CULTURE 2018.01.03

〜a short short story three : 太陽の子ら ムサシvs.コジロー〜アメリカ文学を読むんじゃなく、遊ぶのなら。

EYESCREAM編集部
EYESCREAM編集部
Translation—Hikaru Fujii Photography—Tammy Volpe (RIDE MEDIA&DESIGN) Edit—Makoto Hongo, Azusa Iwasaki Text—Hikaru Fujii

ノベリストにスケーターにコラムニスト、はたまたブックストア。
まずは、現代アメリカ作家の頭の中に“日本”を入れてみたら、何が出てくるか。
やれフジヤマだのスシだとは違う、笑いと幻想のゲームが始まる。

a short short story three : 太陽の子ら ムサシvs.コジロー

“Children of the Sun: Musashi vs. Kojiro”
from
[THE BOOK OF DUELS]
Author—Michael Garriga

宮本武蔵、二十八歳、浪人&後に『五輪書』を著す

我が太刀が彼の着物と鎧、そして肉を切り裂き、相手が刀を落とすと、私は小舟のほうを向き、出発のときだと郎党に合図する──ぐずぐずしていると、彼の手下どもに殺されてしまうこと請け合い──それに、ちょうど良い潮時であり、櫂をせっせと漕いでいくと潮が我々を沖合に運んでいってくれる、我が髭と衣に潮風がまとわりつき、舟が波に揺られて上がり、下がり、浮かび、沈む、そして海の様子に、私は故郷の村での思い出に引き戻される……外では雪が降りしきるなか、小さな子供の私はこたつに入って炭火で暖を取り、母の腕のなかで泣いている── 横にしゃがみ、私の背中をさすりながら、しーっ、おさるちゃん、しーっと言う母に、私はちょうど見たばかりの夢の話をしようとしている、池のほとりに座っていたという夢だ、池は睡蓮の葉に覆われていて、その真ん中には一つだけ咲いた花がある、山吹と桃の色合いで、遠く離れていたその花に小さな手でどうにか触れようと、私は体を精いっぱい伸ばし、体勢を崩して水に落ちる、水面の下はまったくの暗闇で乾いており、関ヶ原の戦いで討ち死にしたはずの父君が、目の前、戸口のところに立ち、私に片手を伸ばしている、だが私が近づくにつれ、父の姿は小さくなっていくため、私は山の如く立ちつくし、ひたすら父君を見つめ、父上! 父上! と声をかけていると、いつしか父君の姿は至高の光のなかで薄れ、消えてしまう、それでも私は、母にそれをどう話せばいいのかわからずにいる、夜に咲く花が、太陽のように奇跡的で渇望の的であるものを望むべくもないのと同じく。

舟の上で目を覚ましてみれば、風が我らを目的の地まで運んでいってくれている、そうしてまた別の夢を思い出す── 私は侍であり、決闘で殺されたという夢だが、ひょっとするとそれは夢などではなく、私は実は死した男であり、この旅は我が最後の夢であるのかもしれない。

佐々木小次郎、二十七歳、侍にして岩流始祖

強い雨足が我が衣を芯まで濡らし、ずっしりと体に重くのしかかり、体からは血が出ていくため、私は濡れた砂に座り、おのれの足跡に水が溜まっていくのを眺めている、我が生涯は雨の一粒ごとに消し去られていき、私が世を去れば、この目で見てきたものを誰が覚えていてくれるのだろう──子供だった頃、父君の果樹園にて、桜の木の上に登っている白狐が、桜色の花でほとんど隠れてしまって目が覗いているだけになり、私も狐も動かないまま互いを見つめたまま、やがて太陽が空から沈んでいったこと、あるいは、静かな池のなかで、二匹の蛇が一匹の鯉をくわえ込み、一匹は尾びれ、また一匹は頭を咬んでいたために、三匹で新たに、おのれを喰らう一匹の化け物を成していたこと、またあるいは、富田勢源先生の道場にて、先生が力士のように清めの塩を放り投げ、野太刀の腹でそのすべての粒を受け止めてみせたこと──そして今、私はこの島で死んでいくのだと知り、心静かにそれを受け止め、我が精神がこの粗野なる体を離れるに任せようとする、愚かなる我らはみな、まだまだ長生きするのだと考えてしまうのだが── 死の床にある老人ですら、あと十年生きるのだと思っている── 私の日々は終わりを迎えたのだ、あとは私の愚かなる虚栄心と、この最期の日に至る年月が、明日という日がまた巡ってくるのだと思
わせているにすぎない、なぜなら、もちろん明日などなく、あるのは今この時だけなのだから──私は片肘をつき、最後の力を出して体を横たえ、胸の上で両手を交差させ、砕ける波と化すおのれの息を耳にし、口を開けてこの世の最後の一滴を受け止め、灰色の空に漠と白く燃える穴、弱々しく恩知らずの太陽に会釈し、そして永遠に目を閉じる。

マスター・リー、二十三歳 歌人&佐々木小次郎の弟子

満開の花を咲かせる桜の木
海から高く 燃える日の出や
人も果実も早く地に墜つ

正午に白き 日が居座る
果たし合いなり決闘なりと
日も我らも待つ

日暮れに近く かの人現れ
髪はぼさぼさ 時間も遅れ 無礼千万
武士の情けで 名は伏せるが
見れば風吹き はためく衣は龍の翼か

怒りに狂い 我が師は手を見せ
血の赤さは あれは日暮れか 桜桃か

窮鼠猫を噛み 我が世は倒れ
次の世に向かう気もなく
世も水も火も 風も無も 何の利があらんや

なれど鴎が空で鳴き
なれど白紙が前にあり

薄暮なり 我らが光は 持ち去られ
闇夜に月が現れず
涙のほかに何があらんや

師の恨みを 果たすべきか
自死するか 筆を取ろうか

PROFILE

Michael Garriga

マイケル・ガリーガ
エビ漁師、バーテンダー、ブルース・バーでの音響担当を渡り歩いてきた上に、その他は謎であるという、嘘か本当かわからない経歴の持ち主。アメリカ南部を軸としたクリエイションを続け、ブルースや聖書といったモチーフがしばしば物語に取り上げられる。本作『太陽の子ら』が収められたデビュー作『THE BOOK OF DUELS』は、古今東西の宿命の対決を独特のうねる文体で語る奇妙な掌編集である。

The Book of Duels by Michael Garriga (Minneapolis: Milkweed Editions, 2014).© 2014 by Michael Garriga. Reprinted with permission from Milkweed Editions, milkweed. org through Japan UNI Agency, Inc.

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