CULTURE 2019.04.16

『インナー・シティ・ブルース』発売記念・長谷川町蔵1万字インタビュー:前編

EYESCREAM編集部
EYESCREAM編集部

EYESCREAM.jp人気連載の単行本化を記念して、長谷川町蔵氏へ担当編集者がインタビューを敢行。登場人物の名前から舞台の小道具まで、サンプリングソースや仕掛けの一部を、ポップカルチャーの伝道師たる著者自ら披露し、解説する。東京の街の歴史や、古今東西の文学、音楽、映画についても楽しく学べて、二度読みしたくなること必至だ。

――『インナー・シティ・ブルース』単行本化、おめでとうございます。長谷川さんの小説デビュー作『あたしたちの未来はきっと』を読んであまりに面白かったので、もっとフィクションを書いてほしいと思って、まずはWEBの連載としてお願いしたんですよね。

「1作目が東京郊外の町田市を舞台にした連作短編だったので、次は東京都心部を舞台にしたらという提案でしたよね。そこで毎回、東京の都心部のどこかを舞台に展開する連作短編っていうコンセプトが生まれて」

――そもそも4人の女性が主軸になる設定はどこから?

「都心部を舞台にって言われたときに、東京の山の手が第4山の手まであることを思い出して。第1山の手は江戸時代から山の手だった文京区とか新宿区でも東側の牛込。第2山の手は港区あたり、第3山の手が世田谷とか杉並で、第4はいわゆる市部ですね。それで囲間三姉妹と藤野恋のキャラや性格が生まれました。それぞれ5歳ずつ年齢が違うのは、最初の打合せの時にEYESCREAMのWEBの読者対象が20〜35歳って言われたからなんですよ。4人でカバーすると5歳違いになる」

――第1話の舞台を渋谷にした理由は?

「最初は代官山にするつもりだったんです。あそこってすり鉢状の地形になっていて、地理が分かりづらくないですか? 代官山蔦屋書店がある旧山手通りはなんとか行けても、入り組んだところにある店って、地図を見ながらでもなかなか辿り着けない。そこで、死んだファッションおたくの霊がたどり着けずにさまよっているアイデアが生まれた(笑)。あと、東京都心部って郊外と違って街に歴史があるから、過去にそこに何があったかも書きたくて。それで中沢新一の『アースダイバー』(講談社)を思い出したんです。オカルトチックなネタを混ぜつつ東京の街の歴史的な背景が書いてある。このふたつを合体しようとしたんですけど、自分がそんなに服に詳しくないことに気がついた。そこで渋谷のアナログレコードおたくの話にしたんです。渋谷もすり鉢状だし、アナログレコード全盛期の1996年の『レコードマップ』を見返すと、あの頃あったレコード屋はほとんど無くなっているので、ここを舞台にして描いたら歴史も書けると思って。モチーフにしたのは、前半『ハイ・フィデリティ』で、後半『シックス・センス』(笑)。90年代映画の合わせ技みたいな」

――そこも90年代カルチャーを意識していたんですね。

「4人の女性のうち誰を渋谷編に登場させるか悩んだんですけど、やっぱり一番若い方が90年代世代とギャップが出て話を作りやすいので、藤野恋にしました」

――さっきの話だと藤野恋は20歳でもいいのに19歳の設定ですよね。

「渋谷編のタイトルを、『ヘイ・ナインティーン』にしたかったんですよ。スティーリー・ダンのあの曲の歌詞は、19歳の女の子に向かって《アレサ・フランクリンを知らないんだろうな》って内容だから。でも書きながら終盤に近づくにつれて、タイトルはオチにも使われているエドゥ・ロボの曲名『ウッパ・ネギーニョ』しかないなって思い直して、差し替えました。ただ、『ヘイ・ナインティーン』を使いたいっていう気持ちが、後のエピソードのタイトルに……」

――著者の残留思念が動かした(笑)。いずれにしても短編のタイトルになっている曲名は内容に影響している。

「そこそこ有名な曲を並べたつもりなんですが、困ったのは単行本の第一話のタイトルが『ウッパ・ネギーニョ』でなってしまったってことです(笑)。ある年代の人間にとっては分かってもらえても、一般的には無名の曲だろうから」

――渋谷編は、ある年代の読者層からの反響が大きかったですね。

「今、渋谷系イコール“洋楽から影響を受けた人たちが作ったJ-POP”のイメージがあるようですが、自分にとっては、当時あの街でアナログレコードを買ってた人たちのムーブメントなんです。若杉実さんが書かれた『渋谷系』(シンコーミュージック)でもそこが強調されていて、自分もその意見に加勢したかったんですよ」

――渋谷編の舞台になっているアナログレコード屋でかかる曲に対して、思い入れのない藤野恋が「ドトールにいるみたい」と言う場面があります。

「ドトールのBGMの昼間の選曲ってかつての渋谷系そのまんまなんですよね。夕方からはスムースジャズになるけど。物語の中のDJプレイで一番盛り上がるところの曲順は、当時Yellowとかでかかっていた流れをアレンジしたものなんです。あとはもっと小さなパーティで、よくプレイされていたネタ元とJ-POPをつなげてかけるような感じもミックスしています」

――ここでお店の常連として登場するミカエルは後にほかのエピソードでも登場しますね。

「ほかの人も後に登場するんですよ。美容師の矢口は、豊洲編ではタワーマンションに住んでます。不良サラリーマンの沼水は、八重洲編で殴られる人で、新宿編では地下アイドルの運営に名乗りを上げてる。これは渋谷系のリスナーに後にアイドルにハマった人が多かったことを沼水に投影したんです」

――登場人物の名前の由来でいうと、まずレコード店主の久作は(ジョン・)キューザックですよね。

「狙っていますね。でも拘りがないときは舞台にある地名から名付けています。渋谷編には大山、新宿編は赤城とか内藤が出てきます。藤野恋の苗字“藤野”も町田市にある藤の台団地から取りました」

――著者のルーツにかかわるネーミングだったんですね。東京オリンピック・パラリンピックに向けて東京都心部が様変わりしてきていることは意識して書かれましたか。

「取材で街を歩いているとそれをひしひしと感じたので、おのずと反映されました。単行本化で付け加えたところで、代々木公園が昔、オリンピック選手村だったという描写を入れたんですけど、あれも昭和39年の東京オリンピックの遺産じゃないですか」

――池波正太郎はその東京オリンピック辺りから失われていった江戸の名残をエッセイで嘆いていましたね。

「小林信彦と荒木経惟も『私説東京繁昌記』(ちくま文庫)で怒っていましたね。小林信彦先生は中央区日本橋出身で、東京原住民としての誇りがあるから、街の破壊や再建に対して罵倒する勢いで。今は過去最大規模のビッグチェンジなんじゃないですかね」

――設定メモを見せていただいた時に、東京が何年にどこがどう変わったかを分析されていましたね。

「2000年代初頭に今の東京のランドマークがたくさん出来ているんです。2003年に六本木ヒルズ、2007年に東京ミッドタウン、2008年に赤坂サカスがオープンしています。だからその頃はちょうど(登場人物の)囲間家の長女、鴎が大学在学中で身動きできない時期にしたんです」

――変わりゆく東京の象徴といえば、第2話の舞台、豊洲ですね。ここも日菜子という女の子が主人公かと思いきや、いま話に出てきた囲間家の長女・鴎を登場させるための回だった。カルチャーのネタも細かく出てくるのが読みどころです。例えば『ダウントン・アビー』(編註:オバマ元大統領夫妻もファンを公言していた英国貴族ドラマ)とか。

「『ダウントン・アビー』に、調理助手でデイジーという子が出てくるでしょう。デイジーってヒナギク。それで語り手は日菜子なんです。顔的にはデイジー役のソフィー・マクシェラを想像していただければ」

――豊洲編で書きたかったことは?

「豊洲編は、もともと全く別の物語のアイデアがあって。近未来に廃墟になった高層マンションで、映画『ブルース・リー 死亡遊戯』みたいにどんどん上の階にあがって敵を倒してゆくっていうバトル物を考えていたんですが」

――それも読んでみたかったな。

「渋谷編より巨大なものを出そうと思って、ああいうオチになったんですけど、関東大震災と太平洋戦争の話は後々も出てくるんで、書いておいてよかったかなと」

――いきなりスケールが大きくなりました。タイトルの「スケアリー・モンスターズ」を選んだ時点でモンスターが登場することは念頭にあったんですか? デヴィッド・ボウイを1曲入れたかったとか。

「ストーリーは実際に豊洲を歩き回ってから考えたんです。最後のシーンが豊洲市場なのも、実際に見てから思いつきました。ちょうどNetfrixのドラマ『ストレンジャー・シングス』が流行りはじめた頃で、地下になんかいるじゃないですか。一時期地下汚染の話があったので、そのふたつが繋がったんですね」

――そして第3話の舞台は八重洲。第1話の渋谷から、2、3話と東側に寄ってますね。

「普段行く東京都心部って西側に寄っているので、東側はチャレンジなんです。東の次もあえて東で頑張って書くぞという意気込みを感じてほしいですね(笑)。あと、八重洲が最近面白いなと感じていたので。あの地下街ならなんでも揃っていて暮らせるなってふと思いついて、タイトルもジャムの曲から『ゴーイング・グラウウンド』で書くと同時に決めました」

――主人公の行きつけの《アロマ珈琲》は実在する店ですね。

「この話に出てくるお店は全て実在します。あと、ここではスタイルを変えてサラリーマン小説風を意識しています。主人公の平という名前は源氏鶏太の『東京・丸の内』のもじりです」

――第4話は三ノ輪・浅草編。カラーギャングも登場して、また新しい展開に。ここは日本古典文学のオマージュやパスティーシュが詰め込まれているので少し説明した方が良さそうですね。

「最初の部分は、樋口一葉の『たけくらべ』の冒頭の街並を語っているところをサンプリングしているんです。現代語訳をさらに意訳していじっているんですけど。『たけくらべ』って今読むと、映画の『シティ・オブ・ゴッド』みたいな話なんですよね。いきなり子どもがボコられたりして実は殺伐としてる。そういえば川端康成の『浅草紅団』があったなと思い出して、その要素も入れてカラーギャングの話にしました」

――登場人物の信如は『たけくらべ』、弓子は『浅草紅団』の登場人物の名前からの引用ですね。

「そうですね。カラーギャングが出てくる設定だと現代じゃインパクトが弱いと思って、ちょっと昔のカラーギャング全盛期の思い出話にしたんです。大人になった主人公が誰かに話して聞かせる手法がいいと思って、それで『池袋ウエストゲートパーク』の語り口も参考にしました。タイトルは、『浅草紅団』だからブラッズだなと思って、ザ・ゲームの『ワン・ブラッド』にして、その曲が発表された年に物語の舞台を持っていったんです」

――主人公の海崎の苗字のからくりを披露してください。

「まず、後々出て来る阿房家という囲間家の傍流の家があるアイデアは浮かんでいて、そのアナグラムの応用で、カコイマを並べ替えて五十音順に一語ずらしたら、ウミサキってカッコいい苗字になることに気づいて、これも使えるなと思ったんです」

――浅草編の最後に出て来る看板って……

「これは実在します。浄閑寺。ギョッとするでしょう。吉原遊女にかかわる場所だと吉原神社もあって、どっちにしようか迷いました。吉原神社は作家で僧侶の家田荘子さんが寄贈したりしていてわりと華やかなんですが、浄閑寺は街場にいきなりこういう看板があるんです。弓子が住んでいる家は『吉原はこんな所でございました』(福田利子著・ちくま文庫)を参考にしています。海崎がCボーイズに襲撃された3匹のパンダ人形がいる公園は、取材で実際に歩いているうちに偶然見つけました」

――そして次の第5話、新大久保・新宿編で囲間家の次女・楽が登場してついに女性陣勢揃いとなります。(※インタビュー後編につづく:近日公開)

INFORMATION

『インナー・シティ・ブルース』
Inner City Blues : The Kakoima Sisters

2019年3月28日(木)発売
本体 1,600+税

著者:長谷川町蔵
体裁:四六判 224 ページ 並製
ISBN: 978-4-909087-39-3
発行:スペースシャワーネットワーク

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