インナー・シティー・ブルース シーズン2
長谷川町蔵 著
第六話:ハネムーン 湾岸道路編

インナー・シティー・ブルース シーズン2
長谷川町蔵 著
第六話:ハネムーン 湾岸道路編

毎回、東京のある街をテーマに物語が展開する長谷川町蔵の連作短編シリーズ「インナー・シティ・ブルース」。混乱を極める東京の今と過去をつなぎながら、シーズン2には新たな登場人物たちを迎え、さらに壮大なナラティブを紡ぐーー

【あらすじ】 1995年5月のある日の午後。内幸町の帝国ホテルから、1台の赤いオープンカーが滑り出す。丹念洋と空津満を乗せたその車は湾岸道路へと合流し、ふたりは羽田空港から沖縄へとハネムーンに向かう予定だった。しかし途中で満の体調が崩れたため、近場で車を停めて少し休むことに。そこで満はあることを告白する……。

 内幸町の帝国ホテルには一種独特の厳粛な雰囲気が漂っている。伝統あるホテルだからではない。フランク・ロイド・ライトが設計し、関東大震災や東京大空襲を乗り越え、GHQが迎賓館として使った本館建物はもう存在しないのだから。
 現在の本館は、東京オリンピック後の1970年に作られたものだ。まるで戦前からあったように感じられるのは、皇居のすぐそばというロケーションが関係しているのだろう。  
 1995年5月のある日の午後も、エントランスの車寄せには黒塗りのハイヤーが次々と音もなく滑り込んできては旅行客を降ろし、代わりに宿泊客を乗せて東京の何処かへと連れていっていた。
 そんな中、赤いオープンカーが騒がしい音をたてながらエントランス正面に停車した。眼鏡をかけた男が運転席から上半身を乗り出してあたりを見回している。やがて彼は一点を凝視すると、手を振りながら大きな声をあげた。
「こっちこっち」
 男が呼びかけた先には、家族らしき人々と立ち話している若い女がいた。ストローハットを被って、黒地に白いカメリアの花がプリント・ワンピースを着ている。男は車を降りると、女のそばに駆け寄った。
「満(みちる)さん、時間かかってごめん」
 満と呼ばれた女は、笑った。
「洋さん、仕方ないわよ。お父様とお母さまをお見送りしていたんでしょう。そんなことより車を見せて」
 満と家族は赤いスポーツカーに近づいた。
「なんだ、ユーノス・ロードスターかあ」
 満の弟らしき少年が不満気な声をあげた。洋と呼ばれた眼鏡の男は困った表情を浮かべながら応じた。
「湊くん、ぼくの運転テクニックじゃこれが限界だよ。それに大きな外車の運転は荷が重いし」
 “ユーノス”という名と流線型のボディから、ヨーロッパ車と勘違いしていた者もいたが、ユーノス・ロードスターはマツダが製造した日本産の小型スポーツカーだった。屋根代わりになる幌を全面開放できる仕様は、バブル時代の頂点だった1989年だから実現可能だった商品企画といえる。
 丹念洋は、帝国ホテルのダイニングで行った丹念・空津両家が揃った食事会のあと、自分の両親を東京駅に送り届けると、そのまま八重洲にあるレンタカーの営業店へとむかい、電話予約していたこの車をピックアップしたのだった。
「文句言うのやめなさい。そもそも赤いオープンカーで二人が去っていくのを見たいなんて言いだしたのはアンタでしょ」
 一家の母親が、湊を叱った。
「だってもっとデカい車かと期待していたんだよー。まっ、いいか。澪、手伝えよ」
 湊はそう呼んだ幼い妹に声をかけると、二人で紙袋からゴソゴソと何かを取り出した。3個のコーラの空き缶だった。缶の側面にはキリで穴があけられていて紐が通されている。湊と澪は、満の足元に置かれていた小さなスーツケースの把手に紐の先端をくくりつけると、洋に自動車後部のトランクを開けてもらい、そこにスーツケースを押し込んだ。トランクを閉じると、3個の空き缶は紐で自動車と繋がれた形になった。湊は叫んだ。
「イエーっ、最高!」
 湊はポーターを呼ぶと、“写ルンです”を手渡して、自動車を背に家族全員の記念写真を撮ってもらった。
「それでは行ってきます」
 洋が空津家の人々に挨拶をすると、一家の主人らしき男が洋に声をかけた。
「潮ちゃんのことは心配しないでいいからな。渚がしっかり面倒みるから」
 渚と呼ばれた一家の母親は、夫の発言を受けて胸に抱いた幼い子に話しかけた。
「もう私に懐いちゃったもんねー」
 満は、澪や幼い子に何やら話しかけていたが、洋にうながされてユーノス・ロードスターへと乗り込んだ。自動車はエンジンのエクゾーストノートと缶が路面に叩きつけられる甲高い音が入り混じったノイズを立てながら発進し、車寄せから去っていった。
 洋は自動車が家族の視界から消えたところで一旦停車した。彼は再びトランクを開けて、3個の缶を引っ張り上げるとトランクの中に閉まいこみ、再び自動車を発進させた。助手席の満が洋に話しかけてきた。
「ごめんね、湊の思いつきにつきあわせちゃって。あいつ本当に万事が芝居がかっているんだから」
「演劇部に入ったんだろ、彼」
「顧問の先生に筋がいいって褒められたせいで調子に乗っちゃているのよ、あのバカ」
 洋は、言葉とは裏腹に満の弟への愛情を感じた。そして思った。恵まれた環境で育った家族は全員こんなさっぱりとした仲なのかもしれないと。口喧嘩をしても後を引くことが一切ないのだ。
 ユーノス・ロードスターは国道一号線に出ると、横浜方面に南下しはじめた。目的地の羽田空港に行くには、青物横丁の先にある大井ジャンクションで湾岸線に合流するのが最短ルートだ。
 だがフライト時間までまだ余裕があったし、ダンプカーが走る幹線道路をまっすぐ走るだけではオープンカーをレンタルした甲斐がない。洋は満に提案した。
「寄り道して申し訳ないんだけど、レインボーブリッジを渡ってみないか? ぼく渡ったことがないんだ」
「賛成」
 自動車は芝浦ジャンクションで左車線へと入り、1993年に完成した巨大なブリッジへと至る螺旋状の急勾配を登り始めた。
 車外には一面の青空が広がっていた。赤と白の東京タワーがそこによく映えた。足元の海上では日の出桟橋から出発したばかりの水上バスが白い波を立てて浅草へと向かっていた。潮の香りが漂ってくる。洋は思った。普段は意識していなかったけど、東京とは水辺の都市なのだ。
 そんな美しい景色とは対照的に、橋の終着点であるお台場は殺風景な空き地でしかなかった。ジェンガを組み立てたかのような建設中の巨大な建物だけが目につく。洋はそれが何かを思い出すと指をさした。
「あの銀色のやつ、フジテレビの新しい本社ビルなんだ。河田町から移転してくるんだってさ。うちの会社も絡んでいる。航(わたる)君が担当なんだ」
 長崎航は、洋の勤務先である第一昭和建設工業の二年後輩だった。当初、洋はロータス ワン・ツー・スリーの操作をなかなか覚えず、宴会の席を盛り上げることだけが得意なこの男に軽い嫌悪を感じていた。向こうも真面目な洋に苦手意識を覚えていたらしい。だが彼がドン底だった洋の人生を変えることになった。
「うちの部の独身男子? そういえば俺だけだなあ……あっ、そうだ。俺の2年上の丹念さん、奥さんに逃げられたんだって。しかも生まれたばかりの赤ちゃんを置き去りにして。今はお母さんが上京して世話してくれているそうだけど、早晩田舎に帰るんじゃないかなあ。でもただでさえバブルが崩壊したのにあんな田舎に仕事なんてあるのかなあ」
 航が世話になっている彼の伯父の家に立ち寄った際に、その家の長女、つまり従姉妹にあたる満に洋の身の上を冗談交じりに話したところ、彼女が深い同情を示したのだ。
 その何日か後、満は突然、洋の前に現れた。
「ごめんなさい。もしよかったら色々手伝えないかと思って」
 彼女は幼い妹の澪を連れて彼の部屋へと足繁く通い、昼間は洋の息子、潮の面倒を見た。そのまま夜までいることもしばしばで、四人で夕食をとる姿はまるで家族のようだった。洋の母親は満を絶賛した。
「あのお嬢さんを逃しちゃダメよ、今度こそ幸せにならなきゃ」
「母さん、彼女は面白がっているだけだよ」
 だが3ヶ月後のある晩、満は皿洗いしていた洋の背中にむかって「まだ牛乳ありましたっけ」くらいのテンションでこんな言葉をかけた。
「結婚しません?」
 彼女の父、空津海舟は娘の振る舞いに頭を抱えた。彼は第一昭和建設工業の親会社、第一機械工業の創業家の総帥だったからだ。長女を政略結婚の駒として使う目論みもあったのだろう。しかも洋はバツイチの子持ちである。だが妻の渚の説得で結局は折れた。寧ろ腹心の小樽という秘書に調べさせた結果、離婚について洋に一切非が無かったことが判明したため、彼を気に入ったようだった。
 ふたりを乗せた自動車はそのまま湾岸道路へと合流した。羽田空港まで一直線で約20分。3時間後にふたりはJASの那覇空港直行便で沖縄へと飛び、3泊を過ごしたあと帰京して入籍する予定だった。洋は幸せだった。
 ところが助手席の満を見ると青ざめた顔で震えている。
「大丈夫?」
「ごめんなさい。平気だから」
「まだ時間があるから近場でちょっと休もう」
 自動車は大井ジャンクションで湾岸道路から一般道へと降りた。ここがどこか分かったような表情を浮かべた満は、洋に頼んだ。
「たしか環七大井ふ頭って名前の交差点だったと思う。そこを左に曲がって」
 自動車は無味乾燥とした倉庫街の交差点を左折した。
「道路の向こう側に駐車場入り口って書いてあるでしょ。そこに寄ってほしい」
 洋は満の指示に従って車を敷地に進入させて駐車スペースに停車した。
「ここはどこ?」
「東京港野鳥公園」
 車から降りた満は公園の中へと入っていく。洋も後をついていった。何組かの家族連れがピクニックをしている芝生スペースを抜けると、長い橋が空中にかかっており、渡った先には鬱蒼とした森が広がっていた。人の気配は殆どない。
 満はしばらく歩くと左手の脇道へと入っていった。脇道の先には三角屋根の簡素な木造小屋が建っていた。満は洋を手招きするとふたりで小屋の中に入った。
 薄暗い室内には小さな素通しの窓がいくつも設けられている。洋がそこから覗くと窓の先には湿地帯がどこまでも広がっていた。干潟では水鳥が虫をついばみ、池には鴨が泳いでいる。
 満が窓の外を眺めながら言った。
「変なところに連れてきてごめんね。ここ静かだから大好きな場所なの」
 洋は気がついた。レインボーブリッジに並々ならぬ興味を示したことで証明されるように、彼にはバブル入社組らしい趣味があった。「東京ウォーカー」で取り上げられたニュー・オープンのスポットへ行くことである。
 妻に捨てられたあともベビーカーに潮を乗せて果敢にそういう場所に挑んだことが何度かあったし、満と交際らしきものが始まったあとは彼女を誘ったこともある。しかし満が同行を了承した場所は三つだけだった。木場の東京都現代美術館と恵比寿の東京都写真美術館、そして芦花公園の世田谷文学館だ。どこも人と人との距離に余裕があり、静かなスポットだった。満は語り始めた。
「なんとなくわかっていたでしょう。わたしが人混みがすごく苦手だって」
「ああ。そういう人っているからね。でもそこまで深刻とは思わなかった。ごめん」
 洋は水鳥を眺めたまま答えた。満と視線を合わせるのが怖かったのだ。
「ううん、わたしの場合もっと重症なのよ。近くに邪念を持っている人がいるとそれを強く感じてしまうの」
「邪念って悪意みたいなもの?」
「ストレスも含まれているかな。この街にいて、それを感じない人の方が少ないでしょ。だから繁華街を歩くと息苦しくなっちゃって。身体的にもう無理なのよ」
「いつからそうなったの?」
「12歳くらいかな。周りの人たちの話し声がうるさいなと思ったら、みんな黙っていたということがあった。それが最初。その前からおかしな体験は色々していたんだけどね。動物園のゾウが女の人に見えたこともあった。ほら、ゾウって知能がすごく高いでしょう? だから考えているその意識が人間の形に見えちゃうのよ」
 洋はふたりきりで飲んだとき、空津海舟がタバコを何本も吸いながら慎重に言葉を選んで話してくれたことを思い出した。
「あいつは死んだ母親に取り憑かれているんだ」
 つい先ほど、ふたりを笑顔で送り出した海舟の妻である渚は、満の実母が亡くなったあとで彼が再婚した女性だった。満の実母は空津岬という人で、東京大空襲で被災したショックで狐憑きのような体質になったそうだ。彼女は不思議な言動を繰り返した挙句、自分が予言していた日に自然死した。満は、そんな母親を真似るようになり、遂には自分も同じ能力があると信じこんでしまったというのだ。
「でもここで落ち着くってことは鳥なら大丈夫ってことだよね? 人やゾウはダメで、鳥の鳴き声は気にならないんだ」
 洋の質問に満は笑った。
「鳥は頭がシンプルに出来ているから。ほら、よく鳥のように自由にとか言うじゃない? でもあの子たちって実際はお腹すいたとか疲れたとしか考えていないの。だから観ていてすごい楽。これが犬や猫になると感情のパワーが強いから、そばにいるとヘトヘトになっちゃうんだけどね。でも猫はいつか飼いたいな。可愛いし」
 洋の頭の中で、彼が満と付き合っていることを知ったときに長崎航が言った言葉がこだました。
「丹念さん、満ちゃんって滅茶苦茶変わった子でしょう? でも彼女、昔は会社の未来を背負う重要人物と言われていたんですよ。ほら、うちの叔父さんは婿養子で、湊くんと澪ちゃんは渚さんの方の子じゃないですか。空津家の直系の子孫は彼女しかいないんですよ。とにかく頭は良かったし、昔はもっと派手な感じだったから、誰もが彼女が未来の社長になると思い込んでいたんですよ。でも理由はわからないけど入社しなかった。だから傍系だった一族が主導権を取ろうと躍起になっているらしい。じき伯父さんと戦争になりますよ」
 洋にはさっぱり興味がわかない内容だった。平然とした顔でゾウや鳥との会話について語る化粧っけのない女が、自分の知る満だった。彼は話を変えることにした。
「それにしても知らなかったよ、こんな場所に自然が残されていたなんて」
満は予想外の反論をした。
「ちがう。ここは人工の場所なの。ほら、右手を見て。大きな倉庫が見えるでしょう? あれが大田市場」
「野菜や花を扱っている市場だよね?」
「そう。ここ一帯は、都内の市場を一箇所に集めるために埋められた土地で、本当はここに築地市場が移転してくる予定だった」
「へえ。なんで公園になっちゃったの?」
「埋め立て地が放って置かれている間に、雨水で池ができて勝手に植物が繁ってきたの。するとこれまで見たことがない珍しい鳥たちが集まってくるようになった。それでアカデミック・サイドから環境保護運動がおこって、バードウォッチング専用の公園になったってわけ」
「そうなんだ、見ているとすごく自然に見えるけど」
 満はひとりごとのような声を漏らした。
「まるでウチの一家みたいだよね」
 たしかに、と洋は思った。最初、満の家族と会ったとき、ありふれた夫婦と3人姉弟の5人家族だと思ったからだ。でも実際は違った。パッチワークのように人為的に縫い合わされた一家だったのだ。満は静かに喋り続けた。
「変な話をするから先に謝っておくね。わたし、10年前に自分が死ぬまでのヴィジョンを得たの」
「ヴィジョン?」
「映画の予告編みたいなものね。それには色んなパターンがあるんだけど、結末は大体同じ。最後のシーンはあたり一面の火なの。もしかしたら火葬場の火かもしれないけど」
 洋は満の妄想に付き合うことにした。
「ラストがいつかはわかるのか?」
「まだぼんやりしているけど6年後かな」
「そのあと僕はどうなるのかな?」
「自分が死んだ後のことはわからないのよ」
「自分がいつ死ぬかわかっていたらイヤだろう」
「そうでもないわ。ほら、今年は震災や地下鉄サリン事件があったでしょう。あそこで亡くなった人たちは心の準備もできなかっただろうし。わたしは準備できるんだから、まだいい」
「でもやりたいことがありすぎて困るよね」
「わたし、人混みが苦手だからやれることが限られているのよ。古い映画のビデオを観たり、読書するのは好きだから、まあそれだけでもいいんだけど。でもなにかひとつ大きな仕事をやれないかなって思って、子育てはどうかなって思った。そうしたら航さんからあなたと潮ちゃんの話を聞いた」
「ちょうど都合がよかったってわけか」
「ごめんなさい。でもあなたみたいな人はほかにいないわ。だってこんなにそばにいても邪念を全然感じないもの」
 かつての妻からスリルがないと言われて、捨てられた自分が、同じ理由で別の女に選ばれるとは。洋は笑った。だがその顔を見て満は泣き出した。
「ごめんなさい。わたし車に乗っていて、自分は飛行機で何処かに行くなんてとても出来ないって思った。でもやれる範囲で何かしようとすると、あなたのような人を操ることになっちゃう。所詮自分ひとりのエゴなのよ。そのことに気がついたの。だから結婚はやめましょう」
 洋は黙っていた。そして何度も読み返した「東京ウォーカー」過去号のページを頭の中でめくり、目的地をみつけたあとで口を開いた。
「ぼくは飛行機に乗るよりも眺めるのが好きなんだ。ここからすぐそばなんだけど一緒に来ない? 人混みはないはずだ」
 ふたりは駐車場へと戻り、車は埋立地への先端に向かって5分ほど走った。ふたりが降り立ったそこには一面の砂浜が広がっていた。東京湾を一望できるくらい視界が広い。バーベキューをする家族連れや波打ち際で犬を散歩している者がまばらにいた。
「ここは1991年にオープンした城南島海浜公園。スポットの売りはこれ」
 洋が青空を指差すと、その先にジェット機が小さく見えてきた。それは次第に降下してくると機体番号が見えるほど大きくなり、轟音とともに公園を横断していった。海を挟んだ向こう岸には羽田空港の滑走路があった。その後もジェット機は短い間隔で着陸と離陸を繰り返した。
「ごめんなさい、話さなきゃいけないことがあるの」
轟音の中で、満はこれまで話していなかった秘密をもうひとつ話した。その内容は洋を驚かせたが、彼にはもうそんなことを気にする必要はなかった。
「きみが今日話してくれたことは半分もわからないし、信じてもいない。でも結婚はしよう。潮のことは大好きだろう?」
「うん」
「それと僕ら、互いに謝りすぎだよね。もう謝るのは無しにしようよ」
「わかった」
 ふたりは夕暮れまでジェット機が離発着するのを見物したあと、帰宅した。

 これが僕の父と母のハネムーンだった。それから6年間続いた結婚生活の中で、父が謝ることは何度かあったけど、母が謝ったことは一度もなかった。


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『インナー・シティ・ブルース』発売記念・長谷川町蔵1万字インタビュー:後編

PROFILE

長谷川町蔵

文筆業。最新刊は大和田俊之氏との共著『文化系のためのヒップホップ入門3』。ほかに『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』、『あたしたちの未来はきっと』など。

https://machizo3000.blogspot.jp/
Twitter : @machizo3000

『インナー・シティ・ブルース』
Inner City Blues : The Kakoima Sisters

2019年3月28日(木)発売
本体 1,600+税

著者:長谷川町蔵
体裁:四六判 224 ページ 並製
ISBN: 978-4-909087-39-3
発行:スペースシャワーネットワーク


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