MUSIC 2023.03.03

Amazon Original HEAT Vol.18 連載HEATという音楽現象を追う:Jin Kawaguchi×Nina Utashiro

EYESCREAM編集部
EYESCREAM編集部
Photograph_Ryo Kuzuma, Text_Keisuke Honda, Edit_Ryo Tajima[DMRT]

『Amazon Original HEAT』(以下、HEAT)。各シーンで活躍する20人のキュレーターが、20組のアーティストをピックアップし、新たな楽曲とMVがAmazon Musicで公開されていくプロジェクトだ。
本連載では、キュレーターと選出されたアーティストとの対談を行い、HEATがどのような内容なのか、まだキュレーターがどのような思いでアーティストを選び、アーティストはそれにどう応じるのかをお届けする。第18回目のキュレーターはJin Kawaguchi。アーティストはファッション・音楽シーンにおいてエモーショナルな表現力と確立したスタイルで一目置かれる気鋭、歌代ニーナ。いくつものフェイスを持つ次世代たちのリアルの声をお届けする。

Artist_歌代ニーナ, Curator_Jin Kawaguchi

自分のことを美しい言葉で説明できる人。それが歌代ニーナ。

ーまずは今回、HEATに歌代ニーナさんをピックアップした理由からお聞かせください。

Jin Kawaguchi(以下:Jin):今紹介したいアーティストと聞かれて、歌代ニーナ以外の選択肢はないと思いました。国内外を問わずいろんなジャンルの音楽を聴きますが、特にHIPHOPの勢いがとても強いなかでグッとくるアーティスト、それが彼女です。彼女自身はHIPHOPと括られるのは嫌かもしれませんが(笑)。仮に彼女がやっている音楽がラップと呼ばなかったとして、それでも1番かっこいい人は誰かと聞かれたらやっぱり歌代ニーナと答えると思います。

ーお2人の交流はいつ頃からですか?

歌代ニーナ(以下:歌代):Jinとは2020年くらいかな?に共通の友人を経由して知り合った気がする。今回のMVにも出演しているひまわりです。あの子はこの世の全員と友達だから(笑)。でもさ、私とJinは普段から会う仲だけど会っても音楽の話はあまりしないよね。「今日こんなことがあって」とか、本当にたわいもないことしか話してないと思う。
 
Jin:だからといって友達を今回の企画に選んだとか、そういう気持ちはまったくないよ(笑)。僕的に、彼女は音楽を通じて「自分のことを美しい言葉で説明できる人」だと思っています。ラップの歌詞って結局のところは自己表現。考えていることが歌詞になりますよね。彼女の音楽は、伝えたいことがよくわからない人も多い世の中で、自分のことや周囲のことも理解しながらとてもパワフルに、ときに意地悪に表現している。そんな濃密なエネルギーに惹かれるし、かっこよさを感じています。
 
歌代:ありがとう(笑)。私、人に褒められてもが貶されても反応に困っちゃっていつも褒めてくれるたびに「だよね」とか言って苦笑いしちゃうんだけど(笑)。でも、今回こうして近い存在の人が私をフックアップしてくれたことは嬉しい。
 
Jin:普段お互いに音楽の話をすることってあまりないし、せっかくだから聞きたいんだけどさ。 歌代ニーナは当然1人しかいないわけだけど、いろんなキャラクターを想像させるほどにフロウが豊富だよね。曲によって声の出し方が全然違う。使い分けってどうしてるの?

歌代:声に関しては意図的に変えてる。自分1人だとどうしても同じテンションの曲に聴こえたりして飽きるから。自分の声やひとつの表現に固執したいわけじゃないから、セルフフィーチャリングごっことでもいうのかな。声色を変えていくなかで、リリックも硬めのラップならけっこう具体的にとか、メロディックな曲や歌よりなら抽象度を高くしてとか、そんな感じでつくってるかな。なによりも表現の幅を広げたいし、フィーチャリングもそんなに簡単にしたくないから自分で声の種類を増やしてる。
 
Jin:フィーチャリングしたくないのはなんで?
 
歌代:絶対にやりたくないってわけではないんだけどね。2月に女王蜂のアヴちゃんとのフィーチャリング楽曲もリリースされたし、フィーチャリングには違う性質の声が入ることで単的な音にならない魅力があるのはわかってる。ただ、私の手が届く範囲の他のアーティストの曲をディグってないから一緒にやりたいと思える人があまりいなくて。本当に好きなアーティストとしかやりたくないし、フィーチャリングをたくさんして横の繋がりでのし上がりたくないっていうのはある。あとなんだっけ、フロウ? フロウは……バイブス(笑)。
 
Jin:バイブスかぁ~(笑)。じゃあ事前に決めこまず、その場の空気でってこと?
 
歌代:例えば、デビューEPの『OPERATTA HYSTRIA』に入っている『NOCTURNE』の場合だと、第一デモのスカスカの状態のトラックをもらったときからサビの位置をここにしたい、っていうのは想像できた。ヴァンパイアの曲にするって決めてたから、歌詞に「生き血も滴るいい女」を入れたくて、それからハマるフロウやストーリーを考えていった感じかな。
 
Jin:じゃあ逆算なんだね。
 
歌代:そういう時もある。『ARIA』のときは先にフロウを思いついて、1フロウで全部通したかったからフロウに合わせてビートを半ば強制的につけたかな。『ÉTUDE』は4小節地獄から外れたくてあえて変なところで切ってみたり。元々は135BPMくらいのメトロノームにラップして、あとからビートをつけて膨らませていった。曲にもいろいろあるから、 まとめると「時によります」しか言えないかも(笑)。
 
Jin:こういう話聞くの、新鮮で面白いな。ちなみに日本語と英語のリリックの使い分けは?
 
歌代:感情の違い、かな。日本語なら日本語らしいしなやかさや奥ゆかしさを表現しやすいし、ダイレクトな感情表現は英語のほうが使いやすい。例えば同じ怒りでも、日本語に備わる性質的にチクチク遠回しに言った方が表現しやすくて、英語のほうがもっとストレートに言った方が言語に合ってる気がする。あとは、私は頭の中の独り言をそのまま忠実に表現しようとしてるから、日本での滞在が長くなったり日本の友達と話す時間が多いと頭の中の言語も日本語が多くなる。 今回のHEAT用に製作した楽曲はロンドンで作ったから英語が多くなっているかな。

「大爆走と主人公バイブス」をテーマに作ったMV

 

ーこの流れで、今回の楽曲についてお聞きしたいです。

歌代:今回は「better」というタイトルで、前作にあたるEP『OPERATTA HYSTRIA』とは違った感じのものをつくりたいと思いました。前作は内向的で重たい作品だったのでもっと軽やかでアガる曲を作りたかった。
 
Jin:新曲を聴いて、さすがパンチライン製造機だなと思った。いい映画やいい音楽とか、本当にいいものに触れたときに思わず笑ってしまうことってあると思うんですけど、僕の場合は歌代ニーナのサビ前のパンチラインにそれが起こることが多いんです。何がくるのかなっていつも期待しちゃう。今回だと<あんたただのエキストラ>。もうね、僕は純粋に彼女のファンなんですよ(笑)。
 
歌代:どうも(笑)。

ー言語化すること、表現することにおいて大切にしていることはありますか?

歌代:自分に嘘をつかないこと。背伸びしているように感じることは言わない。わかりやすく例えると、私はプライベートジェットなんて乗ったことないのにあたかもプライベートジェットからの景色、みたいなものを匂わせ含めて唄わない、というようなことです。ただ、5%くらいの背伸びはありだと思ってる(笑)。言葉にしてしまえばもう後に引けなくなるので、自らをそこまで上げるためにわざと言霊みたいな機能として使うこともあります。私にとって自分に嘘をつかないというのは、いつも正直でいることとは少し違ったニュアンスです。
 
Jin:僕は彼女が別名義で活動していた時期の曲も聴いているんですけど、以前はもっと直接的な言葉で脳内を殴られているような感覚でした。それが前回のEPくらいからかな? 表現の幅が広がったように感じていて。以前なら歌詞に対して解釈は2、3通りだったのが、今は何倍にもなっているというか、いい余白が生まれている気がします。それもまた、言葉がレベルアップしているからなのかもしれませんね。
 

ー今回の曲は映像も用意してもらっています。MVの内容についてもお聞かせください。

歌代:MVは今回もPERIMETRONのOSRINと西岡将太朗とつくりました。彼らとはありがたいことに、私がThirteen13名義で活動していたときの1作目「ハイクラスビッチ」からの付き合いになります。今回は「今までだったらやらないようなことに挑戦しよう」と決めて、過去作品のクオリティを下回ることなく、いい意味で気楽に制作することにしました。私とOSRINはオチまでを徹底的に追求したい完璧主義者同士ですが、それも無しにして。 私は全体の脚本を書かないでこれまでのMVのようにヘアメイクや衣装などを作り込んだりしない。OSRINもシーンがハマるか、言いたいことが伝わるかをプランしすぎない。仮に、アイディア先行でその画が実際に撮れなかったとしても別にいい、くらいの気持ちでシーン候補を「これオモロくない?」感覚でたくさん出して、可能なものを撮影しました。MVの内容自体は、とにかく大爆走と主人公バイブス(笑)。それだけです。意味がなさそうで実は……ではなくて、本当に意味はない。伝えたいことも何もありません。とにかく走りたかったんです。自分たちが見てみたい画をたくさん撮って、友達に出演してもらい、撮影現場でのアドリブ部分も入れています。
 
Jin:クルエラ(歌代ニーナが飼っている犬)のカメオ出演、あれもまたよかったね。
 
歌代:いつもはストーリーに合わなければ入れないけど、今回はそういうのもありにした。母親目線で「うちの子可愛いから出演させる」という感じで脚本に入れてもらって。当日はステージママやれて楽しかった!バジェットがタイトすぎたからノーギャラだったんだけど、なんとか引き受けてくれて感謝感激。


Jin:でも、僕の中では今までで一番好きなMVかも。
 
歌代:実際、周りからそういう声がけっこう多くて、「嘘でしょ?」ってなってる(笑)。今回の撮影もすごく楽しかったし、新鮮でいいなとは思った。でも、これだけがやりたいことかというとそうではないかな。やっぱり作り込むの好きだから。今回もだけど結構いつも制作過程で私及び制作側がどれだけ楽しめるかをプライオリティーにしてはいる。それでも、自分の作品の完成度は常に高いと思うし、そう思えるくらいの世界観を作り込んでいる。たとえどんなにファッション以外の要素を入れようが結局はファッションになるし、絶対にダサくもならない。申し訳ないけど(笑)。だから、人によってはとっかかりずらい、っていうのがあるとは聞く。私としてはいつだってそれなりに本気でふざけているつもりでも、周りはそう感じていないんだろうなって思うしね。
 

ーたしかに歌代さんのMVからは濃密な世界観を感じます。それに、映像自体の時間は比較的短めですよね。

歌代:できることならもっと長尺の映像も作ってみたいと思っています。でも、これまで撮ってきたようなテンションで作品に長さを求めれば当然予算もさらにかかるし、作品全体のクオリティを保つことが難しくなります。クオリティは絶対に下げたくないので。私のMV撮影はヘアメイクに6、7時間くらいかかるのが通常です。そのたびにPERIMETRONチーム対PETRICHORチームで大バトルが起こるんですけどね(笑)。映像班は早く撮りたいから「ヘアメイクまだ?」ってなるし、こっちはこっちで「そんなスピード感でできないから!」って(笑)。なので今回の取り組みは、作り込まないことへの意識とやりすぎない現場が経験として得られたし、こちらに合わせていつも譲歩してくれるPERIMETRON側にある程度自由な撮影時間を用意できる機会になりました。今までと違う挑戦ができてよかったと思っています。

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