれるひとがいないと制作意欲も湧かないですよ。それに自分の表現したいものを作るにあたっての自信にもなります。熱心に聴けば聴くほど気づきがあると思う。それはKMさんのビートもそうだなと思ってます。

-制作期間中はコロナ禍の真っ只中だったと思いますが、制作への影響はありましたか?

(sic)boy:アルバムに対して集中できる時間が増えたし、そういう点ではマイナスに捉えてはないですね。もちろん延期になったリリースパーティー(※3月に予定されていた前EPのリリースパーティーはコロナウィルス感染防止の観点から延期)も残念だったけど、それはそれで割り切って前に進もうと思いましたね。

-今回の制作のなかでいちばん難産だったのは?

(sic)boy:いちばん難しかったのは「Set me free」ですかね。JUBEEくんとの楽曲。自分のパートはなかなかできなくて。メロディーを作るのは得意だと思っているんですけど、トラックに対してどういうテンション感でいけばベストなんだろうってすごい考えちゃって。でも悩んだ甲斐があっていいフックができたかなと。

KM:自分がいちばん時間かかったのは、アルバムを通して聴いたときに全体のサウンド的な流れがちゃんとつながるかどうかという部分。個々の楽曲というより全体の構造に関して時間をかけましたね。

-『CHAOS TAPE』というタイトルの意図についても訊かせてください。

(sic)boy:ゴチャゴチャしてるけど自分のなかで突き通したいもの、みんなに訴えかけるときにいちばんいい言葉はなんだろうって考えたときに“CHAOS”って単語を思いついたんです。でもカオスだからなんでもいいじゃなくて、自分が想定してるのはもうすこし整ったゴチャゴチャ感で。スカスカだとダメだし、かといって本当に乱雑なのも違う。そういう意味ではKMさんが言ってた全体の構成というのはアルバムのコンセプトとしても大事だったのかなって。

KM:そもそも彼から出てくる音楽って特殊で。ラッパーとして認知されてるけど、ロールモデルがないんですよ、キャラクターとしての。本来だったらロックなフロウやJポップっぽいフロウだったりを隠して、ヒップホップに馴染むように作るんだけど、それをやらなかった。なんでかというと、彼が東京で育っていろんな音楽を吸収してこのスタイルができたとするなら、それは日本人のヒップホップの新しい流れなんじゃないかなって思って。だから“CHAOS”って言葉以前にイメージしてたのは“東京”。それは今回のコンセプトとしてすこし考えてた。

-東京の持つ混沌としたイメージと“CHAOS”という言葉も合致しますね。

(sic)boy:東京は自分がずっと育ってきたところで、自分のルーツ。そして、これからずっと戦っていかないといけない場所というか。だからリリックでも何回も出てくる。アルバム全体を通じて“東京”っていうジャンルと言ってもいい。曲の捉え方はそれぞれ違うと思うんですけど、“東京”って言ったときにパッと頭に浮かぶイメージってけっこう共通してると思うんですよ。それが表現できれば。今回のアルバムもそうだし、今後もそこは変わらないと思う。

-(sic)boyさんの音楽性はリル・ピープ以降のエモラップの流れで言及されることも多くあると思うんですが、ご自身がそういったタグ付けに対してイエスかノーかはとりあえず置いておいて、客観的にエモラップの流行についてはどのように捉えているんでしょうか?

(sic)boy:エモラップってそもそもロックのリフとかを取り入れたビートのヒップホップってイメージだと思うんですけど、自分としてはラッパーがかつてロックキッズとして聴いていた音楽への回答みたいなことなんじゃないかなと捉えていて。エイサップ・ファーグとマリリン・マンソン、ポスト・マローンとオジー・オズボーンみたいなコラボレーションはそのわかりやすい例ですよね。個人的にはマシンガン・ケリーとトラヴィス・バーカー(ブリンク182)の共演はうらやましいなぁと思ったり。そういったロックへの愛をヒップホップ的に表現したものなんじゃないですかね。

KM:でも(sic)boyはリル・ピープ以降って言われるけど、自分の感覚ではほぼおなじタイムラインにいるアーティストなんですよね。クオリティが追いついて、リリースされたのが2018年だったというだけで。そもそも彼らはおなじ時期におなじ感覚でやってるんです、世に出なかっただけで。リル・ピープからの影響はもちろんゼロじゃないとは思うけど、その影響って音楽的な部分というより、自分がやりたかったことをやっていいんだっていう精神的なもののほうが大きいんじゃないかなって気がします。

-KMさんは年齢的に90年代〜00年代当時を通過しているので、より体系的に客観視できると思うんですが、このエモラップの流れをどのように感じていますか。

KM:でも歴史をたどるとヒップホップがロックを取り入れるっていう流れは綿々とありましたよね。それこそリル・ウェインがロックアルバムを出したり(2010年発表の『Rebirth』)。ただ、それをヒップホップサイドがよしとしなかった風潮があった。それは歴史も絡んだ話で、大きな壁だったと思います。ただ、当時酷評されていたリル・ウェインのあのアルバムだって近年は再評価されてきてるじゃないですか。壁がここ数年で崩れたなって感覚はありますね。

-とはいえ、KMさんはビートメイカーとしてはいわゆる典型的なリル・ピープジェネリックなビートっていうのはある意味で避けてきたんじゃないかなという印象もあって。それに関しては意図したものだったんでしょうか?

KM:そうですね。そもそもビート全般に対して、世の中に出回ってるタイプビート的なものよりすごいものを作らないといけないっていうマインドがあるので。いまUSのタイプビートってほんとめちゃくちゃ安く買えるんですよ。かといって日本人として世界を目指した動きをするにあたって、US的な意匠のみのビートを“これがオレのスタイルだ”って言えるかっていったらそうじゃない。日本に住んでて、安直にUSからの影響100%で作品に落とし込むっていうのは、それはヒップホップじゃない。自分と(sic)boyがやっているのは、日本人のヒップホップで、USのヒップホップじゃない。説明はむずかしいんですけど、精神的な部分で自分がヒップホップであれば、できあがった音楽がヒップホップじゃないと言われても全然いいと思うんですよね。

-そういったカテゴライズは、先のリル・ウェインの評価じゃないですけど、のちのち考え直されたりもしますからね。即時的なジャッジっていうのはそこまで意味がないというか。ちなみにKMさんがおっしゃる日本っぽさってどういう部分だと思いますか?

KM:自分たちはポップスを聴いて育ってるじゃないですか。それこそアトランタだったら小さいときからトラップ聴いて育ってるんだろうけど。逆に日本ってまだヒップホップのポピュラリティが海外に比べて低いぶん、ポップスで育って10代でいろんなカルチャーに触れて、ミクスチャー的な感覚が研ぎ澄まされてるんじゃないかと思うんです。そういうものが自然にアウトプットされてるんじゃないかな。

-今作のサウンドの部分でもうちょっと突っ込んだ話を訊こうかなと思っていて。KMさんは今作や最近のプロデュース作品において、現行トラップの流れを汲みながらも別の方向性を模索していますよね。かといって、日本のポップス的な音像とも違う。すごく独特だなと思っていて。こと今作においての具体的な方法論についてすこし種明かししてもらいたいなと。

KM:日本においてミックスのバランスってボーカルがいちばん映えるようにするのが通常なんですが、自分の場合はキックの部分により比重を置いているんです。たとえば「U&(dead)I」って曲では、キックが鳴る瞬間だけボーカルが消える作りになってる。その効果でバランスとしてキックにインパクトが生まれるんです。ただキックで声の部分がへこんでも、ボーカルが伸びやかなぶん、リリックはそのままスッと入ってくるんですよね。逆に「Heaven’s Drive」ではリリックを全面に押し出したかったので、キックの分量を減らしたりもしてて。あれだけスピード感のある楽曲なのにキック自体は意外と少ないトラックになってる。そういうバランスに関してはかなり試行錯誤しながら作ったと思いますね。

-ボーカル自体に作用するエフェクトやエディットも今作では多用していますね。

KM:それも「U&(dead)I」がいちばん凝った作りになってるかもしれません。それ以外の曲でも声を楽器として扱う感覚があって。別の曲のシャウトだけ持ってきて、エフェクト的な使い方をしたりもしてます。それは今回のようにアルバムの楽曲をすべてプロデュースしてるからできる部分なのかなって。

-なるほど。では最後に今後の展望を伺いたいんですが、今後やってみたいことや野望について考えてることがあれば聞かせてください。

(sic)boy:自分の曲をバンドで再現するというのはやってみたいことですね。高校生時代はずっとバンドをやっていたんですが、当時は自分で曲を作ってはいなかったので、自分の楽曲をバンドでアレンジしたり、自分でギターを弾いて表現できたらさらに楽しいのかなって思いますね。

KM:あとはビルボードチャートに叩き込むことでしょ。これはでも冗談じゃなくそのポテンシャルがあると思ってるんで。時代的にもそれが可能な時期にきてるんじゃないかな、日本のヒップホップシーンは。

(sic)boy:それは自分にとっても夢ですね。あとは5年後とかに“昔のほうがいい曲書けてたじゃん”って思いたくないんで、常にその時点で最高と思えるものを作っていきたいですね、シンプルに。それは今後リリースするたびに超えてかなきゃいけない壁だなって思います。

INFORMATION

(sic)boy, KM
1st Album『CHAOS TAPE』

収録曲:
1.HELL YEAH
2.Set me free feat.JUBEE
3.BAKEMON(DEATH RAVE)
4.眠くない街
5.Heavenʼs Drive feat.vividboooy
6.Pink Vomit Interlude
7.Pink Vomit feat.LEX
8.Ghost of You
9.U&(dead)I
10.走馬灯
11.Kill this feat.Only U
12.Akuma Emoji
13. Akuma Emoji (KM Back to 2002 Remix) ※CD限定

配信リンク: https://fanlink.to/CHAOS_TAPE
CD 購入リンク: https://tower.jp/item/5108234
レーベル:add. some labels

INFORMATION

リリースイベント
STEREO WAVE × (sic)boy,KM
『CHAOS TAPE』

場所:渋谷VISION
日時:12月12日(土)22:00~4:30
ラインナップ:
[Live] (sic)boy&KM、vividboooy、JUBEE、Only U
[DJ]オカモトレイジ、Jun Inagawa、FKAK(Lazy BOYS)
doooo(CreativeDrugStore)、No Flower(kiLLa) 他
イベント詳細ページ:
https://vision-tokyo.com/event/stereo-wave-6

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