“あなたに逢いたくて”〜EYESCREAM的人物図鑑〜 Page.05 Margt

Photography-Syuya Aoki, Edit-Mizuki Kanno

“あなたに逢いたくて”〜EYESCREAM的人物図鑑〜 Page.05 Margt

Photography-Syuya Aoki, Edit-Mizuki Kanno

例えばちょっと昼過ぎの、なんかモラトリアムな時間に、交差点やなんかを渡っていると『今、すれ違ったあの人、何をやっている人なんだろうな』とか気になる人が稀にいる。これだけ聞くと、どんだけ危ない思考で街を歩いているんだよ、と突っ込まれそうだが、何気なく気になる人というのは、人間の本能的な細胞的な何かが、こんがらがって脳に指令を出しているという、いわゆる1つの繋がりがある人物なのだとか(そうでないとか)。ならば話しかけてみましょう、相手は人間なんだもの。言葉通じるでしょ。そして教えてもらいましょう、あなたのこと。そう、あなたに逢いたくて、ここにカメラマン連れてテレコ片手に歩いて来てるんだよ。という連載“あなたに逢いたくて”〜EYESCREAM的人物図鑑〜。魅力のあるクリエイターやアーティストをEYESCREAM目線で勝手に紹介させていただく。5ページ目はクリエイティブユニット、Margt

Margtとの初めての出会いは「PLAN B IN TAIPEI」取材に遡る。ニューヨークから台湾入りしたという2人がこの現場を束ねるディレクターだった。二泊三日の台北取材中、行動を共にしたもののいまいちその実態を掴むことができず。帰国後改めてMargtを調べてみると、Tempalayやchelmico、TENDRE…..などのMVの作り手だったことが判明。あ〜と思わず声を上げてしまった。ありとあらゆるフィルターが溶け込んだような不穏な世界観を作り出したかと思えば、人の素心を写し撮ったドキュメンタリー映画のように穏やかな映像まで。彼らのイマジネーションは果てなき広がりを見せていた。そんな折にMargtがニューヨークから一時帰国するとの一報を耳にしたので、彼らのメディア初取材を遂行。「世の中に一矢報います」と登場した2人。冗談なのか本気なのかわからないその言葉を、思わず信じてみたくなるのがMargtの魅力なのかもしれない。

Arata(L), Isamu(R)

ーまずはMargtが何者なのか、自己紹介をお願いします。

Arata:俺がグラフィックでIsamuが映像担当のクリエイティブユニット。って紹介するときは言っていますが、2人でカメラを回すこともあるし、何を作るにもベースを考えるときは2人だから、大きな役割分担は特にないですね。

Isamu:実際に手を動かすことで考えたら、グラフィックはArata。撮った素材の編集は俺。

Arata:今はニューヨークが拠点だけど、この先もずっとそうかはわからない、神出鬼没のオールラウンダーですかね。

ーベタですが、2人の馴れ初めを教えてください。

Arata:2人とも出身は兵庫ですが、特に面識はなく。でも、高校の時から共通の知り合いを通して、Isamuの名前は耳にしていました。とんでもないイケメンがいるらしいぞと。

Isamu:いぇ~い(笑)。

Arata:(笑)。実際に対面したのは社会人になってからですね、しかも東京で。その友達と呑んでいて、Isamu呼ぼうぜって。

Isamu:そこが出会いの瞬間なんですが、俺もちょうど呑んでいたときだったので、まぁ酔っ払っていて。あまり覚えていないです(笑)。 その後、みんなでキャンプとか行くようになって、五右衛門風呂に一緒に入って仲を深めて。その頃、「ニューヨーク行きたいんだよね」「あ、俺も俺も」みたいな話はしていました。後にMargtとして一緒に活動するとは露知らず。

ーそもそもなぜ2人とも渡米しようと思ったんですか?

Arata:俺は美大を卒業した後に、広告系の会社の制作班としてグラフィックデザインを担当していたんですが、2ヶ月くらいで辞めたくなって。日本社会は難しいですよね(笑)。最初は服が作りたくて、ニューヨークで勉強しようと思っていました。Isamuは最初から映像志望だったよな。

Isamu:俺も同じく就職したもののすぐに辞めたくなって、その頃は趣味程度の動画のスキルしかなかったので友達に相談してみたら、「アメリカでも行ってみれば?」って。学生時代に行ったことがある海外の中で、一番面白かったのがニューヨークだったので、行ってみることにしました。お互い別の軸で生活していたけど、その辺から道が重なってきた感じです。

Arata:向こうに住む前にもMVを3作品くらい撮りました。UCARY(UCARY & THE VALENTINE)が共通の知り合いで、ノリと勢いで撮ったUCARYのMVがいわゆる俺らの処女作。

Isamu:俺とArataとGoogle先生の共作。中古で手に入れたGH3っていうPanasonicのカメラの初戦ですね。MVは音を流しながら、口パクで撮るらしいとか言ってるレベルでの(笑)。それが「NEW DANCE」。

ー最後のクレジットにMargo’s DeaDって書かれていますよね!

Arata:確かこの撮影の時にチーム名つけようぜ、ってなって、MVに出てくるチョーク・アウトラインのシーンから、何かが死んでるみたいな名前にしようって。UCARYが最近観た『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』っていうアメリカ映画に出てくる、マーゴっていう奴が良かったから、そっからMargo’s DeaD。俺らはその映画をどっちも観ていなかったから、この名前は全然俺らに関係ない(笑)。後々、DeaDて怖いイメージだから、仕事こなさそうじゃね? ってなって今はMargtでやらせてもらっています。

Isamu:とにかくこの撮影は楽しかった記憶しかない。3人でスケボー乗って、ロケハンして。俺が必死に編集している横で、UCARYとArataが踊り狂っていて。俺らの原点ですね。こうやって楽しいことを、死ぬまで続けて行きたいなと思いました。

ーそこからいよいよニューヨークへ。

Arata:I am Arataの英語の知識だけ持って渡米しました。そっから4年半くらい、Isamuも一緒にブルックリンのシェアハウスに住んでいました。

Isamu:俺は留学していたこともあるし、ある程度は話せる自負があったはすが、行ってみたら全くで。もともと寡黙な方ではあるけど、ハハ〜くらいしか返せなくて、めっちゃつまんないやつでしたね。

Arata:2人とも社会人時代の貯金でなんとか頑張っていたけど、ど貧乏で。さまざまな安くて不味いものを食べて生活していましたが、特に印象的だったのが缶詰のウィンナー。10本くらいが鉄砲の弾みたいに詰まっていて。

Isamu:10缶で5ドルとか。ゴムみたいだったな。

Arata:あれだけは結局不味くて食えなかった。

ーそんな状況から、どうやってコミュニティーを広げていったんですか?

Arata:友達もいないし何もできなかったから、全然知らないアーティストでもとにかくライブハウスに足を運んで、撮らせてよって声をかけまくりました。仲良くなって呑みに行って、俺はまだ英語が話せないからIsamuが会話して、俺はノリ担当。あとは、かっこいいと思ったバンドに「お前らのバンド、クール」って書いて、とにかくメールを送るの繰り返し。

Isamu:50通送って、1、2通返ってくるみたいな。

Arata:しかも返事がきたところでその先には繋がらない。そんな日々を2、3年過ごしました。

Isamu:でもArataが酔っ払って友達になったラッパーのMVは、印象的だった。低予算だったけどいろんな人に手伝ってもらって、すごく楽しかったし、めちゃめちゃいい作品ができました。

Arata:俺が駅のホームで目が合った黒人ラッパーのMVね。ラップしてるって言ってたから、じゃあ映像撮らせてよって話をして、実現したんです。

Isamu:めちゃめちゃかっこいいから、ここに載せて欲しいんだけど再生回数が…….(笑)。一万人くらい買っとくか。

ーいえ、載せますね(笑)

ー先日放送された、PLAN B IN TAIPEIをはじめ、TempalayやTENDOUJI、SPARK!!SOUND!!SHOW!!やchelmico……などなどEYESCREAMとも親和性の高いアーティストのMVでよく2人の名前を見かけます。ここに至る分岐点になった作品はありますか?

Arata:Tempalayの「New York City」?

Isamu:AAAMYYYとは渡米前から知り合いで、TempalayがSXSWに出演するきっかけで、シェアハウスに泊まりにきたんですよ。そこで、MV作ってよって。“全ての人に訪れる、最高の瞬間”っていうのがテーマだったんですけど、最初は俺らの好きと綾斗(Tempalayのヴォーカルである)の好きが一致していなくて、苦戦しました。悩んだ挙句、全ての人が喜んでる瞬間を撮り続けようってなって、12月24日〜31日のカウントダウンまで毎日街に出で、いろんな人をとにかく撮影しました。しかも納期が年明けすぐなのに、Arataがそこで体調を崩して3日間部屋に籠城して。

Arata:その間Isamuは編集の鬼と化してたな。確かに「New York City」で、Isamuもいろんなこと試していたし、あそこからMargtの作風も何となく変わったから、今思えば分岐点だったかな。そこから、綾斗がTENDOUJIを紹介してくれたりと、人との繋がりも広がっていったので。

Isamu:途中の速いカットなどそれまでも試してみてはいたけど、こんな風に速くしたり、エフェクト使ったり、今に繋がる手法を取り入れたのはこの時が思えば初。

Arata:まぁ綾斗には「Margtが撮ったMVは再生回数が伸びない」って言われていますが(笑)。

ーそれは買って解決しましょう(笑)。それでは2人が思うMargtのカラーを教えてください。

Arata:うーん。一言で表すと難しいですが、もしかしたらコンセプトは“カオス”なのかもしれない。やりすぎているくらいの世界観が結局のところ好きなのかなと最近気づきました。映像もグラフィックもそう。映像は割と序盤から毒のある色使いとカットを速くすることでカオス感を強調していましたが、2人の中でそれがかっこいいに落ちて行った瞬間があって、グラフィックも徐々にそっちの方向にシフトを合わせていきました。

Isamu:お互いのルーツが意外と違うので、音楽の好みも共通して好きなアーティストはブリンク 182くらいだったし。だから最初の頃はその“好き”のすり合わせは大変だった気がする。でも2人で作り続けてきたから、分かってきた。

Arata:好み違ったっけ?

Isamu:当初のArataのグラフィックと今、結構変わった。もっとスッキリしていたというか、ミニマルな感じ。

Arata:確かに。“Margtとして”をすごい考えるようになった。社会人時代はクライアントの意見を吸い取って、俺の個性は出さずに、商品の色をだすっていう訓練を受けていたので、好きに作っていいよっていざ言われると、どうしようってなっていた面は最初の頃はありました。

Isamu:最近は映像とグラフィックのトーンが合ってきたので、2人のサークルが重なる部分がありますね。

Arata:Margtとして一つになってきた感はある。

ー「NEW DANCE」を作った時のように、今もMargtとして楽しんでいますか?

Arata:はい! ですよね?

Isamu:より楽しくなっています! 自分が作りたいものを作って、お金が貰えるとは…….。ずっと好きなことはあったけど、共感してくれる人はいなくて、だから普通に大学行って就職して、このまま社会のレールの上を走るのかと思っていたけど、試しに自分を信じてみてよかったです。今の世の中の好きともしかしたら、ずれているかもしれないですけど。

Arata:まぁ社会的に考えると今の年齢でこの状況は色々と問題ですけどね。生活水準が(笑)。マスに響くようなわかりやすいものもいいとは思いますが、まだまだカウンターカルチャーを信じたいので。

Isamu:世界の広さを知ってしまったから、もっと面白いことができるんじゃないかっていう可能性も無限に広がっていきました。もっと海外アーティストのMVにもチャレンジしていきたいですし。大前提として、日本は大好きですけどね。俺らアイデンティティーはしっかりと日本人なので。

Arata:ニューヨーク在住っていうのを何となく、かっこいいと捉えてもらえる日本の風土は利用しますが、結局拠点は関係ないと思っています。こっちにいるからいい仕事ができるかって聞かれたら、それは全く別問題で、日本に住んでいた方がむしろ仕事はあるかもしれない。でも、せっかく日本社会に抗ってこっちにきたんだから、どうせならこのまま抗い続けて、爪痕を刻みつけたいと思っています。

Isamu:ニューヨークに住んでいたというパフォーマンスだけ残すんじゃなくて、どうせならでかい夢を! 締まった!

Arata:場所じゃない、やるかやらないかだ! 違うな(笑)。

ー(笑)。締めの言葉どれで行きましょう。

Isamu:うーん、とりあえずトイレに行くタイミングがわからなかったので、行ってから考えます!

Arata:5年後にもう1度、インタビューをお願いします(笑)。心に刺さる締めの言葉を瞬時に放てる2人になっていますから。

Margtがディレクターを努めたTENDREのニューシングル「VARIETY」がSPACE SHOWER TVの10月のPOWER PUSH!に決定した! 2人の活躍を引き続き、追いかけて行くとしよう。

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