赤坂〜六本木編:シャンデリア②
長谷川町蔵 著

赤坂〜六本木編:シャンデリア②
長谷川町蔵 著

毎回、ある街をテーマに物語が展開する長谷川町蔵の連作短編シリーズ。 小説「インナー・シティ・ブルース」。第12回は、前回に引き続き、赤坂〜六本木が舞台となる。

【前回までのあらすじ】
渋谷の再開発により過去の封印が解かれ、殺人鬼ゾディアックの残留思念が現代の東京に蘇った。ゾディアックに取り憑かれた囲間楽を助けるため、姉の鴎はノブと手を組み……。彼らはまさに東京の存亡を賭けた戦いを繰り広げているのだった!

パート4 囲間楽

 ひどく体が痛む。はっと我にかえると、私は車の後部座席に押し込められていた。隣には朦朧としている鴎姉さんがいて、その隣には坊主頭の男子が姉さんに両手で呪いみたいなものをかけている。
「ちょっと何やってんのよ!」
私が男子に手をあげようと、鴎姉さんが辛そうな表情で制止して、これまでの経緯を説明してくれた。悪霊ゾディアックが、まず半グレの内藤、次に坊主頭、そして私を経て今は鴎姉さんに取り憑いていること。これからみんなで近場のスピリチャル・スポットを探して除霊を試みること。

 途端に悔しさが私を襲ってきた。
「あー、なんでこの坊主がゾディアックをコントロールできて、私ができなかったわけ!」
 坊主頭がしたり顔で話しかけてくる。
「穏やかな心を保つことっすよ。そのためには規則正しい生活を送らないと。まず行うべきなのは早起きで……」
「ノブ。この人はそんな解決策なんか聞きたがってないって。こういう時は相手のグチをひたすら聞いてあげないとダメなんだよ」
運転席に座っているイケメンが坊主頭に釘を刺す。
「あんた、いいこと言うねー」
わたしが言うと、イケメンは鼻高々に答えた。
「「男は火星から、女は金星からやってきた」って本を知ってます? あの本にそう書いてあったんですよ」
車は静かに発進した。問題は近場にスピリチャル・スポットがあるかどうかってことだ。
「右側の方角に何か感じますね」

 坊主頭の感覚が鋭いことに感心した。私も鴎姉さんも何となくそんな気がして、従うことにした。車は山王下の交差点を右折して赤坂の中心街へと入っていった。前方にはTBS放送センターが見える。
「『うたばん』で石橋と中居くんに散々イジられていた保田圭の怨念じゃ除霊は無理っすよね」
坊主頭が冗談を飛ばす。緊張の裏返しだろう。口では「ハハハ」と笑いながら、私はこのエリアの歴史を必死に思い出そうとする。
「とりあえず東京ミッドタウンの裏手に入って」

 この一帯は江戸時代には萩藩毛利家の屋敷で、明治維新後に陸軍の駐屯地になり、第二次大戦後には米軍が駐留していた。だから外国人向けの店が多い。さしたる歴史を持たない、怨念が薄いエリアだともいえる。イケメンの車はミッドタウンの周辺をぐるりと回ると外苑東通りへと向かっていった。霊力を正面から感じるのは確かだけど残された時間は僅かだ。さすがの鴎姉さんも焦り始めている。
「もしかして六本木ヒルズかしら? あそこには江戸時代、長府毛利家のお屋敷があって、10人の赤穂浪士が処刑されていたはず。でも彼らは自分たちの人生に満足していたはずだし……」
 坊主頭が言った。
「六本木ヒルズよりも発信源が近くないですか?」
 突然イケメンが叫んだ。
「ノブが言う通り、六本木ヒルズじゃないと思います。このまま直進しますんで!」
彼はそう言うと、外苑東通りには出ずに車を正面の狭い路地に突っ込ませると、コンビニの前でぴたりと止めた。思い出した、この場所、私もパパから教えてもらったことがある。
 鴎姉さんはドアを開けて転げ落ちるように車から降りると、坊主頭に命じた。
「もう大丈夫。力を弱めて」

 “能力”を使い果たして倒れこむ坊主頭の傍らで、鴎姉さんは腕を伸ばして体をくねらせはじめた。彼女がその動作を何度も繰り返していると、地面から炎のようなものが湧き上がって来て、身体を包み始めた。続いて姉さんは右手で口から何かを取り出す仕草をした。すると口から黒いガスの塊のようなものが飛び出てきた。
 黒い塊は人間のような形になると、カエルがゲップするような気味の悪い声で私たちに語りかけてきた。でもその言葉は人間には理解不能だった。
「何言ってるか分からないけどさ、私たちが正義の味方カコイマ・シスターズ。で、あんたはそれに毎回退治されるヴィランなんだよ、バーカ」
 私がガス人間を威嚇していると、鴎姉さんが私に指示を出した。
「楽ちゃん、ここが何処か分かってるよね。あいつを吹っ飛ばして」
 分かってる。もちろん日付もパパから教えてもらった。1988年1月5日の夜だ。
 私は指でファインダーを作ると、頭の中で30数えてから心の引き金を引いた。
 ガス人間は跳ね飛ばされると一瞬抵抗するような動きをしたけど、結局は私の作った空間の中に吸い込まれていった。遠くの方からガラスが砕け散るような音が響き渡った。

 ふと見ると、鴎姉さんが私の革ジャンのポケットからスマホを奪い取って、何処かに電話していた。
「ミサオくん?たった今完了した。すぐに建物の基礎にお札を入れてコンクリートで固めて」
鴎姉さんはしばらくスマホに耳を傾けて、呟いた。
「ゾディアックは封印されたわ」
ほっとした。
「で、ここはどこなんですか?」
 坊主頭が尋ねてきたので、私は説明してあげた。
「ここには昔、日本最大のディスコ、トゥーリアがあった場所。でも1987年に天井に吊るされていた巨大シャンデリアが落ちる大事故が起きたの。そのあと建物は取り壊されて最初から何も無かったかのようになった。バブル経済と同じだね。跡形もなく消えて、東京に何も残さなかった」
「この場所を選ばなかったら、あぶなかったと思う。ありがとう」

 鴎姉さんが男子コンビに礼を言った。私は照れ臭いので、言葉ではないお礼をすることを考えついた。
「このあたりって東京のナイトライフのメッカだよね。打ち上げの代わりに、歴史的な名店にタイムトラベルしない? 3分くらいしか、いれないとは思うけど」
 きょとんとした坊主頭をよそに、イケメンは顔を輝かせた。
「うーん、一番はニュー・ラテン・クオーターだけど、さっきノブに見せてもらったからなあ。日本最初のディスコ、MUGENも捨てがたいし、80年代のロアビルを覗くのもアリだなあ……そうだ!」
 イケメンは私たちを車に乗せると、外苑東通りへと車を走らせ、飯倉片町の交差点で停車した。
「この建物の2階に行きたいんですよ。場所は1960年の今頃で、時間は夜10時頃かな」
 鴎姉さんが私に話しかけてきた。
「楽しそうではあるけど、しばらく気絶していていいかな。実はここにくる前、睡眠薬を飲んでいたの」

 眠り込む鴎姉さんを坊主頭に抱きかかえさせて、私はふたりを指で撃った。次にイケメン、最後に自分の胸に向かって撃った。
 歪んだ空間が元の形に戻ると、目の前には赤と黄色のランプ照明の下に、赤と白のチェック柄のクロスがかけられたテーブルが並んでいた。イタリア料理が盛り付けされた色とりどりの皿が置かれている。どうやらレストランで開かれているクリスマス・パーティーのようだ。椅子に座っている人は誰もおらず、客は勝手にテーブルの間を行き来しながら立ち話に興じていた。
「ここはどこなの?」
 イケメンが答える。
「開店当時のイタリアン・レストラン、キャンティ。当時の文化人の隠れ家的なサロンだったんです。僕、こういう店を作るのが夢なんですよねー」
 店の奥の方にいた小柄な男が、私たちに気がついて近寄ってきた。男は顔を紅潮させているイケメンをスルーして坊主頭に熱っぽく語りかけてきた。
「君は爽やかな青年だな。ところで君たち、何者なんだい」
 革ジャンを着た私に、ナイトガウンを羽織った姉さん、真っ青なコートを着たイケメンに坊主頭。私たちは1960年の常識からすると、別の惑星から来たように見えたはずだ。困った坊主頭が答えた。
「まあ家族みたいなものですけど」
 私は冗談めかして言った。
「実は私たち、宇宙人なんです。私が金星人で、こいつが火星人、で、彼が水星人で彼女が木星人かな」

 男は太い眉を動かしながら感心した口ぶりで言った。
「なるほど、そうだったのか。しかも同じ家族なのに生まれた星が違うとは!」
 そして「うん、これは面白い」などと独り言を言いながら奥のテーブルへと去っていった。
 次にやって来たのは、眼光が鋭い鳥のような老人だった。老人は坊主頭に抱きかかえられた鴎姉さんを指さすと、私に話しかけてきた。
「この美女と一晩添い寝をしたいのだが、幾らかかるのかな?」
よく見たら、寝落ちしている鴎姉さんのガウンの前がはだけて、ブラトップが丸見えだった。はだけたガウンからは腕がだらんと下がっている。私は怒鳴った。
「姉さんは売り物じゃないから。あっち行きな!」
「ふっ、その腕だけでも一晩借りたいものじゃな……」
 老人はそんなことをぶつぶつ呟きながら、立ち去っていった。

 やがて再び周囲の景色が歪みはじめると世界は暗転し、気がつくと私たちは元の世界に戻っていた。
「なんか変な奴らばかりだったなー」
彼らの素性を知っているのだろうイケメンが苦笑いしている横で坊主頭が言った。正直な感想だ。
それにしてもこいつは何者なんだろう。ゾディアックを短時間とはいえコントロールできるなんて、相当な”能力”を持っている。坊主頭は私のほうを振り向くとぺこりとお辞儀した。
「あらためまして俺、海崎信如って言います。あなたたちの遠い親戚なんです」
 嘘だ。執事の広司さんが言っていた。囲間家の系図を過去まで遡って全て調べたけど、”能力”を持つ男は見つからなかったって。
「楽ちゃん、この人が言っていることは本当だと思う」
 急に目を覚ました鴎姉さんが口を挟んできた。
「阿房家の逆パターンよ。「うみさき」の四文字を“あいうえお”で一つずつ前にしてみて」
「いまこか」。順番を入れ替えれば「かこいま」になる。なるほど、こいつ、うちの分家なんだ。
 坊主頭が語り始めた。
「えーと、オヤジから聞いた話なんですけど。嘉永6年にペリーが来航したとき、囲間家の当時の当主は、日本が早々に開国すると見抜いたそうです。でも日本が西洋化したら、幕府付きの陰陽師は根絶やしにされてしまうかもしれない。それを恐れた当主は、ふたりいた息子のうち弟の方に“本家との関係をすべて断て。但し囲間家の伝統を守り、本家に何かあったら全力で助けろ”と命じたそうです。表向きは能力がゼロだったので仏門に入らせたことにしながらも、裏では本家と同じレベルの修行を課した。そして代々、戸隠から霊感の強い女子を嫁入りさせて“能力”を保ち続けさせたという話です。俺の死んだお袋も戸隠出身なんですよ」

 私は海崎信如をじっと見つめた。要は囲間家の血統を保つために生まれた男ってことか。こいつは私より2〜3歳年下だろうし、一見バカっぽいけど根は真面目そうだから、私よりも妹の雨の方がお似合いだろう。でも“能力”を持つ子どもを産んだ女は早死にする運命にある。雨を早死にさせるわけにはいかない。やっぱり私がこいつの子どもを作るべきだろう。でもようやく待ち望んでいたチャンスが巡ってきたというのに、自分が子どもを生むというプランが全くリアルに感じられない。私が想いを巡らしていると、イケメンが心配そうに声をかけてきた。
「おい、どうした?」

 イケメンを見ると、彼は私ではなく、信如に声をかけていたことが分かった。
 スマホを手にした信如の顔が呆然としている。鴎姉さんが心配そうに尋ねた。
「ひょっとしてゾディアックの一部がまだ取り憑いていたとか?」
「ちがいますって。俺、カトマンズに行く前に付き合い始めたばかりのカノジョがいるんですけど……妊娠したみたいって」
 そして私たちにむかって、彼はさらに驚くようなことを言ったのだ。
「あ、ちなみにそいつ、霊と話せるんですよ」

「赤坂〜六本木編:シャンデリア」了

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

PROFILE

長谷川町蔵

文筆業。最新刊は大和田俊之氏との共著『文化系のためのヒップホップ入門2』。ほかに『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』、『あたしたちの未来はきっと』など。

https://machizo3000.blogspot.jp/
Twitter : @machizo3000