来るべき闘いに備えよ!
~トランプ時代のアメリカ文学事件簿~
これほどまでにアメリカの風景が変わるとは、誰が予想しただろう。その男が2016年に大統領選に向けて動き出したときも、共和党からの大統領候補になったときも、そのうち消えるだろうという声は根強かった。それが蓋を開けてみれば、ホワイトハウスに堂々と乗り込み、毎日のように騒動を巻き起こし、2017年には白人至上主義のデモ行進まで発生するという急展開を迎えている。
ドナルド・トランプ時代。小説家の想像も及ばなかったほどの現実に、僕らは突入した。アメリカ社会を見つめ、ときにはリードする立場であるアメリカの作家たちは、この現実に向き合いつつ、どう行動してきたのか。そんな一年半の事件簿をまとめてみた。
2016.05.24 (Tue.)
ジュノ・ディアスら、早々にトランプ不支持を表明
有力だったはずのプロの政治家たちが、共和党候補指名レースから次々に脱落。トランプが党候補の指名獲得に向けて独走状態になった段階で、アメリカ作家たちはすぐに動き、“アメリカ国民への公開書簡”を連名で発表した。トランプの言動は社会の多様性を破壊しようとしている、と正式に不支持を表明して、その危険性を世に訴えたのだ。名前を連ねた作家たちの豪華さは、彼らの危機意識の表れでもあった。少しだけ紹介すると……
・ジュノ・ディアス(『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』)
・スティーヴン・キング(『グリーン・マイル』)
・ジェニファー・イーガン(『ならずものがやってくる』)
・リディア・デイヴィス(『ほとんど記憶のない女』)
・エイミー・ベンダー(『燃えるスカートの少女』)
・ハ・ジン(『待ち暮らし』)
2016.07.11(Mon.)
ジョージ・ソーンダーズ、トランプの支持集会に潜入
『短くて恐ろしいフィルの時代』(2011)で、煽動型の支配者の恐ろしさと虚しさを抉り出したジョージ・ソーンダーズ。そんな作家がトランプを放っておくわけがない。事実、ソーンダーズはトランプの選挙活動を取材するべく、支持集会(いわゆる“rally”)に潜入してのルポを決行した。そして、集会をそのまま描写したそのルポは、ソーンダーズの小説世界そのままだった。
「スピーチ自体はほぼすべてが虚しい主張だ。主張と自慢話。主張、自慢話、そして自己弁護」。まさに、『フィルの時代』で住民を煽る支配者のような光景が、そこでは繰り広げられていた。トランプ批判のために集会に登場した女性たち(それにしてもなんという勇気!)に対して向けられる敵意と暴力など、これが本当に21世紀のアメリカで起きているのか?と背筋が寒くなるような現実を、ソーンダーズは見せてくれる。そして事実、この煽動者が11月にはホワイトハウスを手に入れてしまうのだ。
2016.11.17(Mon.)
コルソン・ホワイトヘッド、“BMF”宣言
2010年代に入ってから全米各地で注目を集めた、警察によるアフリカ系市民への暴行事件。あのディアンジェロが沈黙を破って新作『ブラック・メサイア』を発表する気になったほどの、人種をめぐる緊張。そうしたアメリカの現状もまた、2016年の大統領選挙の背景となっていた。そして、11月上旬にトランプ候補の当選が確定する。その異様な雰囲気は、11月中旬に行われた全米図書賞授賞式にも影を落とした。受賞したのはコルソン・ホワイトヘッドの『地下鉄道』、かつてアメリカにあった黒人奴隷¥の逃走経路が、実は本物の地下鉄道トンネル網だったとしたら?という大胆な発想を、ある女性奴隷の運命と絡めて語る傑作である。
もちろん、ホワイトヘッドの受賞スピーチは選挙後のアメリカを見据えたものになった。これから出現するトランプ時代を生きていくために大事なことは三つ、「みんなに優しくして、芸術作品を作り、権力と闘うこと(Bekind to everybody、Makeart、Fightthe power)」だと言った。このスローガンの頭文字を取れば“BMF”となる。これだけでも最高のスピーチなのだが、その数秒後、それをさらに上回るほどカッコいい言葉が待っていた。“BMF”を簡単に覚えられるフレーズがある、とホワイトヘッドは続け、こう言ってスピーチを締めくくったのだ。「俺はあいつらに心を折られたりはしない、だって、俺はバッド・マザー・ファッカー(Bad Mother Fucker)だからだ」。
2017.01.20 (Fri.)
ポール・オースターが出馬表明
出馬といっても、大統領選の話ではない。日本でも抜群の知名度を誇る小説家ポール・オースターは、NYとその多様性をこよなく愛する一人であり、2000年代はブッシュ政権に対して激しく「ノー」を突きつけていた。そんなオースターが、言論の自由を擁護する国際ペンクラブの活動に共鳴しないわけがない。とはいえ彼は小説家が本業であり、執筆の妨げになるといけないから、という理由で、ペンクラブのアメリカ支部長の職はこれまで固辞してきた。しかし、トランプ就任を機に、オースターは一大決心をする。「ここで声を上げなければ一生後悔する」と、2018年からペンクラブの支部長に就任する決意を表明したのだ。ちなみに、支部長とはいえ、英語での役職名は“president”なのだから、ついつい想像が膨らんでも仕方がない。もしアメリカの大統領(president)がトランプではなく、オースターだったら、どんなに素敵な世界だろう……。
2017.01.24 (Tue.)
“トランプ・ストーリー・プロジェクト”始動
去る1月20日(金)に大統領就任式が行われたわずか数日後、ニュースサイトSlate.comが“Trump Story Project”を立ち上げる。フィリップ・ロスの『プロット・アゲンスト・アメリカ』は「もし、差別主義者が大統領に就任していたら?」という発想の歴史逆転小説だが、その“もし”はトランプ就任という出来事で実現してしまった。実際に逆転した歴史を生きる中で、どのような物語を紡げばいいのか、まずは10人の作家に声をかけてスタートしたのが、この“トランプ・ストーリー・プロジェクト”なのだ。 百万人の移民が一度に追放されたとしたら?という短編、あるいはテーマパーク“トランプランド”がすでに解体されたという設定で語り始められる短編など、作家たちが持ち寄った物語は反骨精神の塊というしかない。これぞBMF!
2017.08.18 (Fri.)
ジュンパ・ラヒリ、捨て台詞とともにホワイトハウスと決別
インド生まれの作家ジュンパ・ラヒリは、デビュー作『停電の夜に』から日本の読者にもよく知られる移民作家である。彼女はオバマ前大統領時代に、ホワイトハウスの芸術人文委員に任命されて就任していた。政権交代後も委員会は続いていたのだが、2017年8月、17人の委員がいっせいに辞任した。トランプ大統領に宛てた公開書簡は政策を強く批判する内容だったが、もっと注目すべきは手紙の各段落の最初の一文字をつないでいくと、“RESIST”つまりは“抵抗する”という単語が浮かび上がるという仕掛けになっていたことだ。それは「私たちは抵抗する」という意思表示であるだけでなく、手紙を公開することで、アメリカ国民に「抵抗せよ」と呼びかける一言でもある。
2017.08.24 (Thu.)
スティーヴン・キング、トランプのツイッターアカウントからブロックされる
スティーヴン・キングといえば、ホラーの概念を大きく変えた偉大な作家であり、作品の映画化・テレビ化の数でも現役作家トップである。そんなキングは前出の公開書簡に名を連ねただけでなく、100万人を超えるフォロワー数を持つツイッター上で、早くからトランプ批判の舌鋒を繰り広げてきた。中でも秀逸なのは、自身に批判的な報道を“フェイクニュース”だと繰り返すトランプ大統領に向けてのこの一言。
“The news is real. The president is fake.”
(ニュースは本物。フェイクなのは大統領)
お前なぞ大統領の真似事をしているだけの偽物だ、と断言してみせたのだ。調子で投稿を続けてきたキングだが、2017年夏、今度はトランプ大統領のツイッターアカウントからブロックされるという出来事が発生した。それを「生きがいがなくなってしまったぞ」と
大げさに嘆いてみせるあたり、やはりキングは役者が違う。
激動の一年半、作家たちも実に様々な方法でトランプ時代と対峙してきた。とはいえ、彼らの最大の武器が物語であることを忘れてはならない。数年がかりで書き上げられる小説という作品を使って、この時代に何を伝え、次の時代に何を残そうとするのか。作家たちの闘いはこれからが本番なのだ。