200万部突破の豊田悠による漫画『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(通称『チェリまほ』)が赤楚衛二と町田啓太らによって実写化され、深夜ドラマ枠にて異例の人気を博し、現在は映画『チェリまほ THE MOVIE 〜30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』が公開中。「触れた人の心が読める」という設定から広がる主人公たちの心の変化を描く本作において、ドラマに続いて映画でも主題歌を担当したのが、昨年11月にメジャーデビューを果たしたピアノトリオバンド・Omoinotakeだ。
映画の公開と主題歌「心音」のリリースから約1か月が経ったタイミングで、今だから明かせる「心音」や『チェリまほ』の裏話を聞いた。耳馴染みのいい美しいポップソングを鳴らし続け、ライブや取材でも人柄のよさや誠実さが滲み出ているOmoinotakeの3人だが、今回は一皮剥いだところにある彼らの「憎さ」が見えるインタビューとなった。
―まず、みなさんが思う『チェリまほ』の魅力とは?
福島智朗(以下、エモアキ):そもそも心の声が読めるという設定がものすごいなと、最近改めて思いました。人の心の声が読めたことによって自我が生まれて、それが愛になっていくのが素晴らしいところだと思います。映画では、魔法が使えなくなったことで初めて自立したようなところまで描かれていて、本当に素敵な作品だなと思いながら見てました。
冨田洋之進(以下、ドラゲ):今いる大切な人やパートナーを、改めて大切にしようと思える作品だなと思いますね。主人公同士の人間関係もそうですし、周りの人たちの人間関係も濃く描かれていて、人と人のつながりというものをすごく大切にしようと思わせられる作品だと僕は思っています。
藤井怜央(以下、レオ):今回映画化された部分は、二人の関係を周りの人にもちゃんと理解してもらって、周りからも祝福されたいというところが大きなポイントだと思うんですけど。自分自身も結婚していて、まさに両親への挨拶とかを経験している身ですし、去年結婚していることを公表したときも、お互いミュージシャンというのもあるし、周りからの祝福や応援というか……「みんなにもわかってほしい」みたいな気持ちが、それこそ(映画の主人公たちと)近くて。特に両親へ挨拶するシーンは自分事として見てグッときましたね。
―「心音」に限らずOmoinotakeは、映画やアニメなどのタイアップ曲であっても、自分の感情や経験を軸にして書くからこそ、バンドの曲としての強度や説得力が毎回ちゃんとあるなと思うんですね。
エモアキ:そう言っていただけると、めちゃくちゃ嬉しいです。そもそも『チェリまほ』はコアなファンがいらっしゃる作品じゃないですか。なので、作品に寄り添えることは大前提だと思っていて。作品の歌でもあり、自分の歌でもありたい、というところで、「作品」と「自分」の折り合いを見つけることがすごく大事だと思っていました。僕らももう30歳になるので、色々経験してきたタイミングでこういう歌を人生において書けることはすごくいいことだなと思いましたし、人生のこういう時期にあってほしいラブソングになったとも思います。
―10代の頃に感動するラブソングとはまた違う形ですよね。映画の主題歌を書き下ろすにあたって、『チェリまほ』サイドからはどういったリクエストがあったんですか?
ドラゲ:「ポジティブだけじゃないものにしてほしい」みたいな話はあったよね。最初の打ち合わせの時点でエンディングについてもざっくりと聞いていて。二人が覚悟を決めて歩いていく感じで、幸せだけの終わり方ではなくて、その中にもちょっとネガティブな感情も見える画にする予定だという話で。歌詞も「大好き」という感じだけではなくて、その中に迷いや葛藤もあるようなニュアンスを入れてほしいという話がありましたね。
レオ:エンディングは、ただただニコニコ歩くのではなくて、意志の固い表情で歩いている感じだということを最初から聞いていたので、その絶妙な塩梅をイメージしながら(エンディングの映像に重なって流れる)イントロを作りました。
エモアキ:あとは、“愛してる”を曲の中で使わないでほしいというリクエストがありましたね。それはすごくいい縛りでした。“愛してる”をいろんな方向に言い換えながら、ずっと“愛してる”を言い続けているようなリリックにできたと思うので。
―リリックについてお伺いすると、作詞を手がけたエモアキさんはどういうことを考えて、今回のテーマを「心音」にしようと決めたのでしょう。
エモアキ:「産声」(ドラマの主題歌)は、「自我の誕生」=「産声」というテーマを見つけて、その中で“感情の胎動”とか“産声を上げた 僕の声”というワードがどんどん出てきて書き上げていったんですけど、今回はそこからつながっていくものにしたいなと思って。「産声」を自我の誕生の歌だとするならば、「心音」は心と心が触れ合って生まれる鼓動の話にしたいと思ったことがきっかけで書き始めました。
―「産声」は安達さん(赤楚衛二)目線の曲で、「心音」は1番は安達さんで2番は黒沢さん(町田啓太)の目線、という解釈で合ってますか?
エモアキ:そうですね。「心音」はもともと、どちら目線でもない感じで書き出していたんですけど、映画サイドさんの方から「1番は安達っぽく読み取れるから、2番を黒沢目線にすることはできますか?」という相談があったんです。それを、エンドロールで町田啓太さんの名前が出てくるタイミングにも反映していただいて(※映画のエンドロールにて、曲の2番が流れ始めるタイミングで町田啓太の名前が映される演出になっている)、すごく意味のあるものになったなと思っていますね。
―あのエンドロールはすごくグッときましたね。
エモアキ:あそこはもう最高でした。
―「産声」は歌詞が難産だったそうですが、「心音」はどうでしたか?
エモアキ:今回はわりとスルッといきました。安産(笑)。
―レオさんの作曲も安産でした?
レオ:これは難産でした(笑)。スーパー難産でしたね。過去一かなあ。
―何がそんなにレオさんを悩ませたんですか。
レオ:詞先だったんですけど、“バラバラで”“トクトク”“ドキドキ”“ジグザグ”とか、フックにしたいところが見えている歌詞で。そこをとにかく強くしたかったからすごく苦戦しましたね。
―聴いた人の耳にひっかかるものにしたいと考えたときに、サビ頭の“バラバラで”とか、曲の始まりの“僕の心が”とか、歌い出しを印象強くしたいという狙いが歌詞を書くときから大きかった?
エモアキ:そうですね。やっぱり歌い出しはそうありたいなと。今まであんまり意識していなかったんですけど、やりたいなと思って。あんまり言い方がよくないかもしれないんですけど……たとえばサビのフレーズに関しては、そんなに意味がなくてもいいんじゃないかって。響きで聴かれている曲も、いっぱいあるじゃないですか。ああいうのができるようにもならないといけないなと思いつつ、でも意味がないものは嫌だなっていうのがあって、そこでの折り合いが“バラバラ”とかの言葉になりました。
レオ:“バラバラで”のメロディがまだできてない段階で、落ちサビの“さよならのいらない 二人になろう”という歌詞が追加できて、もう最高のパンチラインが送られてきたので、さらなるプレッシャーがかかり、生半可なメロディにしちゃダメだという圧を感じてました。だから難産でしたね(笑)。最初は、完成したメロディみたいにハネてはなくて。自分が作ったメロディなのにあんまり納得がいってなくて、「何かやればもうちょっとよくなるんだろうな」と思っていたところで、メロディをハネさせたことで“バラバラ”“トクトク”“ドキドキ”とかが「やっとよくなったかも」という一歩がありました。それは結構自分の中で大きな出来事でしたね。あれがハネてなかったら、もうちょっとバラードっぽくなっていたと思うんですけど。
ドラゲ:絶妙なところだよね。ハネさせるとノリのいい曲になりやすいんですけど、一歩でも行き過ぎちゃうと曲自体がすごく軽くなっちゃうんですよ。いい塩梅でアレンジできているなと思います。絶妙なんですよね。
―アレンジに関しては、全体的にどういうものにしたいという考えがあったんですか。
レオ:「踊れて泣ける」というところはずっとすごく大事にしているので、それは必ず盛り込みたいなと思ってました。最初に映画サイドの方からいただいた参考の曲はわりと爽やかな感じで、あまり踊れる感じではなかったんですけど、やっぱりそこはOmoinotakeらしさとして絶対に入れ込みたい部分だったので、メロディの温かさとは別軸でちゃんと踊れる要素を出したくて。なので、弾き語りの状態でワンコーラス分のメロディを作ってから、アレンジはまったくの別物として捉えて、「いかに踊れるか」という作業に切り替えました。ドラゲもよく言ってくれるんですけど、アレンジしてから印象がガラっと変わったと思いますね。
ドラゲ:アレンジはほぼほぼレオが一人で作り上げていたので、僕がこの曲に関わり始めたのはレコーディング当日くらいからで。そのくらい、レオが作っていたものがもう完成されていたんですよね。
―2番に入ってリズムパターンが変わるのが、この曲のキーでもありますよね。
ドラゲ:あれも基本的にはレオが作ったパターンで。
レオ:そうですね。ああやって細かいハイハットとかで深みを出したかったので、デモの段階から入れてました。
―ああやって、いつも曲のすべてのパートに何かしらの「おいしさ」を入れてくるのがOmoinotakeの憎さだなと思います。
レオ:「憎さ」って言ってもらえるのはめっちゃ嬉しいですね。憎くありたいんですよ(笑)。やっぱり、一聴して「ポップでいいね」だけで絶対に終わりたくないので。「凝ったことをやってくるな」みたいなことにはこだわりたいですね、ずっと。
―2番はサビにいかない、という構成も憎いですよね。
レオ:これは、僕の大好きな「飢餓感」ですね(笑)。
エモアキ:ははははは(笑)。いかにもサビにいきそうな曲ではありますもんね。
レオ:基本的に、裏切りたいですよね。アンパイは嫌なので(笑)。それが、「何回も聴きたくなる」ということに一役買うのかなとも思っているので。Dメロも、歌詞もメロディも大事なポイントになっていると思ったので、それを強く響かせるためには2Bからいっちゃった方がよりグッとくるのかなっていうのもありますね。
―こんなに美しいポップソングを歌っているのに、その奥にはレオさんが話してくれたようなマインドがあるのがOmoinotakeの面白さだなと思いますし、そういうちょっとした「憎さ」があるからこそポップソングとして際立つのだなとも思います。
レオ:あと、イントロで再生しているレコードを止めてAメロにいくというふうに実は作っているんです。イントロの最後の部分でホーンがフレーズを吹いて、一回レコードを止める形でアレンジしているんですけど、実はそのホーンのフレーズが「産声」のサビでやってるフレーズなんですよね。エモアキが言っていたように、自我が目覚めたときの、自分の心だけの話をそこで終えて、ここからは二人の心を、というストーリーをイントロで作りたいなと思って。そこから“僕の心が 産まれた日は”と「産声」のフレーズが入ってくる流れなので、そういうことを遊び心でやってみました。
―すごい! 鳥肌立ってます、今。
ドラゲ:たしかにあれは、俺らも最初喰らったな。
レオ:エモアキが詞の時点で「産声」からのつながりをたくさん盛り込んでいたので、音やメロディでも盛り込みたいなと思って、まずそこで一発やってみましたね。
―憎いですね(笑)。
レオ:ははははは(笑)。
ドラゲ:あと、レコーディング当日にシンバルを選んでいたら、無意識に選んだものが「産声」で使ったシンバルと一緒だったんですよ。本当に無意識だったんです。わかんないですけど、インスピレーション的なものが何かあったんですかね。
エモアキ:曲調も全然違うのにね。
ドラゲ:実はそういう小っちゃな奇跡もあったりします。
―前回EYESCREAMで取材させてもらったあとに、アニメ『ブルーピリオド』の主題歌『EVERBLUE』でメジャーデビューして、さらに「心音」が映画『チェリまほ』の主題歌として広まって、着実にリスナーの数を増やし続けていると思いますが、みなさんとして今のバンドのモードはどうですか。
レオ:最近人と話していて気づいたのは、どんどんメジャーシーンに出てきて、関わる人も増えて、という中で、ポピュラライズをされるプレッシャーをただ100%飲み込むのではなく、プレッシャーに押されるギリギリのところでもがくからこそ、一番いい塩梅でかっこよくいられるのかなということで。プレッシャーに押し潰されずに憎いことをいいバランスでやり続けたいなという心をずっと持っています。それがOmoinotakeらしさにちゃんとつながるのかなと。
エモアキ:ずっと自信のある曲ばっかり出しているので、もう一刻も早くどれかめちゃめちゃ売れてほしい(笑)。
レオ:ははははは(笑)
エモアキ:すげえずっと自信あるので。もっと見つかってほしい。そういう気持ちですね。
ドラゲ:僕も……そうですね、エモアキの気持ちに近いですね。今年はライブも色々決まっているので、それに向けてどうパフォーマンスをしていこうかなということを考えています。去年や一昨年にはなかった「これもやってみたい」「あれもやってみたい」というポジティブな感情が芽生えているので、ステージの上では暴れてやろうかなというマインドです。
―最後に、『チェリまほ』にちなんで大喜利みたいな質問をしてもいいですか。もし触れた人の心を読める魔法が使えたら、みなさんならどう使いますか?
レオ:エモアキって、全然本音を言わない人間なんですよ。酒を飲まないと(笑)。だから素面のときにガンガン触りますね。「この曲、どうかな?」とか。
エモアキ:ははははは(笑)。
―エモアキさん、普段あんまり本音を言わないんですか。
エモアキ:あんまり言わないですね。パッと口にできないというか。そういう感じなので歌詞とかの方が得意なんですよね。僕は魔法が使えたら、満員電車に乗ってみたいですね。
―エモアキさんだったら、満員電車にいる人たちの心を読んで、それを歌詞の材料にしそう(笑)。
エモアキ:ドラゲは、魚の心を読むでしょ?(※ドラゲは釣りが趣味)
ドラゲ:魚の心!? 「今何食いたいかな」みたいな?(笑)
エモアキ:「釣られちまったー!」って(笑)。