神田明神編:ウェディング・ベル・ブルース②
長谷川町蔵 著

illustration_Rio Arai

神田明神編:ウェディング・ベル・ブルース②
長谷川町蔵 著

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毎回、ある街をテーマに物語が展開する長谷川町蔵の連作短編シリーズ。 小説「インナー・シティ・ブルース」。第15回は、前回に引き続き、神田明神編が舞台となる。

【あらすじ】
1シーズン最終話となる神田明神編・後編。藤野恋は囲間鴎、楽、雨の異母妹だったことが明らかになる。藤野恋と海崎信如の挙式はつつがなく執り行われるが、その裏には、実はある者の働きがあった……

 EDOCCO二階の神田明神ホールは、七〇〇人ちかくを収容できる巨大なイベント・スペースだ。普段はアイドルのライブが行われているらしい。
「ハフハフ・ハーフ&ハーフがこのキャパを埋めるのは到底無理だろうな」
 ぼくが仕事を通じて知った地下アイドル・グループの名前を思い出していると、会場に次々入ってくる招待客を眺めながら、雨ちゃんが話しかけてきた。
「わたしたちだと寿命を縮めちゃうのに、恋ちゃんにはプラスになるなんて不思議だね」
「ぼくも驚いたんですけど、血球成分からして雨ちゃんたちとは全然違うんですよ。父は失われたニライカナイ族の末裔なんじゃないかって言ってますけど」
 そんな事を話していたら、照明が暗転した。途端にEDMのビートが大音量で鳴り出し、スモークが噴射される中、藤野恋と海崎信如が入場してきた。パーティの始まりだ。このパーティに向けて雨ちゃんは会社を一週間も休んで、まるで自分の結婚パーティであるかのように準備に打ち込んだ。だが張り切りすぎて四日目にお腹を壊して寝込んでしまい、ぼくはそれをフォローするため、ここ数日間ロクに寝ていなかった。
 苦労の甲斐あってか、パーティは誇れるものに仕上がった。会場には風船やシャボンの泡、金粉が飛び交い、都内でバーをいくつも経営するという新郎の親友、鳥越翔太が自ら立つバーカウンターではカラフルなカクテルが振る舞われていた。ステージでは新婦の高校時代の部活の先輩にあたるダンス・ユニット、ビート・ウィッチーズのヒップホップ・ダンスが披露され、喝采が上がった。
 しかし新郎新婦の友人たちのスピーチのギャグがどれも似通っているのには閉口させられた。「ナンパ婚」「年齢差」「もはや犯罪」「出来ちゃった婚」。本当は東京を護り続けてきた囲間家の偉大なる血統が次代に繋がった歴史的イベントなのに。

 気がつくと、ぼくの目の前に藤野恋と海崎信如がいた。ふたりとも幸福感で輝いている。
「ミサオさん、本当にありがとうございます。もし見つけてくれなかったら、わたしこんな風にはなれなかった」
「鴎さんが、うちの寺と組んで大仏を都内にいくつか建てられないかって言いだしちゃって。今度相談させてください」
 ふたりは、彼らの代には執事になるかもしれないぼくに感謝の言葉をかけると、姉である雨ちゃんに話しかけてきた。
「お姉ちゃん、友だちに紹介したいからちょっと来て。カッコいい男の子も沢山いるよー」
「俺の地元の友だちにも会ってくれませんか。あの超絶可愛い子は誰なんだって、みんなうるさくて」
 雨ちゃんは途端に顔をほころばせて、「婚活してくる!」とぼくに言い残して人混みの方に新郎新婦とともに去っていった。
 これなら、しばらく放っておいても大丈夫だな。ぼくは一旦、外の空気を吸うことにした。EDOCCOの外に出ると、明神会館で行われていた食事会がお開きになったらしく、両家の親族が次々とメインゲートである隨神門から外に去っていくのが見える。彼らを見送っていた鴎さんと楽が、ぼくに気がついて近づいてきた。
「ミサオくん、ごくろうさま。本当にありがとう」
 鴎さんが微笑みながらねぎらいの声をかけてくれた、でもちょっと含みがある言い方だ。
「これから品川の新駅の様子を見てくるから、あとはお願いね」
 彼女が背を向けて門を出ていってしまうと、楽がニヤッと笑いながらぼくに言った。
「よっ、悪党」
 気づかれたか。楽はぼくに話しはじめた。
「執事としては完全に越権行為だから、本当のことは言うなって広司おじさんからきつく言われているんでしょ。可哀想だからさ、姉さんと私の推理を勝手に話してあげる。まずおかしいなって思ったきっかけは、あんたたちが海崎家についてこれまで知らなかったって言い張っていること」
「海崎家は存在を隠していたからね」
「でも信如って、カンボジアやネパールで悪霊と派手にやりあっていたみたいじゃない。姉さんによると、霊能力がないと書けないような内容があいつの論文の端々に書いてあるって。ミサオが見逃すわけがない」
「見逃したのかも」
「私は、パパが死んだときに信如のお父さんが広司おじさんにコンタクトを取ってきたんじゃないかって思っている。三人の娘の婿になれる男子がこっちにいますよって」
 ぼくはしらを切るしかない。
「それが本当なら、何で父さんは楽たちに話さなかったんだろう?」
「私たちの誰かが信如の子どもを産むことで、うちのママみたいに早死にしてほしくなかったからでしょう。広司おじさんは解決策がないかずっと悩んでいた。そんなとき、あなたが恋ちゃんを見つけ出した。あの子の体質がわたしたちと違うことを知って、広司おじさんは、信如と恋ちゃんをくっつけろと指示した」
 そこまでは具体的に言われていない。父さんは、藤野恋に関する報告を聞いたあとこう言っただけだ。
「ところで海崎家の信如様はお幾つだったかな?」
そのあとは全部、ぼくが考えて実行した。
「もしそれが真実ならさ、信如くんと恋ちゃんに直接話した方が早いんじゃないかな」
「信如はそう言われたら、いくら恋ちゃんがどストライクだったとしても拒否したんじゃないの。あいつのお母さんも、うちのママと同じように親に言われての強制結婚だったわけだし。それとミサオってわりとロマンチストじゃない? 恋ちゃんが可哀想だと思ったんじゃないの? あの子、これまで男関係が酷かったって言っているし。だから奇跡の出会いを演出してあげた」
「それが本当なら、随分手のこんだ事をしたんだな」
 口ではそう言いながらも、心の中では鴎さんと楽の推理に白旗をあげていた。概ね正しい。
 海崎信如がたまに葛西臨海公園のペンギンのコーナーでひとりボンヤリしていることを、ぼくは以前から知っていた。だから藤野恋から「残留思念の本体同士をくっつけたいからお見合い作戦に協力してくれ」と頼まれたとき、思いついたのだ。お見合いを仕掛ける側の藤野恋が、そうとは知らず海崎信如とお見合いをする作戦を。
 信如の父親の昌如さんにはこちらの狙いは明かさず、休日の朝早くに「本人が嫌がることを言ってくれませんか」とだけお願いした。
 おそらく「たまには一緒に檀家廻りでもするか」とでも言われたのだろう、慌てて信如は水上バスで葛西臨海公園へと逃げ出したというわけだ。とはいえ、ふたりが出会ったあと、ここまで早く進展するとは想像してもいなかった。たとえ出会いが他人のお膳立てだろうと、ふたりの恋が本物であることは間違いない。
「ありがとう。私たちを心配してくれて。これで囲間家も安泰だし」
 楽がぽつんと言った。
「それが仕事だからね」
「で、お願いがあるんだけどさ。雨ちゃんに同じ方法で運命の男との出会いを演出してくれないかな。あの子、自分で相手を見つけるなんて絶対無理だし」
「了解。やってみる」
「じゃあ、私は飲みに行くから、あとはよろしく」
楽はぼくに背を向けると隨神門の方にしばらく歩いていたが、こちらに振り向くと大声で訊ねてきた。
「不思議なんだけどさ、ミサオってそこまで心配してくれているのに、私のプランの方はなんで止めてくれなかったのかな?」
「もし楽が実際にそういう奴と会ったら、その時点で止めていたと思う」
「あ、そういうことか」
 楽は納得すると境内の外へと去っていった。
 楽の言う〝プラン〟とは、アンダーグラウンドな世界に流れ着いた霊能力を持った男との子どもを、楽が妊娠することで囲間家の血統を存続させるというものだ。本人には言えっこない。「あの子、ああ見えて一番怖がりだから、やれっこないわよ」と、ぼくの母が笑い飛ばしていたことと、ぼくが事前にそれらしき男を何人も排除していたことは。
 EDOCCOから大きな笑い声が漏れてきた。この調子だと、パーティは夜遅くまで続きそうだ。来年に開催される東京オリンピック・パラリンピックのあと、東京はこれまでにないほど姿を変える。囲間家は総動員でトラブルに対処することだろう。
 そんなことを考えながら、ぼくはしばらくのあいだ夕闇に包まれる境内を眺めていた。

「神田明神編:ウェディング・ベル・ブルース②」1シーズン了

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


『インナー・シティ・ブルース』発売記念・長谷川町蔵1万字インタビュー:前編
『インナー・シティ・ブルース』発売記念・長谷川町蔵1万字インタビュー:後編

PROFILE

長谷川町蔵

文筆業。最新刊は大和田俊之氏との共著『文化系のためのヒップホップ入門2』。ほかに『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』、『あたしたちの未来はきっと』など。

https://machizo3000.blogspot.jp/
Twitter : @machizo3000

『インナー・シティ・ブルース』
Inner City Blues : The Kakoima Sisters

2019年3月28日(木)発売
本体 1,600+税

著者:長谷川町蔵
体裁:四六判 224 ページ 並製
ISBN: 978-4-909087-39-3
発行:スペースシャワーネットワーク