“あなたに逢いたくて”〜EYESCREAM的人物図鑑〜
Page.03 栁澤春馬さん

photography_Ryuichi Taniura, text_Yuri Matsui

“あなたに逢いたくて”〜EYESCREAM的人物図鑑〜
Page.03 栁澤春馬さん

photography_Ryuichi Taniura, text_Yuri Matsui

例えばちょっと昼過ぎの、なんかモラトリアムな時間に、交差点やなんかを渡っていると『今、すれ違ったあの人、何をやっている人なんだろうな』とか気になる人が稀にいる。これだけ聞くと、どんだけ危ない思考で街を歩いているんだよ、と突っ込まれそうだが、何気なく気になる人というのは、人間の本能的な細胞的な何かが、こんがらがって脳に指令を出しているという、いわゆる1つの繋がりがある人物なのだとか(そうでないとか)。ならば話しかけてみましょう、相手は人間なんだもの。言葉通じるでしょ。そして教えてもらいましょう、あなたのこと。そう、あなたに逢いたくて、ここにカメラマン連れてテレコ片手に歩いて来てるんだよ。という連載”あなたに逢いたくて”〜EYESCREAM的人物図鑑〜。
魅力のあるクリエイターやアーティストをEYESCREAM目線で勝手に紹介させていただく。3ページ目は栁澤春馬さん。

2017年3月に開催されたエキシビション「DISTRICT 24」をご存知だろうか?
続いて開催された、「DISTRICT 24」と世界観を地続きにする「SECTOR 2」とともに、フレッシュなクリエイター陣の作品を独自のビジョンのもとに見せ、話題を呼んだイベントの主催者が、栁澤春馬だ。自身の現在を客観的な眼差しで見据える24歳の、これまでの活動とこれからの展望とは。彼が会場装飾を手がけたイベント(2018/7/8『SILVER FACTORY』@ WWW X)で撮影した写真とともに紹介したい。

ーファッションやアートに興味を持ったきっかけは?

小3くらいから、7歳上の兄の影響で『CHOKi CHOKi』とかのファッション誌を読み始めたのが最初です。アートに興味を持つようになったのもファッションがきっかけで。ラフ・シモンズの存在を知ってから、アートがファッションとも密接に関わっていることがわかって、アートについても掘り下げるようになりました。

ー高校生の頃に地元の長野でファッションショーをやったそうですね。

松本城の公園で、松本の仲の良いショップの人たちの協力を得てやりました。松本って個人のセレクトショップや古着屋が地方にしては多くて。今考えるとふわっとしたイベントではあったんですけど、松本でそういうイベントをやったことで興味を持ってくれる人もいました。

ーその頃からイベントのプロデュースやディレクションに興味があったんですね。

アーティストって、自分について発信することが下手な人も多いので、間に入ることで、世の中の目に触れる機会を作ってあげるのが僕の役目なのかなと思っています。

ー高校を卒業後、文化服装学院に入学。その後、留学先としてニューヨークを選んだのはなぜですか?

ベタなんですけど、候補としてNYかロンドンを考えていて。一応、留学前に両方遊びに行ってみたんですけど、直感的に、より刺激的なのはNYなのかなと思ったんです。現地では語学学校に行きつつ、小さなエキシビションをやりました。

ーその展覧会を企画した理由として、「既存のギャラリーのあり方に疑問を抱いていた」ためと別のインタビューで拝見したのですが、どういう部分について疑問があったのでしょうか?

NYにはチェルシーっていうギャラリー街があるんですけど、ギャラリーを借りる費用がすごく高いんですよ。だからみんな絶対に作品を売らなきゃいけなくて。そうすると、白壁に作品を展示して見せるスタイルがベストになってくる。それはそれで間違っていないと思うんですけど、もしも売ることを度外視した場合、アーティストによっては、もっと踏み込んだ、より良い見せ方があるんじゃないかなと思ったんです。ましてやNYなんて、あんなにごちゃごちゃしている街で、そんなに整然とした見せ方をする必要があるのかなと。だから、自分なりの理想の展示というものを提示しようと思ってやりました。

ーその展示に参加したアーティストたちとはNYに行ってから知り合ったんですか?

1人は文化時代からの友達で、あとは全員NYに行ってから知り合った人ですね。現地でスーパーのバイトを始めたときに、僕に仕事の引き継ぎをしてくれた人が偶然カメラマンで、そんな縁から展示してもらったり。1番すごかったのが、ゴーシャ(ラブチンスキー)から衣装提供を受けてショートフィルムの撮影などを行なっていたロシア人のフィルムメーカーとの出会い。ネットで作品を見ていいなと思って、NYに住んでるみたいだったから、ダメもとで展覧会の企画書をメールで送ったんですよ。だけど2回くらい送っても、案の定返答がなかったから、諦めてたんです。そうしたら、展覧会が始まって2日目の夜に来てくれた女の人が、会場の入っている建物の上階に住んでいる知り合いの女性を連れて来たんですけど、話すうちにその人が、オファーを出してたフィルムメーカーだということがわかって。彼女も展覧会の空間をすごく気に入ってくれて、最終日だけ作品を展示できることになったんです。アメリカンドリームだなあ、こんなことあるんだって思いました(笑)。

ーそれはすごい偶然ですね! そもそも留学期限が決まっていたということもあると思うんですが、ずっとNYに住んで活動したいとは思わなかったですか?

思わなかったですね。むしろNYで見た面白いものを、日本で見せたいなと思いました。それにNYのアーティストって、自分で自分の活動を積極的にアピールする人が多いから、僕が現地にいたとしても間に入る必要性はあまり感じなかった。日本のアーティストって、活発に自分たちで動いてる人も多いですけど、とはいえNYと比べると内向的な人が多いのは事実だし。

ー今はSNSなどを使って自己発信することが上手い人も多いように思えますが。

そうですね、増えてはいます。ただSNSで発信することが上手い人は多いけど、中身も伴ってる人はそんなにいないなと思っていて。

ー確かに発信の上手さと作品の良さは必ずしも比例しませんね。

そうだと思います。僕も含めて、みんな画面越しにいろんなものを見れるから目が肥えてきちゃってて、それっぽいだけのものを作れる人が多いと思うんです。でも最後はやっぱり足で稼がないと、そこに厚みは生まれません。僕と同世代の人の中には、若いうちに少し注目されたとしても、30代になったときに何者にもなれなかったっていう人がいっぱい出てくるんじゃないかなと思ってます。

ー栁澤さん自身も若くして注目されている立場だと思いますが、そのことについてはどう感じていますか。

僕の活動に興味を持って取材をしてくださったりするのは、本当にありがたいと思っていますけど、僕が30歳になったときに同じことを続けていられるかどうかは自分の責任なので。今、同年代で必死こいてもがきながら下積みしているやつらなんていっぱいいます。たまたま僕は発信したことが今少し注目されてるだけで、そういう人たちに負けないようにしないといけないなと。努力しても裏切られることはいっぱいありますけど、サボったらサボった分だけ絶対にツケが回ってくるので。

ー距離を置いて非常に冷静な目で見ているんですね。去年開催された『DISTRICT 24』については、ご自身ではどのように捉えていますか。

たくさんの人に来てもらえましたし、時代の流れとも合致して、いいタイミングでいい企画が打ち出せたのかなと思います。ただそこからお金をメイクすることには繋がってなくて。超大赤字で、全部自分で背負い込みました。なるべく敷居を下げないと興味を持ってもらえないと思ったから、入場料も無料でしたし。

ー栁澤さんにとって展覧会を企画する1番のモチベーションは、NY時代の話で言っていたように、やはり自分なりの理想の展示空間を提示したいからですか?

来てくれた人が、空間を通して新しい発見みたいなものを持ち帰ってくれることが1番嬉しいですね。僕は海外旅行がすごく好きなんです。自分が行ったことがない土地に行くのってめちゃくちゃワクワクするじゃないですか。その体験に近い感覚を、展覧会を通して提案したいのかもしれないですね。

ーそれでは、展覧会の作り方としても、先に目指すべき空間のイメージがあって、その空間で活きるアーティストをセレクトしているような形なのでしょうか。

その通りですね。だからいわゆる展覧会の普通のキュレーション方法とは違うかもしれないです。

ーこのイベントもそうですが、『DISTRICT 24』、その続編として開催された『SECTOR 2』ともに、ディストピアSF的なテイストが共通していますよね。

このWWW Xの装飾は特にディストピア的なイメージで作り上げたんですけど、昔から映画が大好きで、その非現実的な世界から影響を受けていることもあり、自分にとってそこは大きな要素かもしれないですね。ディレクションするときにいつも大事にしていることがあって、それは「ユーモア」と、「見たことのない何か」を表現した空間であること。それが、僕の中では「荒廃した地球」とか、「ディストピア」みたいなイメージに繋がっているような気がします。まあ根が暗いからなのかもしれないですけど(笑)。

ー今後もまた展覧会を企画する予定はありますか

今のところないんです。お仕事待ってます(笑)。来年のどこかで、何かひとつ企画できたらと思ってます。またDISTRICT 24のような規模の展示もしたいですね。

ー楽しみですね。

最近、これまでとは少しやり方が変わってきて、例えばこのイベントでは花の装飾と絵のペイント以外は全部自分で作ったんです。それってディレクターとしてはやりすぎな気もしますけど、今後はもっとそうやって空間をデザインするという意味合いで、フィジカルに手を動かす方に向かっていくような気もしています。僕、子供の頃から紙飛行機とレゴブロックが大好きで、そればっかり作ってたんですよ。親父もDIYがすごく好きだから、家に工事現場の人が使うような機材が揃っていたし。そういういろんな要素が合致して、今がある感じなので、これからはどんどん自分で作ってく形になるのかなと思ってます。結局僕って、自分で何かを作りたい人なんですかね……?

ー(笑)。オーケストラを指揮しつつ自分でも演奏するような。

正直なところ自分でもまだわからないんですけど、ゆくゆくはそういう人になっていくかもしれないなと思っています。