FASHION 2018.05.02

HUF HARAJUKUオープン “Todd Francis × Dennis McGrath” Exclusive Talk Session

Photography_Shunsuke Shiga
EYESCREAM編集部
EYESCREAM編集部

渋谷、大阪、名古屋、仙台、と日本での展開をしてきたライフスタイルブランドHUF。先日4月20日(金)に、新たなフラッグシップショップ・HUF原宿がオープンした。

原宿店のオープンに伴い、ピジョンのグラフィックでおなじみのTodd Francis(トッド・フランシス)がゲストアーティストとして迎えられた。エントランスには鳩の彫像が待ち構え、トッドがデザインしたコラボ商品も限定販売している。オープン当日には、レセプションパーティーも開かれ、上述のトッドとともにHUF仙台でゲストアーティストとして迎えられたフォトグラファーのDennis McGrath(デニス・マクグラス)も参加した。

トッド、デニスともにHUFのファウンダーであるKeith Hufnagel(キース・ハフナゲル)と親交があり、これまでにも多くのコラボレーションをしてきた背景がある。この度EYESCREAMは、HUF原宿を記念して来日したTodd Francis、Dennis McGrath両名への取材を行なった。HUFでのコラボレーションやKeithとの出会いや関係性、さらに生き証人の2人が語る1990年代の西海岸スケートシーンの黄金期「ゴールデン・エラ」、そして今のアート/スケートシーンをどう思うか、などなどナマの声による貴重な話をエクスクルーシブとしてお届けする。

Dennis McGrath(左)、Todd Francis(右)

僕らはその当時を「ゴールデン・エラ」だなんて全然思ってなかった。それを今になって見返すから、「ゴールデン・エラ」だったと思うんだよね。

──まず、HUFというブランドとファウンダーのキースとはどういう関係性なんですか?

Dennis McGrath(以下、Dennis):俺は1994年の2月にサンフランシスコに引っ越してきた。キースとは、当時まだスケートスポットだったエンバカデロ地区で出会ったんだ。あの時期は警察とスケーターの関係は良くなくて、その日も急に2〜30人の男たちに追いかけられてた。俺らスケーターたちは一斉に全員散らばって逃げたね。隣にはMike Daherがいて、前を走ってたのがキースだった。周りで何が起きてるかわからなくてすごく怖かったから「こいつが止まるまで走ろう」って、とにかく必死だったよ! 逃げきれてやっと一息ついたときに「今の何だったんだ」って。それが初めての会話で、キースとの初対面ってわけ。その1年後くらいに俺が本格的にスケートフォトグラフィーを始めて、初めて撮ったスケーターのうちの1人がキースだったんだ。

Todd Francis(以下、Todd):じゃあ、2人の出会いは暴動の中だったってことだね。僕の場合は、そんなに派手な話ではないかな。1994〜95年ごろにDeluxeでグラフィックの仕事をしていたとき、キースとReal Skateboardのグラフィックをデザインしたのがきっかけ。同時にキースはMetropolitanとの関わりもあって、僕もそっちでも色々やらせてもらったりもした。だから僕はストリートの関係っていうより、仕事上の関係性で出会ったっていう感じ。週に何回か会って、次のトレンドについて「何がくるかな」なんて話したりしてね。

Dennis:Metropolitanのオリジナルスクリプトロゴはトッドがやったの?

Todd:そうそう。

Dennis:だよね。あれ、めっちゃかっこいい。なんとなくトッドっぽいと思ってた。

Todd:僕がDeluxeでグラフィックデザインやってた頃は、すごいスピードで新しい商品のデザインを出してたから、キースはよく打ち合わせしにきてたよ。それもあったからキースとは多くの仕事ができて、今でもこうやって一緒に面白いことができているのかな。

──2人とも90年代半ばのサンフランシスコの「ゴールデン・エラ」に出会ったんですね。その時代のスケートシーンはどんな感じだったんですか? SFの街は今とは違ったんですか?

Todd:その質問聞かれるといつも面白いと思うのが、僕らはその当時を「ゴールデン・エラ」だなんて全然思ってなかったってこと。みんな貧乏で、生活するので精一杯だった。その日暮らしで、シェアハウスが当たり前。しかも、あの頃のサンフランシスコは治安が悪かったから、毎日誰かしらに追っかけられたり、ボコボコにされたりしてた。その後、街はかなり変わった。それを今になって見返すから、「ゴールデン・エラ」だったって思うんだよね。

Todd:しかも当時、僕らは全員20代だったから、初めて自立するって人がほとんどだったし、大人としてのチャレンジはまだ目前にはなかったから、すべてが色鮮やかに見えてたんだ。そう思って、あの時代を見返すと、すごく面白いことがたくさん起きてたね。あの時代を(正気を失わずに)無事に乗り越えた仲間が、今では僕が1番尊敬してるヤツらだよ。今では、みんな世界中に散らばって近くにはいないけど、あの頃、みんなと一緒にバカやったり、ヤバいことに手を出したり、そういうのが最高の思い出だと思う。大人になってからの出来事では、なかなかあの頃を越えることはないね。

Dennis:20代の頃に勉強になったことはいろいろある。俺は24才くらいになっても、かなりバカやってて、なんにも考えてなかった。スケートやって、バカやって。とにかく街に出たいと思ってた。なんだかんだって理由つけて、サンフランシスコのアートスクールにフォトグラフィーを勉強しに入学したんだ。今までの人生ではなかった、様々な文化がサンフランシスコには詰まってた。あの24、25才の頃は新しいことばっかりで、いつも頭がクラクラだったよ。いい時代だった。なんとなく20代が恋しいって思うときも時々あるよ。当時のサンフランシスコのすごい生々しい感じとかもね。

Todd:サンフランシスコの街はすごく小さいよね。すべてが離れている大きな街で育ってきたから、全部の人種、文化、宗教、性的指向がギュッと凝縮されて詰まってるサンフランシスコに引っ越してきたときは衝撃的だったね。住宅街を5分歩くだけで、ヒスパニックのブロック、ブラックのブロック、ゲイのブロックって色んな文化と経済面が見れるんだ。僕らはだいたい徒歩かスケートかチャリだったから、通りがかりに常に違う文化と人々を見かけられた。全部が身近にあって、メルティングポットで寛大な心を持った街だよ。「これが正しい。それは間違っている」っていう考えがなかったから、なんでもありだったね。

Dennis:そうなんだよ。あの頃は本当になんでもありだった。だから変なヤツが、ものすごく多かったんだよね。でも、みんなそれぞれ好きなことをして、自由に生きててよかったとも思うんだ。

──何年後かにキースがHUFを立ち上げたね。HUFをブランドとしてどう思ってますか?

Dennis:キースが店を始めたのは、彼が好きなスニーカーショップとしてだったね。その頃はほぼ毎日ダウンタウンに滑りに行ってたから、いつもその前を通ってた。そのうちNew Eraキャップ目当ての子供たちが店に並ぶようになって。たぶん、そのときキースが初めてコラボ商品を出したのがNew Eraキャップだったと思うんだよね。2007年のそのコラボのとき、俺が女の子を集めてコレクションの撮影をしたよ。その時の写真の1枚はHUF SENDAIに飾ってある。キースは自然と、その流れに乗ってNew Eraキャップから自分のブランドを立ち上げた感じかな。

Todd:キースが最初の店をオープンした頃には、僕はもうLAに戻ってたね。でも遠目からその成果を見て、同世代の仲間が何もないところから、あそこまで持ち上げていったことに感心したよ。今でも、HUFがここまで世界的なブランドになったことを思うと、本当にキースはすごい才能を持ってる人だなって思う。キースは昔からスケボーに対しても真面目で勢いがよくて、加えて機械みたいに働く人間だから、成功したことに驚いたりはしないけどね。

Dennis:うん、すごい頑張り屋だよね。

Todd:本当すごいよ。昔から、あまりリラックスしてるところとか、見たことないもんね。若い頃から常に「スケートの撮影行こう」とか「何か作ろう」っていう意識が誰よりも高くて、それが今になってモノになっているのもクールだなって。

才能がある若者が圧倒的に増えてるね。インターネットが当たり前になったからなのかな。

──時代が進んで、キースやトッドやデニスがレジェンダリーなスケーター・アーティスト・フォトグラファーになりつつありますが、2018年の新世代のスケーターやアーティストについてどう思いますか?

Dennis:今のスケートシーンは、かなり熱いよ。2005年に俺は一時期スケートフォトグラフィーから離れたんだ。1995年〜2005年までスケート写真を撮り続けきてて、だんだんと興味がなくなった。2005年から10年間くらいスケートのマガジンやビデオや写真にまったく興味がなくて、カッコいいと思えなかったよ。でも最近になって、スケボーの環境にもう1回踏み入れてみたら、「やっぱりヤバい」って思えたんだ。最近のThrasherのビデオなんか見ると鳥肌が立つよ。今、形になってるスケートボードのコミュニティーが出来上がっていくのをリアルタイムで見れたことがすごい嬉しく思う。

Dennis:ただスケートフォトグラフィーに関しては、実を言うと、今もそこまで興味はないかな。90年代の頃の写真のほうがクリエイティブでおもしろかったよ。2000年半ばくらいに中判のフォーマットで撮影するのが流行り始めて、その頃から、どんどん機械の話になって、みんな同じテクニックでやってるから、つまらなくなったね。今はスケートより芸術派の若いフォトグラファーたちからインスピレーションをもらうことが多いかも。今の時代の20歳の子供たちのスキルはすごいよ。才能がある若者が圧倒的に増えてるね。インターネットが当たり前になったからなのかな。

Todd:そうだと思うよ。今の若い連中は僕たちより遥かに早い段階でSNSやネットを通じてインスピレーションを見つけられるからね。

Dennis:そうだね、俺も27歳とかのフォトグラファーを知ってるんだけど、持ってるスキルが半端じゃないね。その歳で、どうやったらそこまで能力成長させてるの?ってくらいカッコいいんだ。たまに、こうやって若い人たちに会う機会があると、やっぱり才能が飛び抜けている人たちも出てくるね。それはスケートにもアートに関してもね。

Todd:アートに関しては、デニスが言ってたことと少し似てるけど、僕は今の新しい機能の種類は、もちろん進化して90年代に比べるとすごく面白いなと思う。あの頃はスケボーのグラフィックの作り方に色んな制限があったからみんな同じ方法でやってたんだ。でも今はヒートトランスファーとか、プリントの方法がどんどん進化していっているね。でも90年代のころは制限があったからこそ、今の人たちにはできない、自分たちで工夫して産まれた特殊な技やスキルがあるんだけどね。今は、みんなフォトショップを使ってるよね。フォトショップがあると無限の可能性があるから、すごく素晴らしいと思う反面、つまらない部分もあるよね。つまらないっていうのは、その機能が面白くないわけではなくて、僕みたいに昔から工夫を重ねてやってきた人には独特な好みとかこだわりがあるからね。僕は自分のやり方で世界の人たちに衝撃を与えたいんだ。最新のアートの中で見るものは、なかなか昔みたいに気分が上がらないんだ。でも、僕は絶対、新しい技術やアーティストをヘイトするオヤジにはなりたくない。そういう古い大人になっちゃうと誰も一緒に仕事してくれなくなっちゃうでしょ。僕は自分が歳を重ねることで自分のアートも成長していると考えたいから、それをこれからも新しい時代と一緒に続けていたい。

Dennis:そうだね。フォトグラフィーもインターネットが当たり前になってから、ものすごく変わったよ。今では、そこらへんのおばあちゃんでも、みんなポケットの中にカメラ持ち歩いてるからね。

──今までキースと25年間以上の関係を保ち、HUFとのコラボも何回かありますが、どうやってコラボが決まったのですか?

Dennis:初めてHUFとコラボしたのはLAに引っ越した2007年だね。キースとは、しょっちゅう会っていて、ある日キースから連絡があって、俺の知り合いのポルノ業界の女の子たち集めて何かしようって、予算と計画を持ってきたんだ。だから俺は当時の彼女に連絡して、女の子を何人か集めたんだ。そしたら最初に頭金として半分払ってくれたんだ。その頃はお金がなかったから、払ってもらえるっていうことでモチベーションも上がったね。俺が初めて撮影した女の子はSasha Greyだった。そこから、だんだんと女の子の写真は増えてきたね。あの撮影に3年かかったよ。2010年のFairfaxストアがオープンした時に公開したね。それは丁度Instagramが爆発的に流行る直前だったから、もし、あのコラボのときにSNSが今みたいにあったら、もっと爆発したはずだ。あの時はTシャツと、クリエイティブ・コンサルタントのHanniがデザインをディレクションしたポストカードのセットと、フレームの写真を何枚か売ったね。結構すぐ売り切れたよ。そこから、キースから、よく仕事の連絡がくるようになって、アニバーサリーの作品とかも写真を撮って出したね。キースと一緒に仕事をしてて1番楽しいことは、キースは常にオープンな考えで、きっちりと最後までやり遂げるメンタリティーがある人なんだ。それは俺にとってもすごく大事な面で、昔から今でもキースの高潔な精神が魅力的だね。

Todd:あと、全部の商品に自分の名前がプリントされてるから、あまり変なマネはできないしね。僕は初めてHUFとコラボレーションしたのは2013年だったかな。たまに会ったりしてたけど、僕がAntiheroに戻ったとき、クロージングカプセルをやってほしい、と連絡くれたね。キースのいいところは、毎回声かけてくるとき、「一緒にイケてることしようよ」って誘ってくれるから、僕に自由にやらせてくれて本当楽しいんだ。毎回一緒に仕事をする度、違う視点からアプローチがあって、縛り制限はないんだ。敬意と信頼性がある人と仕事ができるのは幸せなことだね。キースも正直に気に入らないものはそう言ってくれるし、いいと思ったことも、はっきりと言ってくれる。それも全部信頼があるから成り立っていて、キースはかなり仕事しやすいよ。あと、キースはあまり多くのアーティストとコラボレーションしないからすごくありがたいね。

Dennis:そうだね、俺も、特に今回のコラボレーションに関しては、すごい嬉しかったね。前回、日本に来てアメリカに帰ったとき、キースと会って、Metropolitanの話とかしてたら、これから日本で新しく2店舗出すから、そのうちの1店舗でフォトグラファーとコラボしたいって言ってくれて、昔からの仲でHUFのDNAが流れてるから、やってくれって頼まれたんだ。もちろん、すぐOKして、その夜に展示できる写真を探ったよ。それで今回また日本にきて仙台の店舗に入ったときは感動したね。自分の写真が、一次的じゃなくて、ずっとこの店で飾れられるって思うとすごいクールだよ。NYのSupremeショップにあるAriの写真を見るのと同じ感覚だったよ。Ariとは1995年にNYで出会って、今でもAriが撮ったMetropolitanの広告はレジェンダリーだよ。AriはAndy Warhol本人とかとも仕事したことがあるくらいの人だからね。だから彼みたいに、こういう仕事ができて本当に言葉じゃ説明できない気持ちだよ。ありがたいことだよ。

──鳩の彫刻は?

Todd:キースは、今までHaroshiみたいな素晴らしい彫刻家と仕事してきてるから、ある日キースに、「デカくて永遠に形に残るもの作ろうよ」って言われたときは、すごくワクワクするチャレンジだったね。僕は彫刻家でもないし、この鳩が初めての彫刻なんだ。僕もキースも今までたくさんのブランドと仕事してきた経験があると思うけど、大体みんな、「前回のコラボが、すごくヒットしたから今回もその延長戦をやろうよ!」って言うんだ。それは出会う人々の中で、本当にクリエイティヴな人が少ないからなんだ。みんなどうしても似たような、簡単なルートを選びがちなんだ。だからキースみたいに、「前回のコラボすごくうまくいったから、正反対のことしてみよう!」って言う人がいないんだ。みんなアイディアより、数的な目標があって動いているんだ。だからキースに「彫刻作って、その彫刻からインスパイアされたクロージングカプセルをやろう」って言われたときは、素晴らしいチャレンジだと思って、すぐに賛成したね。

Dennis:俺も同じことを思ったんだけど、あれ作るのに、だいぶ苦労したんじゃない?

Todd:いや、落ち着いて考えたら、鳩のモチーフが今までの自分のアートの中でも1番世間にも知られてるものだったから、そこまで苦戦はしなかったね。でもアイディアを練って、時間をかけて、いろんな人の協力もあって仕上がった作品が、この(きっと壊れることのない)鉄の鳩の彫刻だから、いい足跡残せたかなって思ってる。

Dennis:うん、あれはどこにもいかないね(笑)。

取材として設けられた60分という時間をフルに使い、多くのことを話してくれたトッドとデニス。なかでも90年代の話のリアルさは貴重で、キースとの関係性もとても素晴らしいものだとわかる。レジェンダリーとよばれるような存在になってもなお、「面白いことがしたい」「面白いことをみつけたい」という好奇心がにじみ出るような2人の姿。こと今のシーンについて語る2人はちゃんとそのシーンの中に入り込んで見渡した景色を語っていると感じられ、トッドの言う「自分が歳を重ねることで自分のアートも成長していると考えたいから、それをこれからも新しい時代と一緒に続けていたい」という言葉は印象的だった。

最後に、ここにキースがいたとしたら、どんな風になっていただろうか、と夢想してしまう。

INFORMATION

HUF HARAJUKU

住所:東京都渋谷区神宮前4-28-24-1F 03-6804-5057
営業時間:11:00-20:00
定休日:不定休

Todd Francis
http://toddfrancis.com/

Dennis McGrath
http://www.dennismcgrath.net/

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