インナー・シティー・ブルース シーズン2
長谷川町蔵 著
第十一話:ザット・レディ パート1&2 駒沢オリンピック公園編

illustration_yunico uchiyama

インナー・シティー・ブルース シーズン2
長谷川町蔵 著
第十一話:ザット・レディ パート1&2 駒沢オリンピック公園編

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毎回、東京のある街をテーマに物語が展開する長谷川町蔵の連作短編シリーズ「インナー・シティ・ブルース」。混乱を極める東京の今と過去をつなぎながら、シーズン2には新たな登場人物たちを迎え、さらに壮大なナラティブを紡ぐ……。

【あらすじ】時は1970年、クリスマスを間近に控えたころ、空津岬は夫・海舟に妊娠を告げた。彼女は婚約した時からふたりの間に子どもができることを確信していて、人数や性別まで海舟は知らされていたのだが、驚くべきことに岬自身の寿命までも予言されていた……。
そして場面は2020年へと移り、そこには空津澪と彼女をとりまく主要な登場人物がずらりと顔を揃え、ついに空津家の複雑な家系図の謎が紐解かれてゆく!

パート1【1970年12月20日】

「子どもができました」
 空津岬が素っ気ない調子で夫の海舟にそう告げたのは、1970年12月20日のことだった。
 ふたりは駒沢公園の中央広場にいた。この公園は都民の憩いの場にしてはいささか郊外にあったが、1940年に予定されていた東京オリンピックのメイン会場として整備されたものだった。
 日本がオリンピック開催を返上したために一旦は忘れられた、この公園の名が再び全国に知られたきっかけもオリンピックだった。1964年の東京オリンピックで公園内の屋内競技場がバレーボールの会場に使用されたのだ。“東洋の魔女”と呼ばれた女子日本代表チームはソビエト連邦に勝利し、金メダルを獲得した。
 しかしそれも過去の話である。1969年に都心からのアクセス手段だった路面電車の玉川線が廃止されたために駒沢公園は陸の孤島と化した。日曜の午後だというのに、この日も人影はまばらだった。
「こんな場所に誘い出しといて、そんな大事なことを言うのか。君らしいな」
 海舟は、喜びの表情を浮かべながらも、人混みが苦手な妻をからかわずにはいられなかった。
「あら、そんな理由で誘ったんじゃなくてよ。あなた、事務仕事が忙しくて現場を見にいく暇もないってこぼしていたじゃない? だからここがいいと思ったの」
 海舟が第一機械工業の営業主任として工作機械を納品していた首都高速道路公団と東急電鉄は、公園に面した国道246号線の上下でそれぞれ首都高3号線と東急新玉川線の建設工事に取り組んでいた。
 海舟は千駄ヶ谷の自宅からトヨタセリカを運転してここに来るまで、日曜返上で工事が行われている246号線を走り続けていたことを思い出した。
「ああ、そういう考えだったのか。あやまるよ」
「たしかにわたし、人気のない場所が好きですけどね。新玉川線が開通したらもうここには来たくないわ。休みの日なんか大変な人出になるもの」
「それはどうかな。開通は七年も先の話だ。そのとき都心から人が戻ってくるかどうか」
「都心からではなくて川崎や横浜から家族連れがやって来るの。新玉川線は人気路線になるのよ。終点の渋谷なんか東京で一番賑わう街になるんだから」
「面白い考えだな。新宿とちがって坂が多い渋谷は駅周辺しか商売にならないっていうのが常識なんだが」
「その常識が破られるのよ。いま区役所通りと呼ばれている坂があるでしょう? そこが公園通りと呼ばれて、みゆき通りみたいになるの」
「それは君お得意の予言なのか?」
 岬には幼い頃に東京大空襲で建物の下敷きになって以来、お告げとも作り話ともつかないことを喋る癖があった。
「予言じゃないわ。前にも話したでしょう? わたしはいろんな時間軸を同時並行で生きているの。そのほとんどは断片的なものだけど、中にははっきりわかっているものもあるのよ」
 岬はふたりの間に子どもができることを確信していた。人数はひとり、そして性別まで。海舟は婚約してからずっとそのことを聞かされていた。
「生まれてくる子どもは女の子なんだろう?」
「そうよ。名前は満月の満で、満(みちる)」
「俺はそれで構わんよ。文字面がいい。もし男の子が生まれたら同じ字で満(みつる)にすればいい」
「お生憎さま。男の子は生まれない」
 海舟は軽い苛立ちを覚えた。彼には、戦災孤児である自分を親戚の反対を押し切って婿養子にしてくれた岬の父への恩義があった。男の子が生まれれば一族の反発も和らぐはずだが、岬はそういう事情を全く気にしないのだ。しかし彼女の立場からすると、この結婚自体が幼いときに父から強制的に決められたものでしかないのも確かだった。
「そして君はあと十年しか生きない」
 岬は十年前に海舟と正式に婚約したとき、真剣な表情で自分の人生はぴったり二十年後に終わると告げた。海舟は、それを予言ではなく岬の絶望の表われと受け取った。彼は自分なりに彼女を愛していたが、彼女の方はそれを拒んでいる。海舟はそう感じていた。
 十年なんてあっという間だ。海舟は1960年のクリスマス・パーティで偶然目にした三島由紀夫の姿を思い出していた。あの夜イタリアン・レストランで人生を謳歌していたようにみえた世界的な作家はつい先日、市ヶ谷の自衛隊駐屯地で自決したばかりだった。
「そうよ。それはどうしようもないの。そのころ満はまだ9つだけど」
「子どものことは任せてくれと言えば安心するのか?」
「いいえ、心配よ。満は女の子だもの。女なんか知り尽くしているって自惚れているかもしれませんけど、銀座にいくらお金を落とそうが鈍感なあなたには永遠にわかりっこないんですもの」
「ああいうものは仕事の付き合いだ。そう責めるなよ」
 岬は海舟を見つめた。
「だから最近、わたしが死んだらあなたはすぐ再婚するべきと思っているの。もう相手も決まっているわ」
「おい、そんな女はいないぞ」
「マリーナちゃんよ」
「もしかしてマリーナ・フィッシャーか?」
「そうよ。綺麗な子だもの。あなたにお似合い」
「前にも話したろう。十年前、彼女はまだ子どもで日本語の読み書きが苦手だった。それで頼まれて文通を始めたんだ」
「そのとき子どもでも、あなたの七つ下でしかないのよ。今年23歳ね。わたしが死ぬ年には33歳になっているわ。それに、満はマリーナちゃんを大好きになると思うのよ」
「それもお前の予言なのか?」
「いいえ。自分の娘だからそう思うだろうって想像しただけ。死んだあとのことなんて、わたし知りっこないもの」
 そう言い捨てると岬は口を閉じて、ひんやりと晴れた空にそびえるオリンピック記念塔を見上げながら想いを巡らした。あと十年間、すぐそばにいる女の気持ちも察することができない愛すべき鈍感な男と、生まれてくる娘に何をしてあげられるだろうかと。

パート2【2020年3月20日】

「あのさー、そもそも岬って女の人は何者なの?」
 澪姉ちゃんにそう言われて、ぼくは凹んだ。空津家のファミリーツリーの秘密についての物語を小説投稿サイト「小説家になりたい」に必死にアップしてきたというのに、主要人物のひとりである彼女がまったく理解していなかったからだ。
「えっ、そこから説明しなきゃダメ?」
「仕方ないって。わたし中身は13歳なんだからさ」
 32歳のくせに開き直っている。2019年7月の謎の失踪をきっかけに彼女は2000年7月以降の記憶を一切失ってしまい、「自分は過去から心だけタイムスリップしてきた」と主張し続けていた。
 あれから8ヶ月も経つのに記憶が戻る兆候は一切見られない。てっきりぼくの小説を読んで記憶を取り戻してくれるとばかり思っていたのだけど、読解能力がゼロだったとは。
「長い文章を読むのはかったるいからさ、わたしにもわかるようにずばっと説明してほしいんだよね」
湊兄ちゃんが文句を言う。
「わざわざこんなところに俺らを集めて言わなくてもいいだろ」
 僕らは駒沢公園の中央広場にいた。
「だって最近このあたりの注文が多いんだもん」
 Uber Eatsのデリバリーに励んでいる澪姉ちゃんは、千駄ヶ谷の家から自転車でここにやって来るまでにも何軒か配達してきたらしい。
「それにいくらお兄ちゃんにLINEしたって『仕事が忙しい』って返してくるだけで相手にしてくれなかったじゃない」
「マジで忙しかったんだって。最近コロナのせいでそうでもないけどさ」
 湊兄ちゃんがいま撮影している朝ドラの現場の感染防止ルールに従って、ぼく、湊兄ちゃん、澪姉ちゃんの順にぼくたちはきっちり2メートルおきに離れて立っていた。いわゆるソーシャル・ディスタンスってやつだ。
 もっともこの日は三連休の初日だったため、コンクリート板がグリッド状に敷き詰められた広場には、家族連れやジョガー、大型犬の散歩をする人たちが至近距離で慌ただしく行き来していたのだけど。
「いつまでこんなことを続けなきゃいけないのかな」
 ぼくの問いに湊兄ちゃんが答える。
「夏までの辛抱だよ。暖かくなったらインフルエンザみたいに弱まるってさ」
「コロナなんかどうでもいいからさ、早く説明してよ!」
 澪姉ちゃんはせかすけど、ぼくも湊兄ちゃんも気が進まない。
「あの〜、おふたりがお話しにくいのなら澪さんにはぼくから説明しましょうか」
澪姉ちゃんの向こう側にさらに2メートル離れて立っていたポッチャリ男子が口を開いた。
「お前、誰だよ?」
 湊兄ちゃんが突っ込むと、澪姉ちゃんはすました顔で説明する。
「田畑論くん。わたしの友だち。潮ちゃんの小説を読んでもらったら、ぼくには何が書いているかわかりますって言うから来てもらっちゃった」
「こんな場によその子を連れてくんなよ」
「わたしの命の恩人だよ。それに去年からずっと色々教えてもらっていたし」
「そのツーショットさ、ビジュアル的に微妙だからやめろよな!」
 ふたりの口論がエスカレートしてきたので、ぼくは制止した。
「湊兄ちゃん。ぼくらが話しづらいのは確かだから、説明してもらおうよ」
「よろしいでしょうか?」
 田畑くんはおずおずと語り出した。
「空津岬さん。彼女こそが空津家直系のひとり娘だったんです。彼女の父親は、堺海舟さんを小さい頃から可愛がっていて、娘と結婚させた。結婚を機に海舟さんは空津姓を名乗るようになりました。ふたりのひとり娘が空津満さんです」
「えっ、お兄ちゃんとわたしは?」
 澪姉ちゃんの初歩的な質問をスルーすると、田畑くんは話を進めた。
「岬さんが病死されたあと、海舟さんは長年のペンフレンドだった日系ハーフのアメリカ人マリーナ・ナギサ・フィッシャーさんとのお付き合いを始めました」
 湊兄ちゃんが付け加える。
「正確にはユダヤ系白人と韓国系大日本帝国人のあいだに生まれたアメリカ人な」
 田畑論は湊兄ちゃんにむかってぺこりとお辞儀をした。
「訂正ありがとうございます。マリーナさんにはアメリカ人のピート・クルーズさんとの間にミナト君という男の子がいました。1986年に海舟さんとマリーナさんは再婚して、対外的にマリーナさんは空津渚、ミナトさんは空津湊を名乗るようになります」
「えっ、お兄ちゃんってアメリカ人なの? しかも連れ子?」
「お前さー、わざと知らないふりして俺をおちょくってんだろ」
「そんなつもりないよ! あれっ、わたしは? あっ、そうか。そのあと父さんと母さんの間に生まれたんだね?」
「ちがうって!」
 澪姉ちゃんと湊兄ちゃんの応酬をよそに田畑くんは淡々と話し続ける。
「おふたりの再婚には、満さんの秘密を隠す意図もありました。中学二年生のときに小樽涼太さんと交際をはじめていた満さんは翌年に密かに妊娠したのです」
「小樽って、もしかしてお父さんの部下だったあの人?」
 澪姉ちゃんの質問にはぼくが答えた。
「そうだよ。だからあの人、おじいちゃんにさんざんこき使われていたってわけ」
 そして田畑くんの語りが核心に入った。
「1987年に満さんは女の子を出産しました。それが澪さん、あなたなのです」
「えっ、うそでしょ?お姉ちゃんがわたしのお母さん? ないない、絶対ありえない。それにその頃はお姉ちゃん、日光のフリースクールに通っていたんじゃ……」
 湊兄ちゃんが口を挟んだ。
「フリースクールなんてカモフラージュだって。実際は隠れてお前を生んだんだよ。出産前後は母さんもしばらくあっちに住んでいてさ。自分が子どもを生んだフリして一緒に帰ってきたのを覚えているよ」
「本当はお姉ちゃんがわたしのお母さんで、お母さんはおばあさんってこと?」
 ぼくらのファミリーツリーに関する田畑君の解説は正確だった。
「澪さんのお母さんは満さんで、渚さんは血の繋がらない義理のおばあさんですね。実のおばあさんはさっき話に出た空津岬さんです。空津海舟さんはお父さんではなくて本当はおじいさん、渚さんの連れ子の湊さんは血の繋がらない叔父さんになります」
「そのあとお姉ちゃんは洋さんと結婚したわけだから、潮ちゃんは父親違いのわたしの弟?」
「ちがいます。おふたりの結婚は1995年ですが、丹念洋さんには前の奥さんがいて、前の年に生まれた潮さんはそちらのお子さんですから」
 ぼくは言い添えた。
「だから湊兄ちゃんもぼくも、澪姉ちゃんとは血が繋がっていない。本当は空津家とも無関係なんだ」
 澪姉ちゃんは黙りこんでしまった。沈黙はどのくらい続いただろうか。辺りを駆け回る子どもたちの歓声や犬の鳴き声がうるさいくらいに大きく聞こえる。
 彼女はなんとか言葉を絞り出した。
「でもさ……血が繋がっていなくても家族だよね」
湊兄ちゃんが笑った。
「それ、お前が秘密を知ったときに俺が言ったセリフだぜ」
「わたしが知ったのはいつ?」
 湊兄ちゃんが答える。
「姉さんが死んでいろんな手続きをしなきゃいけなくなったときかな」
 田畑くんがフォローした。
「2001年にお宅の火事が原因で満さんは亡くなりました。彼女こそが空津家を結びつけていたキーパーソンだったのでしょう。翌年には海舟さんと渚さんが離婚しています」 
 そのあと澪姉ちゃんの生活は荒れた。このときぼくはまだ小1だったのではっきりとした記憶がない。ぼくにとっての「空津家」とはこれ以降の、娘と妻を失って荒れているおじいちゃんが素行の悪い澪姉ちゃんに始終説教をし、たまに帰ってくる湊兄ちゃんと喧嘩をしている崩壊家庭でしかなかった。
 だから存在しないはずの母親の思い出とともに時折頭に浮かぶ幸福な家族のヴィジョンは、自分の願望が描き出した妄想なのだと思っていた。でも大人になっていくに従ってそれが昔、確かに存在していたことを知ったのだ。
 ぼくはバラバラになってしまった家族から、思い出話を聞いてまわるようになった。抜け落ちているピースは想像で補った。これまで書かれてきた物語はぼくにとって失われた過去の記録だった。
「本当に残念です」
 田畑論が沈痛な表情で言った。
「澪さんと初めてお会いしたとき、ぼくはてっきり何者かが2020年の東京オリンピックを食い止めるために彼女を平行宇宙の2019年に送り込んだと思ったんです。澪さんがメン・イン・ブラックに遭遇したこと、家が建っている位置が少し違うのがその証明だと考えていたのですが」
「お前が残念なのはそっちかよ!」
 湊兄ちゃんがツッコミを入れたので、場の雰囲気が少しだけ軽くなった。
「タイムトラベルはともかく、オリンピックを食い止めるのは成功したんじゃないの? このままだと延期は間違いないしさ」
 家の位置についてはぼくが補足説明した。田畑くんとは6メートル離れているので、大声を出さないと伝わらない。
「家が建つ位置が違うのは当然だよ。一回火事で焼けたしね! おじいちゃんは設計図をもとに全く同じように家を立て直したけど、そのとき微妙に位置がずれちゃったんじゃないかな。メン・イン・ブラックについてはよく知らないけど!」
「ぼくは、澪さんの他人の”気”を感じる体質とタイムトラベルに関係があるとばかり思っていたんです!」
 田畑くんも声を張って質問してきたので、フレンドリーな怒鳴り声の応酬がはじまった。
「その体質は、空津家直系の女性が持つ遺伝性のものなんだ。岬さんの母親から始まって岬さん、母さん、澪姉ちゃんと受け継がれてきたんだよ!」
「でももうひとつ遺伝性の能力がありますよね? 岬さんも満さんも死ぬまでの記憶を持っていたじゃないですか! 澪さんにも遺伝しているんですか?」
「それはまだ調査中なんだ! 岬さんのお母さんから3代続けて全員、自分が死ぬ時期を当てて亡くなっているのは確かなんだよね。でも澪姉ちゃんに遺伝しているのかはわからない。もしかしたら代を重ねて能力が薄まったのかも!」
 湊兄ちゃんが茶々を入れた。
「澪、未来を予言してくれよ。このコロナ騒ぎはいつ終わるんだよ?」
「知るわけないでしょ!」
 湊兄ちゃんと澪姉ちゃんの喧嘩をよそに、田畑くんは質問を続ける。
「澪さんの銀行口座に預金がすごい金額あるって話は?」
「あれは本当! 第一機械工業創業家唯一の直系の子どもだから、母さんから会社の株券をたくさん相続しているんだよね」
 湊兄ちゃんが澪姉ちゃんに言う。
「株の配当で暮らせるのに、いろいろバイトしていたよな。ここでは口に出せないエグい仕事もやっていたし」
「なにそれ。わたし頑張ってUber Eatsが限界だよ? 」
「そんな奴がなんで地下アイドルなんかやっていたんだよ」
 湊兄ちゃんはスマホを取り出して動画を再生すると澪に手渡した。
「ほら、これお前だろ」
 澪姉ちゃんが覗き込むと、そこはどこかのライブハウスのステージで、大人数の女の子たちがひしめきあいながら、ぎこちない振り付けでチープな歌を歌っていた。その集団の2列目の左から3番目に、彼女そっくりの女の子がいた。
「たしかにわたしに似ているけどありえないよ。そもそもなんでこんなことやってんの?」
「それはこっちが訊きたいよ。ドラマで共演した子から教えてもらったんだけど、堺マリーナっていう名前なんだって。堺海舟とマリーナ・フィッシャーの合成ネームなんて、お前以外考えつかないだろ」
 澪姉ちゃんは信じたくない様子だった。
「もう帰る」
 ぼくは慌てて引き留めた。
「帰るって、これから3人で父さんとご飯を食べる約束だったよね?」
「いま頭の整理がつかない。洋さんにはよろしく言っといて。田畑くん、行こう」
 彼女がそう言い終わるかどうかのタイミングで、この場にいたメンバー以外の男の声がした。
「あの〜、堺マリーナちゃんですよね?」
 そこには、澪姉ちゃんが渋谷のタワーレコードで出会った“メン・イン・ブラック”が立っていた。


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PROFILE

長谷川町蔵

文筆業。最新刊は大和田俊之氏との共著『文化系のためのヒップホップ入門3』。ほかに『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』、『あたしたちの未来はきっと』など。

https://machizo3000.blogspot.jp/
Twitter : @machizo3000

『インナー・シティ・ブルース』
Inner City Blues : The Kakoima Sisters

2019年3月28日(木)発売
本体 1,600+税

著者:長谷川町蔵
体裁:四六判 224 ページ 並製
ISBN: 978-4-909087-39-3
発行:スペースシャワーネットワーク


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