インナー・シティー・ブルース シーズン2長谷川町蔵 著第十二話:ある愚か者の場合 品川編

毎回、東京のある街をテーマに物語が展開する長谷川町蔵の連作短編シリーズ「インナー・シティ・ブルース」。混乱を極める東京の今と過去をつなぎながら、シーズン2には新たな登場人物たちを迎え、さらに壮大なナラティブを紡ぐ……。

【あらすじ】
まだ2020年に東京オリンピックが行われると誰もがぼんやりと思っていた1999年の夏、品川インターシティホールでひっそりとインディーズアイドル・イベントが開催された。そこへ客として来場した金蔵徹は、目当てのグループ、HHHHの物販で、在籍する堺マリーナとのギャラ飲み券とアフター・ツーショット券を買って、彼女を指名していた。海を見ようと誘った金蔵には、ある目的があったのだが……。

 「堺マリーナは他のどの女の子とも違うんだ」
 金蔵徹(かねくらとおる)は、1ヶ月ほど前に開かれたHHHH(ハフハフ・ハーフ&ハーフ)のオタ仲間との飲み会で、そう呟いたばっかりにその場にいた全員から猛反論を受けたことを思い出していた。
 「お前の網膜にはコハルンのキレッキレのダンスが映らないのか?」
 「ソメっちのデコルテのラインは神の創造物だぞ!」
 「みんな、争うのは止めようぜ。全員がそれぞれ特別だからHHHHは最高なんじゃないか!」
 「イェー!」
 お前ら、何もわかっていない。彼は1ヶ月遅れで頭の中で反論した。堺マリーナは違う。HHHHのメンバー13人に限っての話じゃない。今夜の「アイドルオリンピア」に出演した23組のアイドル・グループのどこを探しても、彼女のような子はいない。
 品川駅は、東京でも5本の指に入る乗降客数を誇るターミナル駅だ。しかし東側には東京湾が迫っていたため、そちらの方向に5分も歩くと賑わいは薄れてしまう。カラオケボックスやホルモン焼き屋やコンビニがぽつぽつあるだけで、あとは倉庫ばかりが建ち並んでいる。
 こうした倉庫街を通り抜ける生温い夏の風を頬に感じながら、金蔵は自問自答した。今夜出演したアイドル・グループは少なくても7人、多いところでは30人以上のメンバーがいた。今まで気にしたことなかったけど、なんでこんな大人数なのだろう? オタそれぞれの女の子の好みにきめ細かく応えるため? いや、おそらく逆だ。
 プライベートではひとりひとりが異なる個性を持つ女の子でも、ステージに立って同じ服装と振付で同じ曲を歌えば、差異は薄まって「若い女の子」という抽象的な概念に限りなく近づいていく。オタが求めているのは生身の女の子なんかじゃない。若い女の子という概念なのだ。
 その証拠に、今夜パフォーマンスを披露したアイドル・グループの歌声からは「甲高くて甘い女の子の声」という以外の個性が一切感じ取れなかった。堺マリーナを擁するHHHHを除いて。
 金蔵は、マリーナの声ならどんな大人数の中からでも聴きとる自信があった。彼女が歌うと、メロディの最後で必ず音程がフラットした。もしひとりでジャズっぽい曲でも歌ったなら味わい深く響いたかもしれない。でもインディーズアイドルにありがちな、未来への根拠の無い希望を称えた歌詞にはまるで似合っていなかった。それどころか、そんなものは嘘っぱちで夢など叶わないのだとひとり嘲笑っているようにも感じられた。
 この夜、品川のインターシティホールで開催されたインディーズアイドル・イベント「アイドルオリンピア」は散々な結果に終わった。ちょうど1年後に開催される東京オリンピックの準備のため、東京の施設の多くが使用禁止になり貸ホールの争奪戦が起こっていた。「アイドルオリンピア」の主催者は、高騰する土日の会場レンタル料をケチって火曜の夕方早くからイベント開催を強行した。それが裏目に出た。キャパ700席のうち300席程度しか埋まらなかったのだ。おそらく入場客よりも出演したアイドルの総数の方が多かったはずだ。
 HHHHは三番手で登場した。彼女たちは、オタすら到底面白いとは感じないダダ滑りするトークを挟みながら、慌ただしく3曲を披露すると、次の出演者のために足早にステージから去り、残りの時間は会場の外廊下でオタ相手に物販や交流会をし続けた。
 数多あるインディーズアイドルの中でも、HHHHの物販活動はとても上質とは言えないものだった。メンバーがハーフだけという、ポリティカリー・コレクト的に問題があるコンセプトで結成されていたことから、他のグループのオタから“外国人キャバクラ”と陰口を叩かれていた彼女たちは、握手券やツーショットチェキ券はもちろん、ハグ券、膝座り券、ギャラ飲み券やアフター・ツーショット券まで売りさばいていたのだ。
 過剰なサービスを提供する一方で、僅かな収入しか得られないアイドルグループに在籍し続けている女の子はいくつかのタイプに分けられる。一番多いのは、自己評価が低すぎるがゆえに、狭いサークル内で認められるだけで満足してしまっている子だ。本当はワン&オンリーのアイドルになりたかったのに、自分をチームプレイヤーと位置づけて部活的な犠牲精神に酔っている子もいた。
 こうしたタイプとは対照的に、そこに微かなチャンスを見出して底辺から這い上がろうとしている子もいた。大手の天神プロモーションに引き抜かれてHHHHのオタに衝撃を与えた赤城凛はこのタイプだった。
 だが堺マリーナはどのタイプでもなかった。クオーターではあったもののクセっ毛を除けば100%大和民族にしか見えなかった彼女は、オタ的にはとっつきやすい相手だった。あらゆる物販に積極的でいつでもどこでも元気いっぱい。オタの中心層である30代男子をまるで同年代のように「君」呼ばわりすることでも人気を博した。こうした態度に象徴的なように、22歳というのは嘘で実は32歳ではと噂されるほど、彼女はオタの心理を読む能力にも長けていた。
 長いドルオタ歴を持つ金蔵が、最初に惹かれたHHHHのメンバーも彼女だった。しかし彼は気づいた。マリーナの内面が完全な虚無であることを。
 彼女には狭いサークルで承認を求める気持ちも、部活的犠牲精神も上昇志向も欠如していた。金を稼ぐ気持ちに至ってはマイナスだった。困っているメンバーに自分の売上を気前よく渡していたのだから。金蔵は考えた。どうせ彼女は今夜の売上も誰かに譲り渡すにちがいない。
 金蔵は、歩くのを止めてうしろを振り返った。脇を通り過ぎたトラックのヘッドライトが、女の子の顔を闇から浮かび上がらせた。堺マリーナだった。金蔵はHHHHの物販でギャラ飲み券とアフター・ツーショット券を買って、彼女を指名したのである。
 「海をふたりで見ようよ」それがマリーナに対する金蔵の言葉だった。
 インターシティ内にある「イタリア」という直接的すぎる名前のトラットリアで、ワインをハイペースで飲んでいだ彼女はひどく酔っ払っていた。
 パーカーを羽織ってリュックを背負った金蔵に対し、マリーナはTシャツに黒のスリムパンツという出で立ちだった。事情を知らない第三者が見たらカップルに見えたかもしれない。
 「イタリア」を出たふたりは、食肉市場の前を通り過ぎ、高浜運河にかかった橋を渡ると東に直進した。東京海洋大学のキャンパスを横目にしばらく歩いていると、正面に首都高1号とモノレールの高架が見えてきた。目的地である港南緑水公園は高架をくぐりぬけてすぐの場所にあった。
 しかしそこは金蔵が想像していた人気のない埋め立て地とは異なっていた。公園奥に広がるデッキの向こうには京浜運河が流れていたものの水面までの距離が近すぎる。しかも敷地内には缶チューハイを飲んで騒いでいる大学生らしきグループや犬を散歩させている近隣住民がいた。
 ここでは無理だ。
 「イマイチ海っぽくないね。もう少し歩こうか」
 金蔵はマリーナにそう声をかけると、高架下の道路を北上しはじめた。すると「品川埠頭」というサインと大きな橋が目に入ってきた。「港南大橋」と書かれた橋は、運河を通行する船が下をくぐれるように運河の中央部にむかって急勾配を描いている。
 ふたりは橋を登りはじめると、勾配が一番高くなっている場所で立ち止まった。左正面には、ライトアップされたレインボーブリッジが優雅な螺旋を描きながら光輝いているのが見える。橋の欄干に身を乗り出して下を眺めると、運河の水面まで10メートル近くあった。車の通りも少ない。
 ここしかない。
 金蔵は覚悟を決めた。するとその瞬間、散歩を始めてからずっと無言だった堺マリーナが口を開いた。
「訊いていい? なんでわたしを殺そうとしているわけ?」
「こ、殺すって、そ、そんなするわけないだろ」
「飲んでいたときから殺気をめちゃくちゃ感じていたんだけど」
「そんなつもり全然ないよ!」
「どうせリュックの中にアーミーナイフかなんか入っているんでしょ? バッカじゃないの? そんなもので人なんか殺せっこないよ。万が一わたしを殺せたとしても、どうやって死体を始末するつもり? 持ち上げて運河に投げ捨てるの? わたし48キロあるんだけど」
言葉を失ってその場に立ち尽くす金蔵に、マリーナが追い討ちをかける。
「理由を話してくれなかったら、警察に電話しちゃうけど」
「……マリーナちゃんを殺して僕も死のうと思ったんだ」
 「無理心中するつもりだったの?」
 「ほら、僕の仕事を知ってるよね?」
 「青物横丁の金蔵書店。よくうちらにRayとかSweetを差し入れてくれるよね」
 「3日前に閉店したんだ」
 「えっ、どうして?」 
 「ぜんぶインターネットのせいだよ。青物横丁ってさ、急行駅だから結構な数のサラリーマンが朝晩乗り降りしているんだ。なのに誰も本なんか買ってくれない。あの店はオヤジが遺してくれた唯一の財産だったのに。もうおしまいなんだ」
 「それでわたしを道連れにしようとしたわけ? でも金蔵くんってさ、あくまで箱推しで、わたしを単推ししていたわけじゃないよね」
 「箱推しだったのが、マリーナちゃんを殺そうとした理由だよ」
 「どういうこと?」
 訝しがるマリーナを前に、金蔵は己の信念を語りはじめた。
 「僕だけじゃなくて、HHHHオタの多くはとても辛い毎日を送っているんだ。蔑まれるだけじゃない。存在自体を否定されることだってある。でもHHHHはそんな僕らを励ましてくれるんだ。もちろん君たちも大変なのは知ってるよ。でもそんな君たちが頑張っているから、僕らも生きていいんだって思えるんだ。僕も潰れそうな本屋を何とか持ち堪えていた。でもマリーナちゃん、君は他の子たちとは違うよね。なんていうのかな、アイドルをやっている理由みたいなものが全然見えてこないんだ」
 「ワオ、そういう指摘をしたのは君だけだよ」
 堺マリーナはさっきまで自分を殺そうとしていた相手に少し感心したような表情を浮かべた。
 「去年、HHHHの運営が大手企業で部長をやっている人に変わったよね?」
 「沼水P」
 「あの人のお陰でようやくHHHHに可愛いコスチュームやカッコいいオリジナル曲が作られるようになったよね」
 「コスチュームは佳奈ちゃん、曲は七海ちゃんって子がやってくれている。ふたりとも才能あるんだよね。もしあの服を着てあの曲を歌っているのが、わたしたちじゃなかったら売れちゃっているかも」
 金蔵の眼がギラッと輝いた。
 「ちがう、君たちはもうすぐブレイクする」
 「そうかなあ」
 「そうしたらHHHHの存在が世間に知られてしまうんだ。たぶん最初に人気が出るのはマリーナちゃん、君だと思う。でも理由もないのに全力でアイドルやっている君みたいな子がスターになっちゃったらHHHH、いやインディーズ・アイドルの世界そのものを支えてきたロジックが崩壊してしまうんだ。これまでこの世界によって生かしてもらっていた僕は、命に換えてもそれを止めなきゃいけない。だから君には死んでもらうしかないんだ!」
 堺マリーナは呆れた顔をした。
 「あのさ、君は本屋が潰れて疲れているだけだよ。それにさ、何でわたしがHHHHを辞めるって選択肢がないわけ?」
 「えっ、だって今日も楽しそうに歌い踊っていたじゃないか」
 「実はそろそろ潮時かなって思っていたんだよね」
 「ど、どうして?」
 「沼水Pの勤め先が第一機械工業だって知ったから。わたしあの会社とはワケありで、正体がばれちゃうと面倒くさいんだよね」
 金蔵は、マリーナがもしかすると良家の子女かもしれないと考えていたので、その言葉には納得したものの、続いて聞いた言葉はとても信じ難いものだった。
 「それとアイドルをやってきてずーっと感じていた邪念が、こっちが麻痺してきたのかここんところ何も感じなくなってきたんだよね」
 「邪念?」
 「ようするに支配欲や暴力衝動、性欲のこと。金蔵くんはわたしが理由もなしにアイドルをやってるって言うけどさ、邪念こそがアイドルをやっていた理由なんだよね。わたしってさ、他人の邪念を異常に感じやすい体質なの。ほら、アイドルの握手会でメンバーが突然気持ち悪くなって途中退席することってあるじゃない? あれは握手してくるファンの邪念をその子が無意識で感じ取っているからなんだよね。わたしは言ってみればそのスペシャル版。ステージに立つだけで邪念を感じ取って、体中が耐えられないくらい痛くなって、口から内臓が出てきちゃうんじゃないかってくらい吐き気がするんだ」
 「マリーナちゃんはいつも元気いっぱいじゃないか」
 「みんなの邪念をより強く感じたいから、そういうフリをしていただけ」
 「なんで、そんな自分を傷つけるようなことを? もっと命を大切にしないとダメだよ! 生きていればきっといいことがある。今日が辛くても明日に奇跡が起きるかもしれないじゃないか!」
 金蔵はさっきまで殺そうとしていた相手に人生の素晴らしさを熱く説いたものの、マリーナにはまるで通じなかった。
 「邪念を感じたかったのは、自分を罰するためよ」
 「罰する?」
 「わたし、お母さんを殺したの」
 「マリーナちゃん、酔っぱらってるんじゃない?」
 「酔ってはいるけど、嘘はついていない。中2のとき、家が火事で燃えたんだ。家族はみんな無事だったんだけど、猫が家の中に残されちゃって。そうしたら炎と煙で苦しんでいる猫の想いが脳に直接伝わってきたの。わたしは怖くなって叫びだした。それで仕方なくお母さんが家の中に入って猫を助け出したの。でも煙が肺に入り込んだことが原因であの人は死んじゃった」
 「それは君のせいじゃないよ」
 「わたしのせいだよ。こんな体質じゃなかったらお母さんはまだ生きていたわけだし。だから、わたしは一生をかけて自分を罰し続けようと決心した。お客のクレームが多いバイトをわざと選んだり。クレーム受付電話センターでしょ、コンビニや居酒屋でも働いた。でもクレームのパターンがわかるってくると何も感じなくなってくるの。それで次に挑戦したのがフーゾク関係。でもやりすぎて体を壊しちゃって。それで仕方なくガールズバーで働いていたら、前の運営の人と偶然知り合ったんだ。ハーフだけでアイドル・グループを作る計画があるって聞いたから、面白そうだからクオーターだって言って入れてもらっちゃった」
 「クオーターなのは嘘だったんだ」
 「名前も歳もぜんぶ嘘。堺マリーナなんて女の子はこの世にいないの」
 「そうだったんだ。でもこれまでの仕事よりは楽しいところもあったよね?」
 「うーん、どうかなあ。メンタル的にはHHHHが一番キツかったかも」
 「なんで? 俺たちは君を貶めるどころか応援していたじゃじゃないか!」
 「応援なんて綺麗事いわないでよ。わたしたちが失敗していくのを見たくてライブに来ていたんでしょう? 君は、自分よりも人生に可能性がありそうな若い女の子たちが未来の夢を摘まれていくのを眺めながら、自分の人生の可能性が年々狭まっていく辛さを癒していただけだよ」
 金蔵は自分が認めたくなかった深層心理を、目の前にいる酔っ払いの女の子がすらすら言語化していくのを目の当たりにして震え上がった。
 「なのに一方で君はわたしたちとセックスしたいと思っていたよね。憎しみながら愛されたいなんて。わたしはともかく他の子たちに失礼だよ。人をなんだと思ってるの?」
 「そんなことは絶対ないっ!」
 「認めなさいよ。認めたらHHHHを辞めてあげる」
 「認められないよ、僕はHHHHのトップオタなんだぞ!」
 「君が認めなかったら、HHHHにずーっと居座ってやるから。そうしたらわたし、ブレイクしちゃうんでしょう?」
 品川インターシティホールを埋め尽くした大観衆を前に、堺マリーナが満面の笑みを浮かべながら歌い踊るヴィジョンが、金蔵の脳裏に浮かんだ。すると完全な虚無が会場を覆い尽くし、ドルオタたちの夢や希望が闇の中に吸い込まれていくのが見えた。それは何としても食い止めなければいけない。
 「……認めるよ。僕は君たちの失敗を望んでいたし、セックスもしたかった」
 堺マリーナは勝ち誇ったように微笑んだ。その瞬間、金蔵は彼女を最高に綺麗な女の子だと思った。
 「オッケー。目を瞑っていて。今夜のことは誰にも言わないで」
 金蔵が目を閉じて二十秒ほど経ったときだろうか。下の方から水しぶきのような小さな音が聞こえた。慌てて目を開けた彼は欄干から身を乗り出して運河を見下ろしたが、そこには黒々とした水の流れが見えるだけだった。酔っぱらった勢いで運河に飛び込んだのか、単に走り去ったのかはわからない。いずれにせよ堺マリーナはいなくなってしまったのだ。
 彼女が何の痕跡も残さずに突然姿を消したのは、オタの間ではちょっとした話題になったが、この世界では別に珍しい話ではない。すぐにマリーナの存在は忘れ去られた。金蔵の予想に反してHHHHはブレイクしなかった。彼の足は次第に現場から遠のいていった。
 アルバイトとして働き始めた書店チェーンで金蔵は、出版社の営業の女性と知り合った。ともに過去の失敗談を語り合う中で彼女のこれからの人生が明るいものであってほしいと心から思った。それは彼にとって、他人と初めて築いた継続的な人間関係だった。

 あの不思議な夜から2ヶ月ほどだったある日、金蔵はふと立ち寄った渋谷のタワーレコードで堺マリーナにそっくりの子がいるのを見つけた。グレーのフーディーにオリーブグリーンのカーゴパンツというスタイルでナイキのスニーカーを履いている。思いきって彼は話しかけた。
 「堺マリーナちゃんですよね?」
 しかし彼女はまるで13歳の少女のような無防備な表情で驚くと、黙って背中を向けてエスカレーターを駆け下りていってしまった。
 あの女の子がはたして本人だったのか、他人の空似だったのかはわからない。でも金蔵は願わずにはいられない。堺マリーナが自分を痛めつけずにどこかで平穏に暮らしていることを。


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PROFILE

長谷川町蔵

文筆業。最新刊は大和田俊之氏との共著『文化系のためのヒップホップ入門3』。ほかに『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』、『あたしたちの未来はきっと』など。

https://machizo3000.blogspot.jp/
Twitter : @machizo3000

『インナー・シティ・ブルース』
Inner City Blues : The Kakoima Sisters

2019年3月28日(木)発売
本体 1,600+税

著者:長谷川町蔵
体裁:四六判 224 ページ 並製
ISBN: 978-4-909087-39-3
発行:スペースシャワーネットワーク