〈音〉の探求 supported by KEF
#02 / 江﨑文武 × MELRAW:後編

〈音〉の探求 supported by KEF
#02 / 江﨑文武 × MELRAW:後編

音楽の聴き方は、言ってしまえば人それぞれだ。特に、音楽を聴く媒体や方法、さらに音楽の好みそのものが多様化した今、日々の生活にフィットする方法を選ぶことこそが、その人にとっての最適解だろう。とはいえ、だからこそ、贅沢な音の世界を体験する機会があってもいいはず。なぜなら、「いい音」で聴くということは、より広く、より遠いところまで、音楽の世界を探究することだから。「いい音」で音楽を聴くということは、以前は気づかなかったミュージシャンのきめ細やかなこだわりから、個々のプレイヤーのクセ、現場の空気、におい、温度まで、あらゆることを生々しく体験するということだ。

1961年の誕生以来、“原音再生”にこだわり続けているイギリスの名門スピーカーブランドのKEFは、高い技術力と分厚い歴史を背景に、ハイファイなスピーカーやヘッドホンをリスナーのもとに届けている。このシリーズはそんな奥深い音の世界をKEFとともに覗くもので、今回、この第二回には、江﨑文武とMELRAWこと安藤康平の2人をお迎えした。

WONKとmillennium paradeの一員として、あるいはKing GnuやVaundyなどのレコーディングメンバーやプロデューサーとして、さらにはソロアーティストや劇伴作曲家として、横断的で多彩な音楽活動を繰り広げている江﨑。そして、その江﨑とともにmillennium paradeに参加し、WONKのサポートを務めるほか、King Gnuや米津玄師やDC/PRGなどのライブ/レコーディングに参加してきた多忙なマルチプレイヤー、MELRAW。ここでは、KEF MUSIC GALLERYでおこなった2人の対談を、前後編でお送りする。後編では、それぞれが考える「いい音」や音楽を聴く環境、音楽を聴くという体験それ自体の魅力、あるいは人間とテクノロジーの関係など、幅広いテーマについて2人が語らった。

〈音〉の探求 supported by KEF #02 / 江﨑文武 × MELRAW:前編

—制作者としては、どんな音が「いい音」だと思いますか? もちろんお2人は様々なバンドやプロジェクトに参加されているので、その都度異なるとは思うのですが。

江﨑:「いい音」って、おそらく時代ごとに変わっていくものですよね。人間の脳の慣れや変化も大きいですから。制作者としては、音響の分野の最先端で研究されていることを反映させて作品を作りたい、と考えています。最近はハイレゾでの配信が当たり前になって、高域も低域も広いレンジで聴けるようになったので、当然それは意識して作らないといけないですよね。あと、仮想的にではありますが、サラウンドで音楽を聴くことも当たり前になりつつある。そういう時代の最先端、音響技術の発展には、きちんとついていきたいです。

—最近はApple Musicの空間オーディオやソニーの360 Reality Audioなど、立体音響やイマーシブオーディオが盛り上がっていますね。

江﨑:ええ。なので、WONKでは既に取り組んでいるんです。新作『artless』は、お世話になっているスタジオで特別にドルビーアトモスの環境を組んでもらって、ミックスを仕上げました。Apple MusicではAirPodsなどとの組み合わせで、空間オーディオでお聴きいただける作品になっています。ミックス作業は、めちゃくちゃ楽しかったですね。ギターやボーカルのふわっとした感じを表現できるんです。ドルビーアトモスやIMAXの映画館で、音響の紹介映像がよく流れるじゃないですか。ああいった、色々な方向に音を散らした空間オーディオならではの曲も作りました。リリースされた後、どう聴いてもらえるのかが楽しみです。

—それは期待が高まりますね。

江﨑:とはいえビョークなどのアーティストは20年ほど前からサラウンドに取り組んでいましたし、そもそも音楽って、本来サラウンドじゃないですか。360度、全方向で鳴っている音を左右2つのチャンネルに収めてしまうこと自体が、極めて近代的な方法論なんです。なので、楽器奏者としては、テクノロジーを使うことで音楽本来の自然な響きに戻れるんじゃないか、とも考えています。

—『artless』を聴かせていただいて、KEFのスピーカーのコンセプトにも非常に合っていると感じたので、この環境で聴きたいなと思いました。

江﨑:そうですね。現場の音や空気を大事にした作品なので、鳴りはすごく気持ちいいと思います。

—MELRAWさんは進化する音響テクノロジーについて、どうお考えですか?

MELRAW:文武が言ったことを踏まえたうえで、僕はなんだかんだで生音が好きなので、レンジの広がりなどを過剰なものにはしたくないんですよね。不自然にデジタルすぎる音やピカピカした音にはしたくないなと。それよりも、「このシンセの音はもっとギラっとしているんだけどな」とか、「この音はもっと太いはずなのに」とか、そういう音色のちょっとした曇りをなくして、いい音をいい音のままで届けるために新しいテクノロジーを使いたい。だから、僕の考え方は、KEFの“原音再生”というコンセプトに近いのかもしれません。

江﨑:「スマホのスピーカーで聴く人が多いから、ロー(低音)感は手を抜いてもいい」という考えが滲み出た音楽が、最近は多いと感じるんです。でも、「それでいいの?」と僕は思いますね。人間の耳が聴ける範囲内の音は全部使って音楽を表現した方が、面白いものが生まれるんじゃないかなと。

—現代は、色々な再生環境を想定しないといけないわけですよね。

MELRAW:僕らもミックスチェックの段階で、色々な環境で聴くんですよね。そういえば、2020年にMELRAW feat. kiki vivi lilyで「melty melty」って曲を出したんだけど、あの曲のべースがどこへ行っても再生できなくて(笑)。

江﨑:低すぎるんですね(笑)。

MELRAW:そうそう(笑)。

—作り手の意図した音が再生できないのは、悩ましい問題ですね。制作者としてではなく、リスナーとしての「いい音」やいいリスニング環境とはどんなものでしょうか?

MELRAW:やっぱり、トゥ―マッチじゃない音が僕は好きですね。それはボリュームだけで計れるものではなくて、ある程度大きな音量でかけても聴き疲れしない、邪魔にならない音というのが、生活の中で音楽を流しておきたい人間としては大事なんです。

江﨑:またプロダクトの話になりますが、一つのスピーカーで全方位に音を散らしてくれるものがKEFから出たら嬉しいなと思いました。僕らは家の中の色々な場所でご飯を食べたり掃除をしたりするわけで、そういう時に一個のスピーカーから全方向に音が出ていたらいいなと。ステレオ環境で音楽を聴ける場所って、特に家の中では限られてしまうので。スピーカーのメーカーとしては、「これくらいの天井高の、直方体に近い部屋で聴いてほしい」とか、「左右のスピーカーをこう配置してほしい」とか、そういう思いがあるとは思うのですが。

MELRAW:日本のマンションの一室では難しいよね(笑)。

江﨑:変な場所に梁があったりするからね(笑)。それと、モノとしての美しさやインテリアに馴染むことも大事だと思うので、その方向に全振りしたKEFのプロダクトも見てみたい。KEFのUni-Qドライバーは色々なユニットが一つにまとまっているものだお聞きしたので、そういうインテリア的なスピーカーへのアプローチもできるんじゃないかなと思いました。

MELRAW:関係ないけど、Bluetoothスピーカーが登場した時に、流行らないだろうと思ったんだよね。あれを買ってまで音楽を聴く人がそんなにいるのかなって。

江﨑:でも、ちゃんとした据え置き型のスピーカーとスマホのスピーカーの中間のニーズが、意外とあったんですよね。リスナーはみんな、スマホのスピーカーの音質は良くないって、薄々気づいているんでしょうね。

—ただ、Bluetoothスピーカーについてもそうですが、音楽を聴く時に手軽さというのは大事なポイントですよね。

江﨑:そういう点で、KEFのスピーカーがAirPlayに対応しているのは嬉しいですね。音質の劣化がBluetoothよりも少ないですし、あの手軽さを体験すると、Bluetoothのペアリングが手間に感じちゃうんです。たとえば、友だちが家に遊びに来て、「いい音源があるんだよね」って音楽を流す時は、AirPlayでぽんと飛ばせる方がいい。その方が、みんな幸せになれると思う(笑)。新しい規格への前のめりなトライは、これからも続けていってほしいです。

—一方、音質については、ロスレスやハイレゾがストリーミングで手軽に聴けるようになって、「音楽をいい音で聴きたい」という需要も高まっていると思います。

MELRAW:僕らが「いい音で聴かせたい」と一方的に発信しても、リスナーが求めていなければ、聴いてもらえないですからね。たとえば、僕が演奏するサックスという楽器って、ロックバンドのミュージシャンにとっては実際に見たことのないものだったりするんですよ。なので、仕事で呼ばれて現場で生で吹くと、「めっちゃいい音がするんですね!」って感動されることも多い。弦楽器も、生で聴くと感激しますよね。なので、みんなに「いい音」を知ってほしいし、そのための啓蒙活動は頑張りたいと思います。

江﨑:最近はオーディオにお金をかけることが当たり前になりましたよね。僕が高校生だった頃は、数千円するイヤホンを使っているやつがいたら、「そんなに高級なものを持っているの!?」って同級生に驚かれた。でも、今は街ゆく中高校生がみんな1~3万円以上はしそうなワイヤレスイヤホンを使っている。それがすごい変化だなと。

MELRAW:10代の頃に使っていたイヤホンなんて、900円くらいのやつだったよね(笑)。

江﨑:そうそう(笑)。だから、オーディオへのお金のかけ方と「いい音で聴きたい」という欲求が、今後マッチしていくといいなと。それと、ノイズキャンセリングって、僕は人類史上稀に見るすごい発明だと思うんです。ノイズキャンセリングの登場以前は、騒音ってどう頑張っても逃げようがない公害の一つだったんですよね。なので、騒音を聞かなくていい権利を誰もが持てるようになったのは、すごいことだなと。今ってかなりのオーディオ転換期で、どのメーカーも形勢逆転できる戦国時代ですよね。モバイルの分野においては、もはやドライバーユニットなどの開発競争というよりも半導体の品質の競争になっています。この状況で老舗のオーディオメーカーがどういうアプローチをするのかは気になっていて、各社の動きを見ているんです。ハイレゾの音源をなるべく圧縮せずに省電力で効率よく転送できる規格やシステムについても、今後が気になります。最近、うち(WONK)の荒田(洸)がAIAIAIの超低レイテンシーヘッドホンを使っているんです。そういう制作者に寄り添ったアプローチも、可能性があるなと思います。

—なるほど。ところで、レコーディングされた作品を聴くことって、ライブで音楽を聴く体験とは別の魅力がありますよね。最近はKanye WestやThe Weekndが新作のリスニングパーティーを開いて話題になりましたが、そういう試聴会のような催しが多様化していくと面白いなと思うんです。

江﨑:確かに、我々制作者が「こうやって聴くのがベストだよ」と発信する機会は必要かもしれませんね。

—サラウンド作品を聴くイベントなどはどうしてもインスタレーションアート的になってしまうので、もっと気軽に「こういうふうに音楽を聴くと楽しい」という体験の場が増えてほしいなと。

江﨑:高尚な感じじゃなく、ポップカルチャーとして発信する場ということですよね。それには、ハードのメーカーとの協力がマストになってくると思います。オーディオのレビューを読んでも「僕の耳で聴いたわけじゃないしな」と思ってしまうので、間口を広げて、たくさんの人が新しい音響を体験できる場を作ることで、オーディオに対する欲求や意識も高まりそうですね。

MELRAW:「本当にうまい寿司を食べたことがあるかどうか」ということだよね(笑)。確かに、作る側が積極的に体験の場を用意するのは良さそう。

江﨑:その話に関連して、WONKでは、映画館のようなサラウンドの音響システムがある場所でライブやイベントをやりたいなと考えているんです。それは実現させたいですね。

—楽しみにしています。最後に、かなり抽象的な質問ですが、音楽体験はどういうところが素晴らしいと思いますか?

江﨑:そうですね……。最近、認知科学の専門家の方と打ち合わせをする機会があったんです。その方がおっしゃっていて面白かったのは、人間の脳はあらゆる音に無自覚的に、無意識的に反応してしまう、ということでした。「音楽を聴こう」と意識しなくても、音が耳に入った瞬間に、脳内では何かしらの処理が行われているんです。しかも、それによって感情がどう揺さぶられるかは、まったくわかっていない。それなのに、周期的に流れる音に対して、人間は何かしらの感情を抱いてしまうんですね。それは人間にしかない特徴で、人間は人間であるからこそ音楽というものを認知できる。それが人間らしさ、他の動物と比べた時の優位性なんだと思います。それほど音楽は、我々人間にとって原初的なものなんですよね。音楽体験というよりも、それが音楽の素晴らしさなのかなと。「音楽は生活に必要不可欠だ」という人がいて、それこそコロナ禍では「文化を守ろう」というムーブメントがありましたが、その一方で「音楽なんて必要ない」という人も多かったわけですよね。でも、そんな人たちの脳も、音楽に無意識に、無自覚に反応してしまう。そこに音楽や人間の面白さがあると思います。

MELRAW:僕はもうちょっとカジュアルな話をすると(笑)、どんなシチュエーションでもそれに寄り添ってくれる一曲や一枚が絶対あるということが、音楽体験の素晴らしさだと思うんです。たとえば、雨が降っていて、洗濯物を部屋干ししてジメジメした部屋の中でうんざりしていても、その空気に寄り添ってくれる音楽がある。それによって、「まあ、雨もいいかな」と思わせてくれる。バーベキューをする時、山や海に車で出かける時、しょんぼりしている時や怒っている時、どんな時にもそれぞれに合う音楽が存在しますよね。自分の一日をドキュメンタリーにした時にかけるBGMというか、どんな時にもそばにいてくれるのが音楽だと思います。

江﨑:不思議ですよね。雨の日にはこのアルバム、食事をする時にはこの曲というのがなんとなくあって、そこにはある程度共通する部分があるじゃないですか。

MELRAW:そうそう。たとえば、小難しいコンテンポラリージャズをかけていて、「よし、飯でも食うか」となった時、「これは食欲減退ミュージックだな」って感じちゃう、みたいな(笑)。

江﨑:音と心理の関係性については、たくさん研究があるんですよ。「ロックは食欲を減退させる」とか。

MELRAW:「青色のカレーは食べる気が起きない」と同じだね(笑)。

江﨑:そうそう(笑)。眉唾ものもありますが、なんとなく共通する部分があるからこそ、現代の「プレイリスト聴き」というものも成立する。たとえば、「カフェミュージックはこういうものだ」という共通認識があるからこそ、カフェミュージックのプレイリストが存在するわけですよね。

—社会的に構築された音楽の文脈と、脳科学や認知科学的に人間が音楽に反応してしまうことは、複雑に絡み合っていそうですね。その意味で、江﨑さんの興味とMELRAWさんがおっしゃったカジュアルな楽しみ方は、そう遠くないと思います。

江﨑:最近驚くのは、レストランやファーストフード店などで、イヤホンをしながら食事をしている人が多いじゃないですか。

MELRAW:咀嚼音が脳内に響きそう(笑)。

江﨑:僕は真似できないのですが、店内BGMをフルシカトして好きな音楽を聴きながらご飯を食べるという行為は、究極のパーソナライズドですよね。一蘭の味集中カウンターみたいな(笑)。そうなった時に、「カフェミュージック」という共通認識に基づいたものは成立するのかなと、疑問に思うんです。個々人の好みがバラバラに分散した現代社会で、音楽の機能性というものがどうなっていくのかは気になりますね。

江﨑文武

音楽家。1992年、福岡市生まれ。4歳からピアノを、7歳から作曲を学ぶ。東京藝術大学音楽学部卒業。東京大学大学院修士課程修了。WONK, millennium paradeでキーボードを務めるほか、King Gnu, Vaundyなど数多くのアーティスト作品にレコーディング、プロデュースで参加。映画『ホムンクルス』(2021)をはじめ劇伴音楽も手掛けるほか、音楽レーベルの主宰、芸術教育への参加など、さまざまな領域を自由に横断しながら活動を続ける。2021年、ソロでの音楽活動をスタート。
https://ayatake.co/

MELRAW

King Gnu、米津玄師、Vaundy、KIRINJI、WONK、唾奇、millennium parade、Charaといった、ジャンルを超えてシーンを繋ぐ要注目のマルチプレイヤー: 安藤康平によるソロ・プロジェクト。音楽に取り憑かれたMELRAWを名乗るエイリアンのマインドコントロールによって生み出されたというユニークなコンセプトも魅力だ。2017年12月には自身初となるフルアルバム『Pilgrim』をリリース。以後2018年にリリースした「Warriors」を皮切りにシングルを6作品リリースしている。
http://www.epistroph.tokyo/melraw

INFORMATION

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supported by KEF #02
江﨑文武 × MELRAW:後編

https://kef.world/igl

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