BEAMS × スペシャの共同プログラム「PLAN B」Highlight : Season 6
from EYESCREAM No.169

PhotographyーRyuichi Taniura[P086-087,P090-091]、Margt[P088-089]TextーKentaro Okumura

BEAMS × スペシャの共同プログラム「PLAN B」Highlight : Season 6
from EYESCREAM No.169

PhotographyーRyuichi Taniura[P086-087,P090-091]、Margt[P088-089]TextーKentaro Okumura

BEAMSスペースシャワーTVによる音楽と映像の実験的プログラム[PLAN B]。2016年7月からスタートしたこの名物企画も、11月で遂にSEAMSON 6を迎えた。現在発売中のEYESCREAM No.169では、今年9月からの総集編として、Dos MonosAAAMYYY高岩 遼、計3組みのアーティストのクリエイティブの裏側にフォーカスしたインタビューを一挙掲載中。スペシャルダイジェストとして、彼らの“B面”をWEBでも公開しちゃいます。

9月:Dos Monos × 冨永昌敬
“普通の言葉を変調させるのがラップ”

ーDos Monosは、冨永監督の昔からのファンだった?

荘子it(以下、荘):そうですね。大学の図書館で冨永さんの「亀虫」(※1)をみて、すごく面白い作品を見つけてしまったなと不思議な気分になって、メンバーに共有したんですよ。
TAITAN MAN(以下、T):めちゃおもしろかったです。その後「シャーリー・テンプル・ジャポン 」(※2)も見せてもらいました。
冨永昌敬(以下、冨):へぇ、その辺から見てくれてたんですね。どちらも15年くらい前の作品で「普通の映画は作れないから日々実験するしかない」と思っていた頃。かなり変わった作品なので、その時期の作品を見てくれていたなんて驚きです。
:「亀虫」は単に自主映画を愛でる気持ちではなく、映画の美学としても成立してると思って、それは自分のやりたいことに近いなと思ったんですよね。
ー以前から両者は知り合いだった?
:3月の僕の映画の上映会に、荘子it君が来てくれたんです。上映が終わった後、ロビーで話しかけてくれて。同じ大学の映画学科の後輩なんだって。3年前くらいから映画学科の非常勤講師をしていたので「じゃあ学校で会ってた?」と聞いたら、荘子it君は僕が務める直前に中退しちゃってたっていう(笑)。
:(笑)。その後、最終日の上映にも行って、打ち上げに呼んでもらったんですよね。

ー荘子it君にはどんな印象を持ちました?

:自分が教えてる生徒にこの人がいたら良かったのになぁ、こういう人が映画を作ったら良かったのに、なんで辞めちゃったんだろうって思いましたよ。それでしばらくしてから、5月か6月くらいだったかな? 荘子it君から一緒にやりたいことがあると連絡をもらって、芸術学部の近くの喫茶店で話を聞いたんだよね。そこですぐに具体的な話になったかな?
:いや、とりあえず冨永さんがプロットを書いてみるよ、っていう流れになったはずです。それで僕たちも過去のライブ映像とか、mix前のアルバム音源やDos Monosのコンセプトなんかを長々と送りました。
:荘子it君にミハル・アイヴァス(※3)の「もうひとつの街」っていう小説があって「この本で描かれていることはDos Monosで表現したいことに近いんです」って言われて。そんなこと言われたら、買わなきゃいけないじゃないですか(笑)。これが面白いんだけど、また難しい小説でね。でもこんな難しい小説を読ませられるってなんて楽しいんだろうって思いました。これを音楽でやっている人たちの映像を作るってことは、俺も当然読まないといけないわけですしね。3人とも愛読してるわけでしょ?
:もちろん読んでないです(笑)。
T:荘子itに「こういうのがいいんだよ」って言われて「へえ…」みたいな(笑)。
:(笑)。2人は全然読んでいないけど、音源をつくった段階でコンセプトに共鳴するものがあったので、アルバムのタイトルでも引用したりしています。
:バイブルみたいなものなんだね。
:誰にも共有されてないバイブル……(笑)。

ーDos Monosは今回の制作にあたりどういう狙いがありましたか?

:PLAN Bは若い面々が多いから、僕らは逆にもうちょっと上の世代とコラボしたかったんです。それは音楽の世界で言う「フックアップ」だったり、単純に冨永さんの初期作品が好きという懐古的な趣味でもなく「先人の面白い表現をサンプリング的に使わせてもらう」という、トラックメーカー的な発想です。ミハル・アイヴァスにしてもそう。あくまで対等な関係性にある。対等なんだけど、同い年ではない人とやるっていうのは、俺らの世代には絶対ない感覚なんで。
T:普通のMVを撮ってもしょうがないなとは思ってて。もともと僕も演劇を勉強したり自分で演じたりもしていたので、何か物語があるものを作りたいという話になって、その時に最初にあがったのが「亀虫」でした。あの世界観を僕たちの今のセンスで作品に落とし込んだらどうなるんだろうって。
:そうやって、イメージをぶつけられるほうがやりやすいですね。よく「監督のイメージで」って丸投げされることがあるんですが、先にイメージがあったほうが動きやすいタイプなんですよ。結局作る時に一番大事になるのは、時間的・予算的な制限の状況の中で何ができるかを考えることだから。だからまず、あの小説を教えてもらったのがありがたかったです。読んだ上で自分なりに理解したつもりで台本を書いたけど、果たして3人がどう思ったのか……(笑)。
:僕もミハル・アイヴァスのことはそんなに分かってないですけど(笑)、冨永さんが吸収したことと、Dos Monosの感覚がいいバランスになっていて、面白いのを書いてくださったなって感動しました。
:僕は読んでいるから「わかる、わかる」って。
T:ぼくは台本を読んでも全然、何も分からなかったですね(笑)。でも読んだ時に「これは分からないほうがいい」って思いました。咀嚼せず、僕は素材になるだけでいいやっていう感覚だった。

ー分からないものを分からないままにしつつも、当日撮影を迎えたわけですね。

:はい。撮影当日も、台本を変えながら撮っていました。きっと、Dos Monosのテーマを面白いと思ってしまったからこそ、彼らの現在進行形の姿を追いかけるのではなく、一緒にフィクションを作ろうとしたんだと思います。この作品で重要なのは、3人は出演者でありながら、音響やBGMも全て担当しているということ。身も蓋もない言い方をしてしまうと、MVは「楽曲が鳴っている間に流れている映像」を作ればいい。これまではそこを丸投げされることが多かったのが、彼らから自発的にこうしよう、ああしようって言ってくれたおかげで、映画でもなく、MVでもないものを作っていけたように思えるわけです。
:僕らが音楽を作る時には、筋書きがないことは普通で「刺激的な瞬間が続いていればOK」って進め方をしています。訳が分からなくても、何か刺激的な瞬間に貢献していると思えるならよし。リリックを書く時も行き当たりばったりですからね。普段から「その瞬間に、ふっと何かを超えたものの蓄積体」として(作品を)見てるんです。その意味で、今回の制作もいつもの僕たちのやり方と共通するところがあったと思います。

ーどんな部分を楽しみましたか。

T:本編には棒読みしたり、館内放送風にしたりと、色んなパターンの発声が出てきます。それらが、最終的にはラップへと向かっていくんですけど、僕はこの「発声すること」そのもののグラデーションを楽しんだように思います。色んな発声……それが、3人の共同作業だったって感じですね。やっぱり僕は「亀虫」のコントの力学で物語が進んでいくセンスに憧れがあって。台詞が棒読みだったり、途中で突然切れたり、そういう「台詞をいたぶる感じ」にもめちゃくちゃ興奮するし、快楽なんです。読んでる途中で発話しているものが無下にされていく、初めてその主体になることができて、楽しいなぁって思っていました。
:書き言葉を生き生きとやる(表現する)っていうことがラップの根源だと思うんですよね。韻を踏むこと=ラップではないじゃないですか。ポエムだって韻を踏むし、音程を取る(歌う)ラッパーもいれば、そうじゃないラッパーもいる。究極的にラップってなんだって言ったら、フリースタイルだとしても、「書き言葉的な何か」で、それをちょっと気取った言葉を気取って言う、ということに尽きる。ラップをしてる時ってちょっと気取ってる瞬間があるんですよ。
T:気取る……とか、俺の解釈「色気」なんだけどね。
:うん、色気でもいい。普通の言葉を「変調」させるのがラップなんです。一見、第4話の中でだけラップしているように見えるんですけど、究極的には全てラップです。普通の喋り方はしない。映画で一番つまらない瞬間って、セリフを「物語の進行のために読まされてる」という状況の時で、それに関しては映画でも演劇でもラップでも同じことが言えるかなって。全ては音楽として作っていて、あくまで脚本の奉仕のための音ではない。

ーA面(普段の活動)に反映できるような「得たもの」があれば、教えてください。

:振り返ると「亀虫」の頃の作風に似たものがあったと感じますね。あの頃やっていたことをまた思い出させてもらったし、今試してみたかったことをやれた。昔やろうとしていて、いつの間にかほったらかしにしていたことに、再度挑戦できたというか。
T:「亀虫」にあった「何かが起きた派生からしか、次に進めない」っていうアウトプットの作り方を、この脚本を読んだ時にも感じました。僕は昔から冨永さんのそういうところを尊敬していて、僕もそういうタイプのリリック書き、ラッパーになりたいと思ってるんですね。でも、冨永さんは(イメージの)「飛び方」が異常なんですよ。A点からB点までの飛行距離が。たった800文字の言葉を連ねただけなのにすごい世界を描いている。それを、僕は16小節という縮小された中でやりたいなって、めっちゃ思いましたね。飛ばしたいですね。
:「飛距離」と言うと数値化されてしまうど、本当はその人ごとの実感が強固にあるはず。算出できるものではなくって、単純に感覚の違い。だからこそサンプリングを使うわけです。ロジックでは掴めないんだけど、わざと変なことをやっているんじゃない。その人にとっての確かな「実感」っていうものを、自分のロジックの中に取り込むことができる……それがサンプリングなんだなと再確認しました。
:昔途中でほったらかしにしてたものが約10年越しに実現できて、でもできたらできたで欲が出てくるんですよね。もうちょっとこうしたらよかったかな、って。だから一緒にまた何かやりたいな。全ての音をアーティストが担当するというのは、映画だとやらないことですからね。だからこそ、ここまでできたんだっていう実感がある。10年前だったら思いつかなかっただろうし、こういう作品づくりを今回だけにしたくないって思いますね。

※1…2003年の作品。「亀虫の兄弟」「亀虫の嫁」「亀虫の妹」「亀虫の性」「台なし物語」の5編からなる連作短編コメディ集。
※2…2005年公開。パート1と2があり、1はサイレント映画“風”の作りになっている。
※3…チェコの作家。他作品に「黄金時代」など。

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