中納良恵のフィルムライブが見せた新たな地平。監督・小島央大&プロデューサーEdi Makとともに語る

photography_Shin Hamada, edit&text_Takuya Nakatani

中納良恵のフィルムライブが見せた新たな地平。監督・小島央大&プロデューサーEdi Makとともに語る

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中納良恵の6年ぶりの3rdアルバム『あまい』の初回生産限定盤DVDとして制作された『Yoshie Nakano Film Live -sweetrip-』。テレビディレクターとしての顔も持つEdi Makをプロデューサーに、監督には気鋭の映像作家/映画監督の小島央大を迎えて、ミュージックビデオであり、ライブ映像であり、ドキュメンタリーでもあるというショートフィルムが完成した。

これがまた素晴らしい映像・音楽・時間・質感で、6曲それぞれ、基本ワンカットで撮影されているからこその緊張感と、いっぽうで親密な空気感もある、穏やかで特別な時間が流れてゆく。廃校からはじまり、夕暮れの海辺、そこから夜へと移ろっていく瞬間の桟橋、夜中のバス停、そして深夜のバスの中。一日がかりでさまざまな場所を移動しながらピアノを設置し、弾き語りの生演奏を収録した今回の映像作品について、中納良恵、Edi Mak、小島央大の三者に振り返ってもらった。

ー今回、このチーム編成で映像作品を制作することになった経緯からお聞かせください。

中納:(初回生産限定盤の)特典映像をつくるとなったときに、普通にきれいな映像だけというのはどうなんやろうと思った。もっと食い込んでもらいたいなと。Ediさんの手がけた番組にめちゃくちゃヤラれたので、どうにかやってもらえないかなと思って、共通の友人に聞いたらすぐにつないでくれた。次の日にEdiさんから電話をいただいていろいろ話して、Ediさんから央大さんを紹介していただいて、出来上がりました。

Edi:お話いただいたときに、絶対にやりたいなと思った。ただ、僕はリアルなものを追求することはできるんですけど、いかんせん僕だけだとしっちゃかめっちゃかにもなっちゃいそうだった。そこで、旧知だった(映像作家/映画監督の)山田智和さんに相談して、智和さんがいま信頼している若手の人とやらせてほしいと話したところ、央大さんを紹介してもらった形です。

ー中納さんからEdiさんへのオーダーはどういったものでしたか?

Edi:へんなところで歌いたい、というのはぼんやりとおっしゃっていた。

中納:それで最初は、軽トラにピアノを括りつけて東京23区をまわって歌う、という案もありました(笑)。「中目黒でゲリラライブをする」「コロナ禍でなくなってしまったライブハウスで演奏する」といった、そういう突っ込んでくる提案をいろいろしていただいた。

Edi:夕暮れの海辺で、日が落ちていって空の色が変わっていくなかでピアノの弾き語りをできたらいいですね、というのも最初のほうに提案していました。「こういうことやりたいね」というのを二人で話し合って、ある程度見えてきたところで央大くんにブン投げたら、すぐに構成をつくってくれた。

小島:最初、1曲だと思っていた。それが「6曲です、しかもライブです、しかも全部を一日で撮影します」となって。「曲めっちゃあるやん! すげえ!」って逆にテンションあがった。今回のは挑戦でしたね。

Edi:強烈な一日だったよね。

小島:三日間くらいに感じました。

Edi:特典映像ということだったので、良恵さんのことを知らない人が観て、いいなと思うことよりも、好きでいてくれている人が贅沢な気持ちになるようなものがいいだろうなということを考えました。良恵さんと丸一日デートしている感じで、いいポイントで歌まで歌ってくれて、なぜかそこにピアノまで置いてあるという(笑)。最後はバスで疲れ果てているけど隣で口ずさんでいるのが聞こえてくる、みたいな。最高じゃないですか。そこからデイトリップ的なコンセプトになっていった。細かい絵撮りに関しては央大くんがビシバシやってくれたので、当日、僕はなにもやることがなかったくらい。

小島:一番、デートしてましたもんね。

Edi:贅沢でした。曲と曲のあいだのドキュメンタリーのところは僕が撮ったんですけど。ただのデートですね。

ー基本は長回しで、曲ごとにほぼワンカットの映像でした。

Edi:僕らのミスで、二、三回やりなおしはあったんですけど。でも基本はワンカット。

中納:ライブでしたね。

小島:ワンカットのほうが中納さんの世界観に入り込めるし、主観で観られるし、集中力が途切れない。そういう意味でもワンカットで撮影するのが一番いいなと。

Edi:デートなのでいろんな主観(=カメラ)があったらへんじゃないですか。そういう意味で、iPhoneで撮るパターンも考えたりしたんですけど。最終的にはいまの形に落ち着きました。

中納:ずっとふわふわしていました。あの一日は。

Edi:当日は何時起きでした?

中納:4時半くらい。

Edi:撮り終わりが深夜1時くらいだったので。

中納:最後のバス、半分寝てましたもん。演技じゃなく。「これも狙いかな」と思いながら。

Edi:追い込んでいくのはドキュメンタリーの基本手法ですから。追い込むことで感情が出る。撮影チームが次の曲の撮影準備をしているあいだに、僕がインタビュー部分を撮って。主役を休ませない。

中納:ずっと集中して、ずっとふわふわしていた。ナチュラルハイみたいな。

ーロケーションの意味合いも聞かせてください。廃校、海辺、バス停、バスの中と巡ります。

小島:観る人によって意味合いは変わるかなと思うんですけど、僕的には、母校に忍び込んだり、懐かしい道を通ってバス停で一緒にバスを待っていたり、そういった甘い記憶が引き起こされるような。やさしい、懐かしい、ちょっとロマンチックな記憶、みたいなのが場所設定にはある。千葉の館山で撮ったんですけど、たまたまそこに揃った。

Edi:学校、侵入するもんね。

中納:夜にプールで泳ぎますもんね。桟橋もすごく素敵で、あんなロケーションで自分がピアノを弾いて歌えるなんて。そういうふうにセッティングしてくれていることがすごくうれしかった。みんなパワーがみなぎっていたから、それに応えたいというか。絶対に無駄にしたくないなって。

Edi:央大くんのチームが本当に若い才能が集まっていた。みんな二十代だよね?

小島:そうですね、同世代なので。

中納:央大くんっていまいくつ?

小島:26です。

中納:おおーっ。才能溢れていますね。刺激的でした。

小島:なかなかハードでしたけど、楽しかったです。

Edi:一番たいへんだったのは?

小島:ロケ地選びですかね。6曲を一日で撮り終えるためのスケジュール感で、絵的にもよくて、ストーリー性もあって、という場所が果たしてあるのかなって不安でしたけど。千葉の海沿いはだいたいまわりました。

Edi:よく全部揃ったよね。学校見つけられたのも大きかったよね。

小島:ロケハンしていて、「なんか感じる」って思ったらたまたま。

中納:感じる?

小島:ロケ地を感じるときってあるじゃないですか。

中納:へええー。

小島:あそこの角を曲がれば、って。

Edi:そういうレベルで? マジ?

中納:めっちゃ動物的。

小島:はい。ロケハンしていくとそういう嗅覚は強くなる。

Edi:ロケ地選びは結構、今回の核ではあったもんね。

小島:でも、それが決まれば意外とさくさくと進んだ。

Edi:ススキが無くなっていた事件はあったけど。

小島:「あなたを」の曲を撮った海辺の場所ですね。撮影前日に下見に行ったときはススキが生えていたのに、当日いったら全部刈られていた(笑)。

Edi:何度もロケハンして、前日も「ここだ!」ってなっていたのに。夕焼けにススキがきらきら輝いて、という想定だった。当日行ったら「どうしたんだ……!?」って笑ったもんね。そんなことあるんだ! って。

小島:スタッフ15人くらいで約一時間、その刈られた草を拾ってきれいにしてから撮影した。

中納:カメラワークも細かかったもんね。

小島:そうですね。結構、事前に考えています。決めたうえでそれを崩していく、というほうがおもしろいかなって。

Edi:撮影のときってなに考えてるんですか?

小島:基本的には、この曲のこのタイミングでこういうのがあったらすてきだな、ということの繰り返し。その「点」をつなげていく。

Edi:その「点」が央大くんは多いんだろうね。

小島:「映画監督でありたい」という思いはあるので、映像を映画的に捉えるというのは基本としてあります。

Edi:映像を映画的に捉える。

小島:映画って、それぞれのキャラクターにとって人生で一番おもしろいところを映画にしている。映画を通して、その人が伝説みたいになるじゃないですか。そういうことができる。伝説をつくっていくというか。それがミュージックビデオでもできたらいいなって。

中納:ミュージックビデオと映画はどう違うんですか?

小島:映画は長いかなーって。それだけです。

(一同笑)

Edi:すごい。クジラとイルカの違いみたいなもんだ。

小島:ミュージックビデオを一年間撮り続けたら勝手に映画になっちゃうなーって。映画は長いからこそ、人の本性が現れるところもあるし、感情の流れが大事。絵づくりよりもそっちのほうが重要。やっぱり後世に残るものだから、すごくいいものをつくっておかないといけない。

Edi:そこがテレビとは全然違う。テレビって「残る」という感覚がない。パッと出したら失われて、またつくるという繰り返し。ワンカットに対する執着みたいなものが少ないというか、執着してられない。央大くんは、そこがテレビマンとは全然違う。今回のライブ映像は、その中間みたいなところがあって、そういう違った両者がうまくハマった。

小島:ミュージックビデオならではのよさとパフォーマンスならではのよさを合わせたものができたかなって。6曲ということでショートフィルム的な要素もあった。

小島:一番好きなのどれですか? 気になるんですけど。

Edi:僕はね、「あなたを」と「夢」は、すごく好きです。曲もすごく好き。

中納:うれしい。

Edi:良恵さんの声と、波の音や風の音の相性もあるんだと思うんですよね。そのすべてが溶け合って曲になっている。廃校では鳥のさえずりが入っていたりもするんですけど。自然に存在している音と良恵さんのピアノと声の相性がいい。あの日、あの瞬間でしか撮れないものばかりでした。

中納:「夢」では、一曲のなかでも空の色が変わっていく。

Edi:曲の頭と終わりで空の色が全然違う。地球にも参加いただいた。

中納:本当そんな感じでしたね。

小島:良恵さんは?

中納:私は……「オリオン座」かな。

Edi:央大くんも「オリオン座」じゃなかったっけ?

小島:僕は「オリオン座」と「おへそ」ですね。

中納:みんなで一緒につくっていて、デートって設定になってるけど、すごくポツンとした感じが「オリオン座」にはあった。超孤独感というか、それが、なんだろう、心地よかった。不思議な時間でしたね。夜も更けていった頃で。

Edi:「オリオン座」は、泣きそうになりますもんね。寂しい。

中納:寂しい。そうですね。

小島:音と音のあいだがすごくよかった。

中納:プレイバックを観ても、自分じゃないみたい。幽霊っぽいというか、祭りのあとというか。

Edi:疲れがピークのときですもんね。その次の「おへそ」はバスで口ずさむだけだったから。「おへそ」は、疲れ果てている空気感があって、それはそれでよかった。本当のリアル贅沢は「おへそ」だなって。あの囁き。

中納:「おへそ」ではもうピアノ弾かなくてよかったから。寝よう、くらいの感じでいけた。 「オリオン座」は、最後の全集中というか。最後のバスは宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」みたいやった。

小島:最後の二曲(「オリオン座」と「おへそ」)は、宇宙感ありますよね。広がりがすごい。

中納:ここ数年、「ミュージックビデオに出なくてもいいでしょ」という思いがだんだん増えていた。リップシンクってあまり好きじゃないんですよ。なんか恥ずかしくなる。

Edi:今回のは映像に意味がありますもんね。

中納:今回こうやって生でやらせてもらって、映像もきれいで、これやったらお届けしたいってすごく思えた。ミュージックビデオやし、ドキュメンタリーやし。そのへんはお二人とやらせてもらえたというのが出ている。生々しいというか。「生きてる」って感じでした。


INFORMATION

中納良恵『あまい』

2021年6月30日(水)発売
[初回生産限定盤(CD+DVD)]
¥4,730(税込) TFCC-86762~3
DVD:Yoshie Nakano Film Live -sweetrip-(動画がスマホなどで再生できるQRコード付)
特典:良恵のあま〜いフォトカード10枚
[通常盤(CD)]
¥3,300(税込) TFCC-86764

〈CD〉
01. オムライス
02. オリオン座
03. Dear My Dear
04. SA SO U
05. 同じ穴のムジナ
06. 待ち空 feat. 折坂悠太
07. あなたを
08. ポリフォニー
09. 真ん中
10. おへそ

〈DVD〉
『Yoshie Nakano Film Live -sweetrip-』
Dear My Dear
SA SO U
あなたを

オリオン座
おへそ

・中納良恵「あまい」特設サイト
https://nakanoyoshie-amai.com

■ 中納良恵 live tour “あまい“

9/01(水)名古屋市芸術創造センター
9/03(金)広島クラブクアトロ
9/08(水)LINE CUBE SHIBUYA
9/14(火)NHK大阪ホール
9/24(金)札幌 道新ホール
10/2(土)福岡 電気ビルみらいホール

オフィシャルサイトにて先行チケット受付中
https://nakanoyoshie.com

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