CULTURE 2020.11.11

橙 [dai-dai]as photographed by TAIGA NAKANO
vol.08 若葉竜也

Styling― RIKU OSHIMA Hair&Make—JIMI FUJIU Edit─Shu Nissen
EYESCREAM編集部
EYESCREAM編集部

vol.08 若葉竜也 / 俳優

平成という時代は、どんな色をしていただろう。
俳優 仲野太賀がカメラを構え、平成に生まれた表現者たちの素顔と向き合う。

橙[dai-dai] vol.00 太賀
橙[dai-dai] vol.01 池松壮亮
橙 [dai-dai] vol.02 菅原小春
橙 [dai-dai] vol.EX KID FRESINO
橙 [dai-dai] vol.03 折坂悠太
橙 [dai-dai] vol.04 シム・ウンギョン

今だからこそ、あえて遠回りして、
面倒くさい作り方をしたい。

仲野太賀:じゃあ早速、撮影を終えた印象から~

若葉竜也:いや、撮影まだしてないから(笑)そもそも本来おれこういう仕事あんまり受けないからね。

仲野太賀:ありがとうございます。宣伝以外では基本的には出ない?

若葉竜也:そうだね。基本的に出ない。仕事ない時から断ってたからね。

仲野太賀:もう歳を重ねるごとにゴーイングマイウェイ感がすごいですよ(笑)でも、真面目な話、これはやらないだろうなっていうのは、ことごとくやってないもんね。

若葉竜也:そういう選択をさせてくれる事務所に感謝だよね。

仲野太賀:キャリア30年の中で、それをずっと貫いているのがすごい。

仲野太賀:じゃあ、まずはふたりの出会いの話からしましょうか。ドラマ『生徒諸君』ですよね。中学2年生の時だったなぁ。

若葉竜也:おれが17歳だったから、もう14年前か。当時の太賀は、ただのバカなガキだったからね(笑)

仲野太賀:まぎれもなく(笑)飛び抜けてバカ(笑)

若葉竜也:芝居に関しても飛び抜けてて、すでにガチガチのプロの領域だったんだよな。

仲野太賀:それ取材でよく言ってくれるじゃないですか。やっぱりその頃から光るものがあった?(笑)

若葉竜也:まぁ、あったね。今もよく観てるけど、太賀は昔からめちゃくちゃ映画に詳しかったしね。

仲野太賀:でも、それこそ僕が14歳の頃に会ったお兄さんたちが、かっこいい映画だったり音楽だったりを教えてくれて、そういう一番最初の芸能界の先輩が若葉さんでしたね。いま大好きな銀杏BOYZとかも竜也からの影響だし。ギターの弾き方も教えてもらいました。

若葉竜也:懐かしいな~。あの頃はふざけ方が過激だったよね。まだ女遊びの方がマシなくらい。違法なことはしてないけど、やってることが…(笑)ここじゃ言えない事がたくさん。言えるレベルのことでは、撮影の昼休憩40分でカラオケ行っちゃって、撮影が始まっても戻って来なかったり(笑)

仲野太賀:放っておくと、どっか行っちゃうから引率の先生みたいにスタッフさんに監視されてた(笑)

若葉竜也:そこから逃げるんだけどね。その後も学園モノ出たけど『生徒諸君』の印象が強すぎるな。異常だったもん(笑)

仲野太賀:本当にそうだよね。まじでヒドすぎた(笑)その頃のメンバーっていま頑張ってて、もちろん堀北真紀さん筆頭に、岡田将生、本郷奏多、染谷将太、溝端淳平、落合モトキとか。すごく濃いキャラクターが多かった。オーディションもすごく覚えてて、僕は端役だったんだけど竜也の芝居が、ずば抜けてかっこよかった。演技の中で椅子蹴飛ばしたりしてて。

若葉竜也:本当?どんな芝居したかは覚えてないけど、確かおれオーディションの途中で帰ったんだよね(笑)

仲野太賀:尋常じゃない尖り方してましたからね。

若葉竜也:昔はね。尖ってるしハードな役柄も多いから周りが怖がってオドオドするようになってる事に気がついて。良くないなって。だから今は悔い改めた。

仲野太賀:本当に最近は好感度オバケ具合がヒドい。現場での好感度の高さエゲツないですから。ガラっと変わりましたよね。そのきっかけとか、転換期みたいなところはちょっと聞いてみたいな。

若葉竜也:きっかけかぁ。ちゃんとしようと思ったんだよね。高校卒業するぐらいの時期は、役者を続ける気が全然なくて、漫画家、放送作家、バンド、その三択がやりたいことだった。それこそダウンタウンさんの番組をてがけている放送作家の高須光聖さんの弟子に応募してたぐらい。だけど、何もなく時間だけが過ぎていって、周りは就職していく。その時にいろいろ調べたら、なる気はなかったけど、ボクサー、プロ棋士とか、それぞれに年齢制限があって、自分の可能性がどんどん潰れていく現実を目の当たりにして、自分の中で「役者をやるしかない」っていうある種の挫折を味わったんだよね。だったら今までの感じじゃダメだ、って。仕事としてちゃんとやろう、変わらなきゃって。それが24歳の頃かなぁ。作品選びとかはまた別だけど。

仲野太賀:悩んでた時期あったよね。竜也が映画を作っている話はしても大丈夫?

若葉竜也:全然いいよ。

仲野太賀:出会ってすぐの頃から、よく自主映画というか、携帯でおもしろ映像を撮っていて。この動画を繋げたら映画になるんだ!なんて面白いことを考えるんだこの人は!って電撃が走ったんですよ。

若葉竜也:I movieとかもない時代だったから、ガラケーで保存する前に一時停止しながら、カット割りをしていくとワンシーンができあがるっていう遊びね。その後は、一万五千円のハンディカム買ったりして。

仲野太賀:竜也からアイディアがどんどん出てくるから、その流れで自主映画を撮ったりしてたよね。一緒に脚本書いたりとか。一番最初はなんだっけ?

若葉竜也:自殺したい人がサイトに書き込んで、バイト代をもらう為に自殺を手伝う人と二人のロードムービーみたいな。

仲野太賀:『明日あたりは、きっと春』。評判良かったよね。

若葉竜也:そういうのを撮っているうちに、いろはが分かってきて、昔と自由度は変っちゃって来たけど今も撮り続けていて、映画祭に呼ばれて賞をもらったりとかして。でもね、今また撮りたいな。あのハンディカムの頃の映像を。

仲野太賀:いっぱい撮って欲しい。手伝ったり、自分も出てたから、まだ当時は仕事があんまりない中、でも自分たちは自分たちのやりたいことやってるんだって思えて、すごく楽しかったんだよね。そうやって、プライベートではずっと仲良くさせてもらいながらも、その後にがっつり共演というのは、しばらくなくて。それがだんだん今になって増えてきて、不思議だよね。

若葉竜也:そうだね。それに一緒にやるのは、濃くて大変な作品ばっかり。感慨深いな。ただのボンクラだったのに(笑)最近すごく感じるのは、パブリックな太賀のイメージだと、芝居を突き詰めて、その作品に全身全霊を懸ける役者だと思っていて、それは昔から変わってないんだけど、戦い方が大人になったよね、発言も含めて。それは石井裕也監督も言ってた。「10代のバカだった太賀が、なんて立派になったんだ!」って(笑)

仲野太賀:少しづつ大人になれているのは、先輩方のおかげです。

若葉竜也:仲野太賀って、いま下の世代の俳優たちが話してみたい俳優だと思う。それって大事で、正直、上の世代から嫌われてもいい。そういう俳優って数少ないし、すごいことなんじゃないかな。この人出てるならやりたい!って思われるって重要じゃない?それは、おれらも感じてきたじゃん。

仲野太賀:そうなんですよね。後輩たちも増えてくる中で、自分たちの振る舞いに影響力が出てくる。いままでは追いかけてばっかりだったけど、いつまでも子どもではいられないし、いろんな責任や役割を担うターンに入ってきたと思う。10代のうだつの上がらない日々に比べて、ようやく見られる立場として、スタートラインにお互い立てた気がしていて。だからこそ、ここからの自分たちが何を選んでいくかが大事になってくるよね。

若葉竜也:すごく大事だと思う。コロナもあって、人生の楽しみ方、エンタメのあり方の転換点で、これはチャンスでもある。このタイミングでおれも太賀もスタートラインに立てているというのは、ちゃんと新しい時代を担えるわけだから。光栄だよね。

仲野太賀:コロナ禍を経て、映画なり音楽なり、芸術は本当に必要だと思った。もうテンションが下がることばかりじゃん。今日車で音楽聴いてる時にも感じたんだけど、こんなに無条件で元気づけられるものって他にないんだよね。_音楽とか映画は、皆に手が届きやすく、誰もが受け取れる、すごいもの。社会が不安定な時代に芸術のあり方が問われるって言うように、改めて実感してる。やっぱり本当に必要だって。

若葉竜也:心にね。真価が問われていると思う。余裕がある中での娯楽から、余裕を作る為の娯楽に変わっていて、それって本当に素晴らしいものじゃないといけないし、つまり本当に良いものが評価される時代になっていく。そうでないものは、作品も俳優も淘汰されていく。試される時代だね。だから俺らは責任重大。勝手に責任感じてるけど、勝手にでも感じるべきだと思うよ。

仲野太賀:そんな立場において、これから何を大事にしていけばいいと思う?

若葉竜也:面倒くさい作り方をしたいなと思ってる。いまって娯楽も多いし、クリエイターやアーティストの敷居は低いから、最短距離での物作りがどんどん増えている。だからこそ、あえて遠回りして、面倒くさいなって思われながら作るのが大事なんじゃないかなって。映画の現場でも、早く撮り切れるからって理由じゃなくて、どのシーンから撮るべきなのか、俳優も本の読み方や監督とのディスカッションに時間をかけることも必要。

仲野太賀:全てがファストな方向性になりがちだけど、この先も本当に長く残っていくものを作ろうとする時、効率とは逆行するアナログなアプローチになる場合もあるよね。

若葉竜也:この前、知り合いの画家の個展に行った時、そこでライブペインティングをしていて、「これってどれくらいで描けるんですか?」って聞いたら、「1時間」って言うから「早いですね」って驚いてたら、「いや、おれはこの絵を描けるようになるまで10年以上かかってるんだよ」って。おれ、『生きちゃった』って映画に出て、それと同じことを思ったの。太賀と出会ってから今までに、一緒に過ごした時間があったから撮れたシーンっていっぱいあったわけで、そう考えると10年以上かかってるんだよね。それって途方もなく面倒くさい作業なわけじゃん。

仲野太賀:確かにそうだ。それこそラストシーン。まさに、あの数分を撮るのに15年かかったって言えると思う。撮影の期間以上に、ふたりの関係性で積み上げたものがあって、それが切り取られているわけだから、そりゃああいうシーンになるね。

若葉竜也:そうやって作った作品って、面白い面白くないは観る人が決めることでも、”無視できないだろ”って映画にはなっていると思う。手前味噌かもしれないけど。だから今度は、いま自分のやっていることや生き方、出会う人たちとの関わり方が、次の10年後の作品に反映されるわけだから、責任も重大だし油断もできないよね。真面目な話になっちゃった(笑)あと最後に言いたいのは、太賀これからもよろしくね(笑)

仲野太賀:はい!舞台挨拶でも言ったんですけど、次は若葉さんの主演映画でよろしくお願いします。

若葉竜也:とんでもない駄作になったらどうする(笑)

仲野太賀:お蔵入りで!(笑)

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若葉竜也

平成元年生まれ、東京都出身の俳優。第8回TAMA映画賞 最優秀新進男優賞を受賞した映画『葛城事件』(16年)や、『愛がなんだ』(18年)などで注目を集め、唯一無二の存在感を放つ。現在公開中の映画『生きちゃった』(石井裕也監督)では、仲野太賀と『南瓜とマヨネーズ(17年)』以来の共演となった。公開待機作に、『AWAKE』(山田篤宏監督)、『あの頃。』(今泉力哉監督)、『街の上で』(今泉力哉監督)、や、2020年度後期放送のNHK連続テレビ小説『おちょやん 』への出演など多数控えている。


仲野太賀

平成5年生まれ、東京都出身。13歳で俳優デビュー。カメラに魅了されたのは小学生の頃。現在公開中の映画『生きちゃった』(石井裕也監督)、また、主演映画『泣く子はいねぇが』が11月20日より公開となる。
https://www.stardust.co.jp/section1/profile/nakanotaiga.html

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