INFORMATION
『Luna』 – Jesse Kanda(as Doon Kanda)
1. Bloodlet
2. Molting
3. Luna
4. Crinoline
5. Burning
6. Shed
7. Lamina
Label: Hyperdub
BjörkやArca、FKA twigsといったミュージシャンたちのアートワークやミュージックビデオ、キービジュアルなどを制作したことで知られるビジュアルアーティスト・Jesse Kanda(ジェシー・カンダ)。そんな、”アーティスト”のJesse KandaがDoon Kandaというエイリアスで4月20日に新作EP、つまり音楽を発表した。タイトルは『Luna』。BandcampでのダウンロードやSpotifyなどのサブスクリプション配信もされている。ちなみに、カバーアートは自身が制作したトップの画像である。
ビジュアルアーティストとしてのJesse Kandaは、極めて奇怪で、恐怖すら感じられるほどにグロテスク、しかし妖艶な雰囲気も合わせもつグラフィックやイメージングを創造するアーティストだ。それは、このカバーアートを見ても明らかだろう。これまでに、Arcaのアルバム『Xen』、『Mutant』、『Arca』や、FKA twigsの『LP1』、そしてBjörkの最新アルバム『Utopia』のアートワークを手がけた。
特にArcaのアートワークはどこかおぞましさを感じさせ不安を煽るような作品だ。その一方でFKA twigsのアートワークは多様な色彩に、ドールのような美しい質感をもったFKA自身のポートレートとなっており、不思議な非現実感を漂わせる。
Jesse Kandaはアートワークなどの平面グラフィックだけでなく、映像、写真、インスタレーションなど多くの表現を得意とするアーティストでもある。上述のBjörkやArcaのミュージックビデオ、ファッションブランド・Hood By Airのビジュアルイメージ、さらにニューヨークのMoMAでのマルチメディアインスタレーション、などなど多様な形態・プラットフォームで活躍している。日本でも昨年にTOGAのサポートによるエキシビジョンが開催された。
こちらは、Björkのアルバム『Vulnicura』に収録されている『Mouth Mantra』のミュージックビデオ。歌うBjörkの口の中に入っていくというモチーフで、圧倒的なイメージを観ている人に与える。アニマトロニクスやコンピュータグラフィックスを駆使した独特のイメージングがこれまたグロテスクさを助長させている。
次は、MoMAでのエキシビジョンのために作られたビデオ。Arcaの楽曲に合わせて軽快なダンスを踊る乳児たち。だが、この乳児がなんとも表現しがたいクリーチャーともいえる気色悪さをまとっている。さらにコントラストの高いライティングが不穏な感触を伝え、途中からは画面全体が歪んでいく。
こうしたビジュアルイメージはJesse Kandaの真骨頂ともいえるだろう。こうした嫌悪や恐怖すら感じさせる表現を彼は最も得意としている。90~00年代にAphex Twinのミュージックビデオや『Rubber Johnny』のビデオを作っていたChris Cunningham(クリス・カニンガム)を彷彿とさせる悪趣味ともいえる表現だ。さて、そんなJesse Kandaが生み出す”音楽”とは一体どんなものなのだろうか。
Jesse Kandaが最初に音楽をリリースしたのは、昨年のこと。BurialやDJ Rashadなどをリリースしている名門レーベルHyperdubから『Heart』というEPを出した。そして今回の『Luna』も同じくHyperdubからのリリースである。
上述のように『Luna』のアートワークは彼が得意とするグロテスクなクリーチャーが据えられている。だが、その一方で音楽そのものはそのイメージングとは相反するかのように、美しさが際立つエレクトロニックサウンドとなっている。グリッチのようなノイズがありながらもアンビエント・ドローンのような美しい音が紡がれていく。特に表題曲である『Luna』は、浮遊感のあるメロディーとテンポでリラクシングな雰囲気すら合わせもっている。
Doon Kanda名義のBandcampページには、ユーザーから「スローで心地よいメロディー/優美な雰囲気を感じる」といったコメントもあり、多くのユーザーが美しさにフォーカスしている。個人的にラストの『Lamina』の多幸感は、ビジュアルアーティストとしてのJesse Kandaのイメージとの乖離すら感じ、ピュアな一面も合わせ持っているのだろうか、と考えるほどだった。
先の『Mouth Mantra』のミュージックビデオの舞台裏を描いた、WeTranferによるビデオの中で、BjörkはJesse Kandaについて「彼はとてもピュアだと思う。そして、官能的。対照的なものを混ぜ合わせる面白さを持っている」と語っている。さらに、Jesse Kanda自身がどのようなものに惹かれるかについて「あらゆるものが、どのように動き、どんな色で、どう育って、そしてどう朽ちて、どう死んでいくかを常にみたいと思っている」と言う。また、英カルチャー誌・Dazedのインタビューでは、「自分のゴールのひとつは、”気持ち悪い(disgusting)”と称されるものをなにかしら美しいものとして見せること」と。
たしかに、彼のアーティストとしての表現は、「不気味」「恐怖」「グロテスク」といった修辞で表わされることが多い。たしかに奇怪で負の感情すら与えるような、いい意味でも悪い意味でも「圧倒的」なイメージである。しかし、Jesse Kandaは悪意によってそのイメージを作るわけではなく、彼が純粋に美しいと感じるものを表現しているのかもしれない、そう思えた。グロテスクとは対照的ともいえる美しいメロディーを音楽として生み出すDoon KandaというエイリアスがJesse Kandaの奥深さを感じさせるのだ。しかし、きっとJesse Kanda自身にとっては彼が生み出すビジュアルイメージと音楽は同一線上に位置しているのだろう。実際彼は、「『Luna』のリリースに合わせて幾つかのグラフィックを公開していくよ」とアナウンスし、リリース以来クリーチャーのようなグラフィックをSNS上にアップしている。
アーティストとしての奥深さを見せたといってもいいJessse Kandaの音楽家の一面。彼の活動をこれからもウォッチし続けたいと思わせる。これまでにも何度か日本でイベントやエキシビジョンを行なっている彼だが、この美しい音楽とともに再度日本で何かをやってほしいと願うばかりである。
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1. Bloodlet
2. Molting
3. Luna
4. Crinoline
5. Burning
6. Shed
7. Lamina
Label: Hyperdub